↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Myosotis 〜すべてを忘れるために〜  作者: こんにゃくミ(こんにゃイカ)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/68

潜入

挿絵(By みてみん)

三人は山小屋を後にし、木々の間を縫うようにして山道を進んでいた。


 目指すのは、山奥にひっそりと存在する自衛隊の基地。


 蓮は借り物の制服の襟を整えながら、前を歩く祐希と咲に目配せした。


「いいか。なるべく顔を見られないようにしよう。もし話しかけられても、余計なことは喋るな」


「わかってるよ」


「はい、蓮先輩」


 そのときだった。


 前方の分かれ道から、数人の自衛隊員が駆け足で現れた。


「おい、まだ見つからないのか?」


「見つかってません! 山中を捜索しましたが、痕跡すらありません!」


「くそっ……。司令部からの命令だ。引き続き捜索しろ。俺たちは町の方を確認する!」


「了解!」


 男たちは三人の存在など気にも留めず、慌ただしく町の方角へ走り去っていった。


 蓮たちは足を止め、互いに顔を見合わせた。


「……捜しているのは、俺たちだろうな」


 祐希が小声で呟く。


「たぶんな。さっきの男が言っていた司令部ってのも気になる」


 蓮は男たちの背中を見送った。


 どうやら、基地の人間はすでに三人の逃亡を把握しているらしい。


 時間をかければかけるほど、状況は悪くなる。


「急ごう。見つかる前に中へ入る」


 三人は再び歩き始めた。


 しばらく進むと、木々の隙間から巨大なフェンスが姿を現した。


 その向こうには、いくつもの建物が立ち並んでいる。


 周囲を囲む高い塀。監視カメラ。等間隔に設置された照明。


 以前、遠くから確認したときよりも、基地はずっと大きく見えた。


「……こんな場所に、よくもまあ隠していたもんだな」


 祐希が呆れたように呟く。


「ここで何が行われているのか、国民は何も知らないんだろうな」


 蓮はフェンスの向こうを見つめた。


 この場所で、不老不死の研究が続けられている。


 そして、その研究のために悟は殺された。


 そう考えると、胸の奥から怒りが込み上げてきた。


「蓮先輩……」


 咲が心配そうに声をかける。


「大丈夫。行こう」


 三人は警備員に不審がられないよう、堂々とした足取りで正門へ向かった。


 門の前には武装した隊員が立っていたが、制服姿の三人を見ると、特に疑う様子もなく門を開けた。


「ご苦労さまです」


 蓮は軽く頭を下げ、そのまま通り抜ける。


 心臓がうるさいほどに鳴っていた。


 門を越えたからといって、安心はできない。


 むしろ、ここからが本番だった。


 三人は敷地内を進み、奥にある大きな建物へ向かった。


 建物の入口には、頑丈そうな金属製の扉が設置されている。


 その横にはカードリーダーがあった。


「……カードキーかよ」


 祐希が小さく舌打ちした。


 蓮は扉を確認し、周囲に視線を走らせた。


「どうする? これがないと入れないぞ」


「制服を着ているだけじゃ駄目なんですね……」


 咲も焦りを隠せない様子だった。


 三人は慌てて制服のポケットを探り始めた。


 ズボンのポケット。上着の内側。腰の装備。


 何もない。


 やはり、そう簡単にはいかないのか。


 そう思った瞬間、祐希が声を上げた。


「おい、これ!」


 祐希が取り出したのは、一枚のカードだった。


 制服の胸ポケットに、何事もなかったかのように収まっていたのだ。


「……あった」


 蓮も自分の胸ポケットを探る。


 そこにも、同じようなカードキーが入っていた。


 咲の制服にも一枚。


 三人は顔を見合わせた。


「助かった……。あいつら、カードまで持ってたんだな」


「これなら入れますね」


 咲がカードを握りしめる。


 蓮は一度だけ深呼吸をすると、カードリーダーにかざした。


 短い電子音が鳴る。


 直後、重々しい音を立てて扉のロックが解除された。


「……よし」


 三人は素早く中へ入った。


 そこは、外から見た建物の印象をはるかに超える広さだった。


 吹き抜けになった巨大なホール。


 整然と並ぶ受付カウンター。


 壁には複数の監視モニターが設置され、制服姿の隊員たちが忙しそうに行き交っている。


 研究施設というより、軍事基地の司令拠点そのものだった。


「……広すぎだろ」


 祐希が思わず呟いた。


「声が大きいですよ。」


「悪い」


 蓮は周囲を観察しながら歩いた。


 どこに研究室があるのか。どこに資料が保管されているのか。


 今の段階では、何一つわからない。


 それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。


 三人はホールを抜け、奥へ続く廊下に入った。

挿絵(By みてみん)


