夢?
三人は、今後の行動について話し合ったあと、交代で仮眠を取ることにした。
いつ蓮次や正樹が追ってくるか分からない。
誰か一人が起きて周囲を警戒し、残りの二人が休む。
それが、今できる精一杯の対策だった。
「俺が最初に見張る。蓮と咲は先に寝ろ」
祐希が入口付近に腰を下ろした。
「祐希先輩も、ちゃんと休んでくださいよ」
「分かってるって。お前は余計な心配せずに寝ろ」
「……お願いします」
蓮は壁にもたれかかり、目を閉じた。
今日一日で、あまりにも多くのことが起きた。
悟の死の真相。
不老不死の研究。
千鶴との別れ。
そして、風見蓮次という得体の知れない男。
考えなければならないことは山ほどある。
それでも、身体は限界だった。
蓮は、目を閉じてから間もなく、深い眠りへと落ちていった。
*
――久しぶりだな。
そう思いながら、蓮は島へ続く道を歩いていた。
懐かしい景色。
潮の香り。
見慣れた家々。
すべてが、以前と変わらないように見えた。
だが、何かがおかしい。
空が赤い。
遠くの山から、黒煙が立ち上っていた。
「……何だ、あれ」
蓮が立ち止まる。
次の瞬間、山の向こうから炎が噴き上がった。
轟音が響く。
燃え広がる木々。
立ち上る煙。
島全体が、炎に包まれていた。
「……嘘だろ」
蓮は走り出した。
集落へ向かう道には、何人もの人が倒れていた。
見覚えのある顔。
何度も挨拶を交わした人たち。
いつも笑顔で迎えてくれた島の住民たち。
その誰もが、血を流して倒れていた。
「おい……」
蓮の足が止まる。
「……なあ、嘘だろ?」
返事はない。
誰一人、動かない。
蓮は震える手で、倒れている人の肩に触れた。
その顔が、ゆっくりとこちらを向く。
瞼の隙間から見えたのは――。
紫色に変色した瞳だった。
「……っ!」
蓮は思わず手を離した。
その目を知っている。
忘れるはずがない。
悟の葬式の日に見た、あの紫色の瞳。
そして、今。
目の前に倒れている人々も、同じ色をしていた。
「何で……」
蓮は周囲を見渡した。
どこを見ても、倒れた人々の姿しかない。
その中に、一人の男がいた。
「……祐希先輩?」
茶色い髪。
見慣れた体格。
何度も隣で戦い、笑い合った先輩。
祐希が、血に染まった地面に倒れていた。
「祐希先輩!!」
蓮は駆け寄り、その身体を抱き起こした。
「おい! 祐希先輩! しっかりしてください!」
返事はなかった。
祐希の瞳もまた、紫色に染まっていた。
「……何でだよ」
蓮の声が震える。
「何で、こんなことに……!」
答えてくれる人は、もういなかった。
蓮は、祐希の身体を抱きしめたまま、空を見上げた。
燃え盛る山。
黒煙に覆われた空。
そして、命を失った島の人々。
その光景を前に、蓮の中で何かが崩れた。
「何で……何でだよ……!」
拳を地面に叩きつける。
「もっと早く戻っていれば……!」
涙が溢れた。
「何で、何でもっと早く戻らなかったんだ!!」
*
景色が変わった。
炎に包まれた島が、音もなく消えていく。
代わりに現れたのは、見覚えのある薄暗い場所だった。
目の前に、風見蓮次が立っている。
赤と白の髪。
自衛隊の制服。
そして、あの不気味な笑顔。
「やあ、蓮ちゃん♪ また会ったね♪」
「……蓮次!」
蓮は身構えた。
だが、手には何もない。
武器もない。
助けてくれる人もいない。
「どうしたの? 戦わないの?♪」
「……うるさい!」
蓮は蓮次に殴りかかった。
しかし、その拳は簡単に受け止められた。
「遅いよ♪」
次の瞬間、腹部に強烈な衝撃が走った。
「がっ……!」
身体が浮き上がり、蓮は床に叩きつけられた。
立ち上がろうとする。
だが、蓮次の蹴りが容赦なく襲いかかった。
「ほら、どうしたの?♪」
顔を殴られる。
腹を蹴られる。
何度立ち上がろうとしても、そのたびに叩き伏せられた。
