予期せぬ警報
訓練室を出た蓮と蓮次は、祐希と咲が閉じ込められている倉庫へ向かっていた。
蓮次は左腕を失ったまま、何事もなかったかのように歩いている。
傷口はすでに塞がっていた。血も止まっている。
だが、失われた腕だけは戻っていなかった。
「……なあ、蓮次」
「ん? なに、蓮ちゃん♪」
「その腕、本当に大丈夫なのか?」
「んー、どうだろうね♪ まあ、死ぬことはないと思うよ?」
蓮次は残った右手をひらひらと振った。
「それより、早く二人を迎えに行こうよ。祐希ちゃん、怒ってるだろうなぁ♪」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
蓮は呆れながら、倉庫の扉に手をかけた。
鍵を開け、扉を押し開く。
「祐希先輩、咲ちゃん!」
「蓮!」
「蓮先輩!」
二人が勢いよく振り返った。
しかし、蓮の隣に立つ人物を見た瞬間、二人の表情が一変した。
「……風見蓮次!」
祐希がすぐさま身構える。
咲も蓮次から目を離さず、いつでも能力を使えるように警戒した。
「ちょっとちょっと♪ そんな怖い顔しないでよ」
蓮次は笑いながら、右手を上げた。
その瞬間、二人の視線が左肩へ向く。
「……お前、その腕……!」
祐希が目を見開いた。
咲も思わず息を呑む。
つい先ほどまで、二人を圧倒していた男だ。
その左腕が、肩から先、完全になくなっていた。
「蓮先輩……いったい何があったんですか?」
咲が不安そうに尋ねる。
蓮は少し困ったように頭をかいた。
「俺にも、いろいろあってな……。詳しい話は後だ」
「いや、待て待て! その前に説明しろよ!」
祐希が蓮に詰め寄る。
「こいつは千鶴さんを殺したんだぞ! それに、さっきまで俺たちを捕まえてただろ!」
「わかってるよ、祐希先輩」
蓮は真剣な表情で答えた。
「でも、今はこいつの力と情報が必要なんだ。だから、ひとまず俺たちに協力してもらうことにした」
「……協力?」
「そう。こいつは、今のところ俺たちの味方だ」
「今のところって……」
祐希は納得できない様子で蓮次を睨んだ。
「僕としては、仲間って呼んでほしいけどねぇ♪」
「お前は黙ってろ!」
「はいはい、怖いなぁ♪」
蓮次はまったく気にした様子もなく笑っていた。
咲は蓮と蓮次を交互に見つめたあと、静かに口を開いた。
「……蓮先輩がそう判断されたのなら、私は従います。でも、少しでもおかしな動きをしたら……」
「わかってるって♪」
蓮次は楽しそうに答えた。
蓮は二人の様子を見て、小さく息を吐いた。
「とにかく、ここを出よう。詳しい話は移動しながらだ」
四人が倉庫を出ようとした、そのときだった。
「……あ、そうだ。蓮ちゃん」
蓮次が、思い出したように蓮を呼び止めた。
「千鶴おばさんのこと、二人にも伝えておいたほうがいいんじゃない?」
蓮の足が止まった。
「……そうだな」
祐希と咲が不審そうに顔を向ける。
「千鶴さんがどうしたんだ?」
祐希の問いに、蓮は少しだけ言葉を選んだ。
「……蓮次は、千鶴おばさんを殺していないと言っている」
「……は?」
祐希の表情が固まった。
咲は目を見開き、蓮次を見つめる。
「だって、普通に考えて実験の成功に一番近い存在でしょ? それに、僕の血縁だろうし、殺すわけないじゃん♪」
蓮次は、まるで当たり前のことを説明するように続けた。
「僕の立場上、生かしておくのが一番おもしろいでしょ。大丈夫、誰にも話してないよ♪」
「……お前、それ、本当なのか?」
祐希が低い声で尋ねる。
「うん。少なくとも、僕は殺してないよ♪」
蓮次は笑っていた。
その言葉を、どこまで信じていいのかはわからない。
だが、千鶴が生きている可能性がある。
それだけで、咲の表情にはかすかな希望が浮かんでいた。
「……お母さんが……」
咲は胸元を握りしめた。
蓮はそんな咲を見て、静かに告げた。
「まだ確実じゃない。でも、可能性があるなら、必ず確かめよう」
「……はい、蓮先輩」
咲は小さくうなずいた。
祐希はまだ蓮次を警戒していたが、今は問い詰めている場合ではないと判断したのか、それ以上は何も言わなかった。
「さて、と。じゃあ、そろそろ作戦会議でもする?」
蓮次が右手をひらひらと振る。
「この基地には自衛隊員が約百人いる。トップは祐希ちゃんのパパ、高尾っち。僕のほかにも、かなり厄介な2人がいるんだよねぇ♪」
「蓮次さんが厄介だと思う2人に自衛隊員が百人……」
咲が小さく呟いた。
「詳しい話は、ここを離れてからだ。今は移動するぞ」
蓮は三人を促した。
四人が倉庫を出て、廊下へ足を踏み出した、その瞬間――。
ウゥゥゥゥゥ――ッ!
けたたましいサイレンが、基地全体に鳴り響いた。
「……っ!?」
四人が一斉に足を止める。
赤い警告灯が点滅し、廊下の壁を不気味に照らし出した。
天井のスピーカーから、機械的なアナウンスが流れる。
『緊急事態発生。全職員は速やかに所定の配置につけ。繰り返す――』
「何だ……? 何が起きたんだ?」
祐希が周囲を見回す。
「さあねぇ……。僕もこんなのは聞いてないけど♪」
蓮次の笑顔が、わずかに消えた。
廊下の向こうから、複数の自衛隊員が駆けてくる。
「急げ! 各区画の状況を確認しろ!」
「司令部からの指示はまだか!」
「わからん! とにかく持ち場を離れるな!」
彼らは四人に気づくことなく、慌ただしく走り去っていった。
蓮は無線機を取り出した。
しかし、聞こえてくるのは雑音と、途切れ途切れの声ばかりだった。
「……何が起きてるんだ?」
咲が不安そうにつぶやく。
「わからない。でも、基地全体が騒ぎになっているのは確かだ」
蓮は無線機を握りしめた。
正樹のもとへ向かうにしても、今の状況を把握しなければ動けない。
蓮次もまた、廊下の奥を見つめていた。
「……どうやら、ゆっくり作戦会議をしている時間はなさそうだね♪」
サイレンは鳴りやまない。
赤い光が、四人の顔を交互に照らしていた。
何が起きたのか。
誰が何をしたのか。
その答えは、まだ誰にもわからなかった。
ただ一つ確かなのは、基地全体を巻き込む何かが起きているということだけだった。