 無機質な照明。等間隔に並ぶ扉。


 廊下の奥からは、機械の駆動音らしきものが微かに響いている。


 そして、少し先にある部屋の前で、蓮の足が止まった。


 扉の上には、はっきりと文字が記されていた。


 ――司令室。


 扉は完全には閉まっていなかった。


 隙間から光が漏れ、誰かの声が聞こえてくる。


「……だから、まだなのかと聞いている!」


 男の怒声に、蓮は息を呑んだ。


 聞き覚えのある声だった。


 高尾正樹。


 祐希の父親であり、悟の死に関わった男。


 蓮たちは思わず足を止め、壁際へ身を寄せた。


 正樹は電話をしているようだった。


「研究はまだ成功せんのか!」


 電話の向こうから、低く威圧的な男の声が響いた。


 正樹は一瞬、言葉に詰まった。


「は、はい……。まだ成果は出ておりません」


「わしがどれだけこの施設に投資してやっていると思っている!」


「大臣、今、いいところなんです!」


 正樹は慌てて言葉を続けた。


「先ほど薬を投与した男が、死なずに生きていたと部下から報告が入っています。さらに、研究の一任者である医師が何かを隠しているようでして……。必ず吐かせます。あと少しだけ、お時間をください」


 蓮の表情が強張った。


 薬を投与した男。


 死なずに生きていた男。


 間違いない。


 自分のことだ。


 正樹は、蓮が生き延びたことをすでに知っている。


 そして、一ノ瀬が何かを隠していることにも気づいていた。


「で? その男は今、どこにいる?」


「今は……捜索しております」


「逃げられたのか!?」


「すぐに見つけ出します!」


 電話の向こうで、男が大きく息を吐いた。


「わかっているのか。この国はもうすぐ戦争が始まる」


 その言葉に、蓮は耳を疑った。


 戦争。


 あまりにも唐突な言葉だった。


「核が抑止力となり、硬直状態が数十年も続いていた。だが、不老不死が誕生すれば、核兵器など意味をなさん。何としてでも完成させろ。それがこの国の未来のためになる」


 蓮の背筋を、冷たいものが走った。


 不老不死が誕生すれば、核兵器が意味をなさなくなる。


 それは、単なる研究の成功を望んでいるという話ではない。


 不老不死の人間を兵士として利用するつもりなのだ。


 何度撃たれても死なず、傷を負っても再生する兵士。


 そんな存在が戦場に投入されたら、一体どうなるのか。


 蓮の脳裏に、あの悪夢が蘇った。


 紫色の瞳をした兵士たち。


 無数の人間が倒れていく戦場。


 そして、笑いながらこちらを見下ろす風見蓮次。


 夢だと思いたかった光景が、現実になろうとしている。


「……わかっています。早急に研究を進めます」


 正樹の声は震えていた。


 しかし、電話の向こうの男は容赦しなかった。


「もし見つからないようなら、島ごと燃やせ」


「……っ!」


 蓮は思わず息を止めた。


「そして、島に住んでいる住人全員に薬を試せ。男も炙り出せて一石二鳥だろう? いいな?」


「は、はい……」


 正樹の返事は、かすれるような声だった。


 蓮は拳を強く握りしめた。


 島ごと燃やす。


 住人全員に薬を試す。


 そこには、何のためらいもなかった。


 島で暮らす人々の命など、研究を完成させるための道具にすぎないのだ。


 千鶴が命を懸けて守ろうとしたもの。


 咲が記憶を書き換えられてまで隠されていた真実。


 悟が命を落とした理由。


 すべてが一本の線でつながった気がした。


 電話が切れる音がした。


「……クソッ!」


 正樹の怒声が響く。


 続いて、何かを蹴り飛ばす鈍い音がした。


「祐希……。お前、いったいどこに行った……」


 蓮の隣で、祐希の身体がわずかに強張った。


 父親が、自分を捜している。


 だが、その声に息子を心配する響きはなかった。


 あるのは、自分の計画を狂わせた存在への苛立ちだけだった。


 しばらくすると、司令室の中から足音が聞こえてきた。


 正樹が出てくる。


「まずい……!」


 蓮は小声で呟き、咲と祐希に目配せした。


 三人は慌てて廊下の壁際へ寄り、顔を伏せる。


 扉が開く。


 正樹の靴音が、すぐそばまで近づいてきた。


 もう駄目かもしれない。


 そう思った瞬間だった。


「お前ら、お疲れ♪」


 突然、背後から男の声がした。


 同時に、誰かが三人の肩へ腕を回した。


「……っ!?」


 蓮が振り向こうとするより早く、男は三人をぐいぐいと前へ押し進めた。


 まるで、親しい仲間を見つけて挨拶でもしているかのように。


 その声を聞いた瞬間、蓮の全身から血の気が引いた。


 赤と白が入り混じった髪。


 人を食ったような笑顔。


 そして、耳にまとわりつくような軽い口調。


「こんなところで何してんの? もしかして、迷子かなぁ?♪」


 風見蓮次だった。


 蓮は言葉を失った。


 どうして、こいつがここにいる。


 なぜ、よりにもよって今なのか。


 蓮次は三人の肩を抱いたまま、楽しそうに笑っていた。


 その背後では、司令室から出てきた正樹が、まだこちらに気づいていない。


「いやぁ、奇遇だねぇ♪」


 蓮次は三人を前へ押しながら、耳元で囁いた。


「せっかく来てくれたんだからさ……一緒に遊ぼうよ♪」


 その笑顔は、悪夢の中で見たものと何一つ変わらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。