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Myosotis 〜すべてを忘れるために〜  作者: こんにゃくミ(こんにゃイカ)


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大きすぎる敵

挿絵(By みてみん)

三人は、しばらく防空壕の中に身を潜めていた。


 外からは、もう足音は聞こえない。


 教会には、人の気配もなくなっていた。


「……今なら出られるかも」


 祐希が小さな声で言った。


 蓮は、防空壕の入口を見つめた。


 教会の地下施設。


 自衛隊。


 正樹。


 そして、洋文が残した記録。


 すべてが一つに繋がり始めている。


「千鶴さんのところへ行こう」


 蓮が言った。


「聞かなきゃいけないことがある」


「……ああ」


 祐希が頷く。


 咲は何も言わなかった。


 ただ、蓮の横顔を見つめていた。


 三人は防空壕を出た。


 正樹に見つからないよう、物陰を選びながら集落を進んでいく。


 祐希が呟く


 「やけにあっさりたどり着いたな...」


 蓮の家にたどり着いた。


 蓮が玄関の扉を開ける。


「ただいま……」


 返事はなかった。


 そう思った次の瞬間だった。


「……おかえり、蓮」


 奥の部屋から、聞き慣れた声がした。


「……千鶴さん?」


 三人が顔を見合わせる。


 居間へ向かうと、千鶴が静かに座っていた。


 まるで、三人が戻ってくることを知っていたかのように。


 千鶴は、蓮たちの顔を順番に見つめた。


「……とうとう、真実に辿り着いたようだね」


 その声には、驚きも戸惑いもなかった。


 ただ、長い間抱えてきたものを、ようやく手放そうとしているような響きがあった。


「千鶴さん」


 蓮が一歩前に出る。


「聞きたいことがあるんだ」


「……そうだろうね」


 千鶴は小さく頷いた。


「私の正体も、不老不死の研究も。それから……あの少女のことも」


 その言葉に、咲の肩がわずかに揺れた。


 千鶴は三人を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。


「座りなさい。全部、私の口から話すよ」


 三人は千鶴の前に腰を下ろした。


 千鶴は一度目を閉じ、それから静かに話し始めた。


「私は、不死川洋文(しなずがわひろふみ)と常盤千代(ときわちよ)の娘だよ」


 蓮の表情が強張る。


「……やっぱり、そうだったんだな」


「私の本当の年齢は、百五十歳。父が残した記録を読んで、初めて自分がどんな研究によって生まれたのかを知ったんだ」


 千鶴は、自分の手を見つめた。


「私は、外傷がなければ、おそらく死ぬことができない。そう気づいたのは、百三十歳を超えた頃だった」


「百五十歳……」


 祐希が呆然と呟く。


 千鶴は、そんな祐希に小さく笑いかけた。


「信じられないだろうね。でも、これが私の生きてきた時間なんだよ」


 そして、千鶴は再び蓮を見た。


「蓮。あんたの両親のことも、話しておかなければならないね」


 蓮は黙って頷いた。


「お母さんは病気で亡くなった。そして、お父さんは事故で亡くなった。二人が亡くなったとき、私はあんたを一人にすることなんてできなかった」


 千鶴の声が、わずかに震えた。


「だから、私が責任を持って育てると決めたんだよ」


「……千鶴さん」


「でもね、私には怖いことがあった。もし私の正体や研究の真実が知られたら、蓮も研究の対象にされるかもしれない。あんたを、そんな目に遭わせたくなかった」


 千鶴は一度、言葉を切った。


「それに、もう一人……守らなければならない子がいたんだ」


 咲が顔を上げる。


「……私、ですか?」


 千鶴は、ゆっくりと頷いた。


「そうだよ、咲。あんたの本当の名前は、田中千咲(たなかちさき)。私の娘だ」


 咲は息を呑んだ。


「田中千咲(たなかちさき)...千鶴さんが私のお母さん?!」


「私は、あんたたち二人を一緒に育てることができなかった。だから、島根にいた鷹宮(たかみや)家の記憶を改ざんしたんだ。あの家の子どもとして、あんたを育ててもらうためにね」