「こんなものなの? 蓮ちゃん♪」
「くそっ……!」
蓮は歯を食いしばった。
勝てない。
今の自分では、どうやっても勝てない。
蓮次の拳が、再び蓮の顔面を捉えた。
視界が揺れる。
身体が動かない。
「……武器さえあれば」
蓮は震える手を伸ばした。
「何か……戦うための武器さえあれば……!」
しかし、そこにあるのは冷たい床だけだった。
蓮次が、ゆっくりと近づいてくる。
「残念だったね♪」
その笑顔が、目の前に迫った。
「君には、何もできないんだよ♪」
「……やめろ!」
*
また、景色が変わった。
今度は、白い部屋だった。
無機質な壁。
冷たい床。
天井から降り注ぐ、眩しい光。
そして――。
「……咲?」
蓮は、目の前にいる人物を見つめた。
咲が、透明な壁の向こう側にいた。
その手足は拘束され、身動きが取れないようになっている。
「咲! おい、咲!」
蓮は壁を叩いた。
何度も、何度も。
だが、壁はびくともしない。
「蓮先輩……」
咲が、悲しそうにこちらを見つめた。
「ごめんなさい……」
「何を謝ってるんだよ! 今、助けるから!」
蓮は必死に壁を叩き続けた。
その隣に、もう一人の姿が見えた。
自分自身だった。
蓮もまた、拘束されていた。
「……俺?」
目の前の自分は、顔を伏せたまま動かない。
「やめろ……」
蓮は首を横に振った。
「やめてくれ……!」
咲が、ゆっくりと目を閉じる。
「蓮先輩……」
「やめろおおおっ!!」
*
景色が、再び切り替わった。
そこは、戦場だった。
空には無数のドローンが飛び交い、地上では巨大な機械が動いている。
遠くから、爆発音が響き渡った。
見たことのない兵器。
見たことのない装備。
まるで、何十年も先の未来に迷い込んだかのようだった。
人々が叫びながら走っている。
銃声が鳴り響き、爆風が地面を揺らす。
その中で、兵士たちが次々と敵陣へ突撃していった。
「……何なんだ、ここは」
蓮は呆然と立ち尽くした。
突撃する兵士たち。
銃弾を浴びても、爆発に巻き込まれても、彼らは倒れなかった。
身体に傷一つつかない。
吹き飛ばされた兵士が、地面に落ちる。
だが、すぐに立ち上がり、再び敵へ向かっていった。
まるで、死ぬことなど存在しないかのように。
「……嘘だろ」
蓮の目の前で、一人の兵士が敵兵を掴み上げた。
そして、容赦なく地面へ叩きつける。
逃げ惑う人々。
助けを求める声。
それらを、兵士たちは踏みにじっていく。
戦場は、一方的な蹂躙の場と化していた。
誰も止められない。
誰も逃げ切れない。
不死身の兵士たちが、次々と人々を襲っていた。
蓮は、その光景を見つめながら、あることに気づいた。
彼らの瞳が、紫色に染まっている。
悟と同じ。
島の人々と同じ。
そして、あの研究室で見た者たちと同じ色だった。
「……不老不死の研究……」
蓮の声が震えた。
もし、この研究が完成したら。
もし、この力が軍事利用されたら。
目の前の光景が、現実になるのかもしれない。
国を守るための力ではない。
人々を救うための力でもない。
ただ、誰にも止められない暴力を生み出すための力。
蓮は、燃える戦場を見つめた。
その向こうに、一人の男が立っていた。
赤と白の髪。
自衛隊の制服。
風見蓮次。
彼は戦場を眺めながら、楽しそうに笑っていた。
「すごいと思わない? 蓮ちゃん♪」
蓮次の声が、戦場に響く。
「これが完成すれば、誰も僕たちを止められない♪」
「……やめろ」
蓮は震える声で言った。
「こんなこと……やめろ!」
「どうして? 素晴らしいじゃないか♪」
蓮次は両腕を広げた。
「死なない兵士♪ 傷つかない身体♪ どんな敵にも負けない力♪」
そして、笑顔のまま蓮を見つめた。
「これこそ、人類が求めていた夢なんじゃないの?♪」
「違う……」
蓮は首を横に振った。
