偽りの護衛
サイレンが鳴り響く廊下を、蓮たちは警戒しながら進んでいた。
赤い警告灯が点滅するたび、四人の影が壁に浮かび上がる。
すれ違う隊員たちは皆、慌ただしく走り回っていた。何が起きているのか、誰も正確には把握できていないようだった。
「……このまま進んで大丈夫なのか?」
祐希が周囲を見回しながらつぶやく。
「大丈夫じゃないから、こうして警戒してるんでしょ♪」
蓮次が軽い口調で返した。
「お前はもう少し緊張感を持て!」
「えー、これでも十分緊張してるよ♪」
「どこがだよ……」
祐希が呆れたように息を吐いた、そのときだった。
「風見さん!」
廊下の向こうから、二人の自衛隊員が駆け寄ってきた。
蓮たちは反射的に足を止める。
隊員たちは蓮次の姿を確認すると、ほっとしたような表情を浮かべた。
「風見さん、一体何が起きているんですか? 各区画で緊急対応が始まっていますが、詳しい情報が入ってこなくて……」
「んー、僕も詳しいことはわからないんだよねぇ♪」
蓮次は困ったように肩をすくめた。
「ただ、今はここにいるより、外に出たほうがよさそうだね」
「外へ、ですか?」
「そうそう。ところで、君たちはどうするつもり?」
「我々は状況を確認しながら、各区画の警戒にあたる予定です」
「そっかぁ……」
蓮次は二人を見つめた。
そして、誰にも気づかれないように、ちらりと咲へ視線を送る。
ほんの一瞬。
だが、咲はその意味を理解した。
――今だ。
咲は自然な動作で二人に近づいた。
「すみません。少し、いいですか?」
「え? ああ、はい」
隊員の一人が返事をした瞬間、咲は二人の腕にそっと触れた。
そして、能力を発動させる。
自分たち四人は仲間であること。
四人が基地の外へ脱出するまで、二人は彼らを護衛すること。
それを疑う理由など、何一つないこと。
記憶を書き換える作業は、ほんの一瞬だった。
咲が手を離すと、二人の表情が変わった。
「……なるほど。わかりました」
隊員の一人が、すぐさま四人の前に立つ。
「我々が先導します。皆さん、私たちから離れないでください」
もう一人も周囲を警戒しながら続いた。
「外で何が起きているか、まだわかりません。安全な経路を確認しながら進みますので、指示に従ってください」
「うん、よろしくね♪」
蓮次は笑顔で答えた。
隊員たちは疑う様子もなく、四人の護衛を始めた。
先ほどまで基地の中で追われる立場だったはずの自分たちが、今は自衛隊員に守られている。
その奇妙な状況に、蓮は思わず目を丸くした。
「……咲ちゃん、今のって……」
「はい。記憶を操作しました」
咲は小声で答えた。
「私たちを仲間だと思うようにして、基地の外まで護衛してくれるようにしました」
「すごいな……」
蓮は感心したようにつぶやいた。
咲は少し照れくさそうに微笑んだ。
その一方で、蓮次はというと――。
「……くくっ」
口元を押さえ、肩を震わせていた。
「おい、蓮次。何がおかしいんだ?」
「いやぁ……咲ちゃんの能力、すごいなぁと思って♪」
蓮次は咲の隣に並ぶと、周囲に聞こえないように声を潜めた。
「なんでも支配できちゃうじゃん♪」
「し、支配って……。そんな大げさなものじゃありません」
「そうかなぁ? 相手の記憶を書き換えて、自分たちの味方にしちゃうんでしょ? 使い方によっては、基地の人間全員を味方にすることだってできるかもしれないよね♪」
「全員なんて無理です! それに、そんなことをするつもりもありません!」
「はいはい♪」
蓮次は楽しそうに笑った。
そして、ふと思いついたように蓮のほうを見たあと、再び咲に顔を近づける。
「なんならさ、蓮ちゃんを咲ちゃんの王子様って設定で記憶操作しちゃいなよ♪」
「――っ!?」
咲の顔が、一瞬で真っ赤になった。
「な、なな、何を言ってるんですか!?」
「だって、蓮ちゃんを王子様にして、咲ちゃんをお姫様にしたら、ずっと守ってくれるかもしれないよ? お似合いじゃない♪」
「そんなこと絶対にしません!」
思わず声が大きくなる。
先頭を歩いていた隊員たちが、ちらりと振り返った。
蓮も不思議そうに二人を見た。
「……どうした?」
「な、なんでもありません!」
咲は慌てて首を横に振った。
蓮は困惑したように眉を寄せる。
「いや、今、絶対に何か言ってただろ……」
「何も言ってません!」
「……なんだよ」
蓮は納得できない様子で前を向いた。
その隣で、蓮次が再び咲に顔を寄せる。
「……必要なさそうだね♪」
「~~っ!」
咲の顔が、先ほどよりもさらに赤くなった。
「蓮次さん!」
「はいはい、静かにするよ♪」
蓮次は口元に指を当て、楽しそうに笑った。
咲は恥ずかしさと怒りで、まともに顔を上げられなかった。
蓮だけが、何が起きているのかまったく理解できず、不思議そうに二人を見ていた。
――そのときだった。
先頭を歩いていた隊員の一人が、廊下の角へ差しかかった。
その瞬間。
蓮次の表情が変わった。
いつものふざけた笑みが消え、鋭い視線が廊下の先を捉える。
「――伏せろ!」
蓮次の叫びが響いた。
直後。
パンッ!
パンッ!
二発の銃声が、狭い廊下に反響した。
銃弾が空気を切り裂き、壁の一部を砕く。
蓮たちの頭上で、破片が弾け飛んだ。
何が起きたのか理解するよりも早く、蓮次が蓮の身体を強引に押し倒す。
「うわっ……!」
蓮が床に伏せた直後、祐希と咲も身をかがめた。
先頭にいた隊員たちは、突然の銃撃に対応できず、その場に倒れ込んでいた。
「なっ……!?」
祐希が息を呑む。
廊下の奥。
赤い警告灯の明滅する暗がりに、人影が立っていた。
銃口から、かすかな煙が立ち上っている。
その人物が、ゆっくりと銃を構え直した。
蓮次の目から、笑みが完全に消えた。
「……へぇ」
低い声が漏れる。
「どうやら、歓迎されてないみたいだね」
その声には、先ほどまでの軽薄さはなかった。
蓮は床に伏せたまま、廊下の奥を見据えた。
敵は、すぐそこにいる。




