最悪の再会
正樹は、廊下を進みかけたところで足を止めた。
そして、背後から聞こえた声に振り返る。
「蓮次! 何で戻ってきている!」
そこにいたのは、赤と白の髪を揺らしながら、三人の肩に腕を回している風見蓮次だった。
蓮次は悪びれる様子もなく、ひらひらと片手を振った。
「高尾っち、お疲れっす! いやー、お腹空いちゃってさ、ちょっと休憩♪ 腹が減ってはゲームはできぬってね♪」
「ふざけるな!」
正樹の怒声が廊下に響いた。
「何のためにお前を拾ってやったと思っている! さっさと働け! 泳がせれば、必ず家に戻るという読みはよかったが……逃がしやがって!」
「僕を、出来損ないの息子さんの代わりに育てるってやつ?♪」
蓮次は祐希を横目で見た。
そして、心底おかしそうに笑った。
「いやぁ、期待に応えられなくて申し訳ないっすねぇ♪」
「……貴様」
祐希の表情が険しくなる。
だが、蓮次はそんな視線など気にも留めず、さらに笑みを深めた。
「さっさと飯を食って、あいつらを探しに出ろ!」
「はいはい♪」
蓮次は軽い調子で返事をした。
「ちゃんと働きますって。僕、真面目なんで♪」
「口だけは達者だな……!」
正樹は吐き捨てるように言うと、三人には目もくれず、反対方向へ歩き始めた。
その背中が廊下の角に消えていく。
蓮は、ようやく詰めていた息を吐いた。
助かった……のか?
いや、違う。
肩に回された腕から伝わってくる力も、耳元で聞こえる楽しげな笑い声も、何一つ安心できるものではなかった。
「……何のつもりだ?」
蓮は口元だけを動かし、小さく問いかけた。
「ん? 何が?♪」
蓮次はわざとらしく首を傾げた。
「とぼけるな。お前、俺たちが誰なのかわかってるんだろ」
「もちろん♪ 赤髪の蓮ちゃんに、筋肉自慢の祐希くん、それから可愛い咲ちゃん♪ 忘れるわけないじゃん♪」
蓮次は三人の顔を順番に眺めた。
その視線が咲に向いた瞬間、彼女の表情がわずかに変わった。
咲は蓮次の腕に触れようと、そっと手を伸ばす。
記憶を操作するつもりだった。
この男の記憶さえ書き換えられれば、ここから逃げ出せるかもしれない。
しかし――。
「おっと♪」
蓮次の身体が、瞬時に反応した。
伸ばされた咲の手首をつかみ、引き寄せる。その勢いを利用して彼女の体勢を崩すと、流れるような動きで背後へ回り込んだ。
「っ……!」
咲が抵抗する間もなく、腕を取られ、身動きを封じられる。
まるで、相手の動きを最初から知っていたかのような速さだった。
「咲!」
祐希が即座に飛び出した。
鍛え上げられた身体から繰り出される一撃。
だが、蓮次は正面から受け止めようともしなかった。
攻撃の軌道をわずかに外し、祐希の腕をつかむ。そのまま身体を密着させ、祐希の力と勢いを利用して体勢を崩した。
「なっ……!」
次の瞬間、祐希の身体が床へと引き倒されていた。
蓮次は間髪入れずに背後を取り、腕を押さえ込む。
力任せの喧嘩とは違う。
相手の力を利用し、急所を押さえ、最小限の動きで抵抗を奪う。
軍隊仕込みを思わせる、洗練された近接格闘術だった。
「……お前、何なんだよ!」
祐希が歯を食いしばる。
「えー? ただの遊び好きな自衛官だよ♪」
蓮次は楽しそうに笑った。
咲は拘束されたまま、何とか蓮次の腕に触れようとする。
だが、蓮次は彼女の動きを察知すると、さらに腕を押さえ、指先すら自由に動かせないようにした。
「残念♪ 能力を使いたいなら、まず僕に触らなきゃね?」
その言葉に、咲の表情が凍りついた。
能力の条件を知られている。
それだけではない。
この男は、咲が何をしようとしているのか、最初から見抜いていたのだ。
「おい、二人を離せ!」
蓮が動こうとした瞬間、蓮次は祐希を押さえたまま顔を上げた。
「焦らない、焦らない♪ 順番ってものがあるでしょ?」
笑顔は崩れない。
その余裕が、蓮には何よりも恐ろしかった。
蓮次は二人を立たせると、廊下の奥へと歩き始めた。
「ちょっと二人には、そこで待っててもらおうかな♪」
「蓮先輩!」
咲が叫ぶ。
「蓮! お前、何をするつもりだ!」
祐希も抵抗したが、蓮次の力は尋常ではなかった。
蓮は二人を追おうとした。
その瞬間、蓮次が振り返る。
「蓮ちゃんは、こっち♪」
笑顔のまま、蓮次は蓮の腕をつかんだ。
その手を振りほどこうとしたが、まるで鉄の輪に捕まったかのように動かない。
「くそっ……離せ!」
「やだ♪」
蓮次は即答した。
「せっかく会えたんだもん。一人くらい、僕と遊んでくれなきゃ寂しいじゃん♪」
蓮次は二人を連れたまま、廊下の脇にある重い扉を開けた。
その先には、薄暗い倉庫が広がっていた。
壁際には無数の木箱や金属製の棚が並び、天井の照明は半分ほどしか点灯していない。
奥には、外から中が見えない小さな部屋があった。
「はい、到着♪」
蓮次は二人をその部屋へ押し込んだ。
「おい! 待て!」
祐希が扉に手を伸ばす。
だが、蓮次は容赦なく扉を閉めた。
直後、外から鍵をかける音が響いた。
「蓮先輩! 祐希先輩!」
咲の声が扉越しに聞こえる。
蓮は歯を食いしばった。
「蓮次! 二人を出せ!」
蓮次は返事をせず、扉の前に立ったまま、しばらく耳を澄ませていた。
中からは、祐希が扉を叩く音が聞こえてくる。
「おい! 開けろ! 蓮をどこへ連れていく気だ!」
「うるさいなぁ♪」
蓮次は楽しげに笑った。
「君たち、あんまり面白くない♪」
そして、ゆっくりと蓮へ顔を向ける。
「僕が遊びたいのは、蓮ちゃんなんだよね♪」
その笑顔を見た瞬間、蓮の背筋に悪寒が走った。
こいつは、最初から自分たちを助けるつもりなどなかった。
正樹の前で何食わぬ顔をしていたのも、三人を拘束する機会をうかがっていたからなのか。
「……何をするつもりだ」
蓮が睨みつける。
蓮次は答えず、蓮の肩に腕を回した。
「まあまあ♪ そんな怖い顔しないでよ」
そして、耳元で囁く。
「蓮ちゃん。一緒に遊ぼうよ♪」
蓮次は、まるで友人を誘うかのように笑っていた。
その目の奥には、底知れない狂気が潜んでいた。