「こんなのは……夢なんかじゃない!」
蓮次の笑顔が、さらに深くなる。
「だったら、止めてみなよ♪」
その瞬間、戦場のすべてが蓮を向いた。
紫色の瞳。
無数の兵士。
そして、蓮次。
誰もが、蓮を見つめていた。
「君にできるのならね♪」
「やめろおおおっ!!」
*
「――っ!」
蓮は、勢いよく目を覚ました。
「はっ……はっ……はっ……!」
荒い呼吸が、小屋の中に響き渡る。
額からは大量の汗が流れ、背中もびっしょりと濡れていた。
心臓が激しく脈打っている。
目の前には、薄暗い小屋の天井があった。
燃える山も、紫色の瞳も、あの戦場もない。
それでも、蓮の身体は震えていた。
「蓮先輩!?」
咲が慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか? すごい汗……!」
祐希も入口から振り返り、蓮のそばへやってきた。
「おい、蓮! どうしたんだよ!」
蓮は、すぐには答えられなかった。
呼吸を整えようとしても、胸の鼓動が収まらない。
夢の中で見た光景が、頭から離れなかった。
炎に包まれた島。
紫色の瞳をした祐希。
拘束された咲。
そして、不死身の兵士たちが人々を蹂躙する未来。
「……夢、か」
蓮は、震える声で呟いた。
「夢を見ていたんですか?」
咲が心配そうに尋ねる。
蓮は、ゆっくりと頷いた。
「……ああ」
しかし、その表情は晴れなかった。
ただの夢だと、そう言い切ることができなかった。
あまりにも鮮明だった。
あまりにも現実味があった。
そして何より――。
夢の中で見た光景は、今まで知った真実と、あまりにも深く結びついていた。
「蓮……何を見たんだ?」
祐希が静かに尋ねた。
蓮は二人を見つめた。
伝えるべきなのか。
あの恐ろしい未来の光景を。
それが単なる悪夢なのか、それとも――。
蓮は唇を噛みしめた。
「……島が、燃えていたんだ」
二人の表情が変わった。
「島の人たちが、みんな倒れていて……祐希先輩も、紫色の目をして死んでいた」
「……俺が?」
祐希の声が低くなる。
蓮は頷いた。
「それから、蓮次と戦った。でも、俺は何もできなかった。武器もなくて、ただ一方的に殴られて……」
蓮は、震える手を握りしめた。
「咲も、俺も、どこかに捕まっていた」
咲は息を呑んだ。
「そして……最後に見たんだ」
「何をだ?」
祐希が尋ねる。
蓮は、顔を上げた。
「不老不死の研究が完成した未来を」
小屋の中が、静まり返った。
「空にはドローンが飛び交っていて、戦争が起きていた。兵士たちは、どんな攻撃を受けても傷一つつかない。紫色の目をした兵士たちが、人々を……」
言葉が詰まった。
あの光景を思い出すだけで、吐き気が込み上げてくる。
「……蹂躙していたんだ」
咲は口元を押さえた。
祐希も、しばらく何も言わなかった。
ただの夢。
そう考えることもできる。
しかし、三人はすでに知っていた。
不老不死の研究は、現実に存在している。
その研究を完成させようとしている人間もいる。
そして、その力を軍事利用しようとしている者たちがいる。
もし蓮の夢が、未来に起こり得る光景だったとしたら。
千鶴が命を懸けて託した願いは、単なる研究の隠蔽では済まなくなる。
蓮は、深く息を吸った。
「……あの研究を、絶対に完成させちゃいけない」
その声には、先ほどまでとは違う決意が宿っていた。
「俺たちが止めなきゃ……」
祐希は蓮の肩に手を置いた。
「……ああ。止めよう」
咲も、涙を拭って頷いた。
三人は、暗い小屋の中で顔を見合わせた。
まだ何も分からない。
あの夢が何を意味するのかも。
本当に、そんな未来が待っているのかも。
それでも、一つだけ確かなことがあった。
不老不死の研究を止めなければならない。
それが、千鶴を失った三人に残された、最後の使命だった。