「……じゃあ、私の家族は……」


「記憶の上では、間違いなく千咲の家族だった。あんたを育ててくれた時間まで、偽物だったわけじゃないよ」


 千鶴は、咲の目をまっすぐに見つめた。


「ただ、千咲が生まれたときの真実だけを、私が隠したんだ」


 咲は俯いた。


 自分の人生の根底にあったものが、少しずつ崩れていく。


 それでも、千鶴の言葉を遮ることはできなかった。


「私は、蓮と千咲が別々の人生を歩めば、二人が再び交わることはないと思っていた」


 千鶴は、遠い過去を思い出すように目を細めた。


「ところが、何の因果か鷹宮家はこの集落によく遊びに来るようになった。そして、鷹宮家はとうとう島へ引っ越してきた」


 蓮は、隣に座る咲を見た。


「そこで、私は恐れていたことを目の当たりにしたんだ」


 千鶴の声が静かに響く。


「あんたたちは、互いに惹かれ合ってしまった」


 蓮も咲も、何も言えなかった。


「二人が愛し合っていることに、私は気づいていた。だから、二人から互いの記憶を消すことも考えた。でも……そんなことはできなかった」


 千鶴は、目を伏せた。


「愛している人間から、その人自身を奪う。それがどれほど残酷なことか、私には分かっていたからね」


 しばらく、誰も口を開かなかった。


「だから私は、別の方法を選んだんだよ」


 千鶴は、三人を見渡した。


「蓮と千咲には、二人が五人で遊んでいたという記憶を残した。そして、その中の一人を……存在しない女の子にしたんだ」


「……存在しない?」


 祐希の声が震えた。


「そう。その少女は、最初から存在していなかった」


 蓮は、息を止めた。


「千咲には、その少女を蓮が好意を抱いている相手だと思わせた。だから、千咲は蓮がその少女を探しているのだと思うようになった」


 咲は、唇を噛みしめた。


「そして蓮には...千咲に寄せる気持ちをその少女に移した...」


「だから、あんたたちは、その少女が本当に存在していたと信じていたんだよ」


「……じゃあ、俺がずっと探していたのは……咲?」


 蓮の声が掠れた。


「女の子は最初から、どこにもいなかったんだ。」


 千鶴は、静かに頷いた。


「そうだよ」


 蓮は俯いた。


 自分が島を出た理由。


 教師になった理由。


 そして、あの日届いた手紙をきっかけに、再びこの場所へ戻ってきた理由。


 その始まりにいた少女は、最初から存在していなかった。


「……どうして、そこまでしたんですか」


 咲が尋ねた。


 千鶴は、少しだけ悲しそうに微笑んだ。


「二人を引き離したかったわけじゃない。常盤家と不死川家の人間が再び繋がってしまうそれが怖かった。ただ、二人が愛し合っているという事実を消すことが、私にはできなかったんだよ」


 その言葉に、咲は何も返せなかった。


 千鶴は、今度は蓮の手元に目を向けた。


「それから不死川家と常盤家の血を引く者には、二つの能力が現れることがある。一つは、触れた相手の記憶を読み取る力。もう一つは、記憶そのものを操作する力だ」


「……二つの能力」


「どちらが現れるかは、人によって違う。私に宿ったのは、記憶を操作する力だった。」


 蓮、そして咲は自分の手を見つめた。


 これまで触れた人間の記憶が、頭の中へ流れ込んできた理由。


 咲の記憶に、存在しない少女がいた理由。


 すべてが一本に繋がっていく。


千鶴がいった。


「その反応自覚があるんじゃないのかい?」


「千鶴さん……俺たち...」


 千鶴は、蓮の言葉遮るように言った。


「もう一度三人の記憶を消す...やっぱり、あんた達に危険な目にはあってほしくない。」


蓮が言う


「だったら何故俺にこの鍵を託したんだよ。俺たちはもう知ってしまったんだ。誰かがやらないと行けないだろ!」


千鶴は黙った。


祐希が聞く。


「ただ、記憶を消す為には千鶴さんがいないとダメなんだろ?蓮お前は記憶を消せるのか?」


「記憶を操る事は多分出来ないです...俺の能力は人の記憶を覗く事だと思います。」


「だったら、俺たちじゃ無理じゃ」


 咲が覚悟を決める。


「私出来ます……」


千鶴、蓮、祐希が驚く。


「力が使えるようになったのは最近です...」


「私と蓮先輩とならやれます!」


千鶴も覚悟を決める。


「わかったわ...私にできることは、もうほとんど残っていない。でも、あんたたち二人なら……」


「私や私の両親が成せなかった研究の阻止、研究にかかわる全ての記憶を消して終わらせれる。そう信じるわ。」


 千鶴は、蓮と咲を見つめた。


 蓮は、拳を握りしめた。


 研究の真実を知った今、何もしないという選択肢はなかった。


 しかし、国に関わる人間たちの記憶を消す。


 それがどれほど大きなことなのか。


 そのとき、千鶴がふと思い出したように口を開いた。


「そうだ。もう一つ伝えておかなければならないことがある」


 三人が千鶴を見る。


「一ノ瀬先生のことだよ」


 蓮の表情が変わった。


「一ノ瀬先生……?」


「少し前に、私のところへ来たんだ。自分がもう長くないこと。そして、国から追及を受けていることを話していた」


 千鶴は、机の上に置かれた封筒を手に取った。


「そのとき、これを私に託していったんだよ」


 封筒には、一ノ瀬の名前が記されていた。


「何かあったとき、蓮たちに渡してほしいってね」


 蓮は、封筒を見つめた。


「……何故一ノ瀬先生が千鶴さんに?中には何が?」


「詳しいことは、私も知らない。本人が、あんたたち自身に読んでほしいと言っていたからね」


 千鶴は封筒を蓮へ差し出した。


 蓮は、両手でそれを受け取った。


 一ノ瀬先生は、いったい何を残したのだろう。


 蓮は、封筒を開けようとした。


 しかし、その手が止まった。


「……読む前に、一つだけ聞かせて」


 蓮は千鶴を見つめた。


「千鶴さんは、俺たちに何もかも隠してきた。でも……本当に、俺たちを守るためだったんだよな?」


 千鶴は、迷うことなく頷いた。


「ああ。どんな理由があっても、あんたたちを傷つけたことは変わらない。それでも、守りたかったんだよ」


 蓮は、しばらく千鶴を見つめていた。


 やがて、小さく頷いた。


「……分かった」


 そして、手元の封筒へ視線を戻す。


 千鶴が語った真実。


 存在しなかった少女。


 受け継がれた能力。


 そして、国が隠し続けてきた不老不死の研究。


 だが、まだすべてが明らかになったわけではない。


 封筒の中には、一ノ瀬が残した記録がある。


 そこには、悟の死に隠された真実も記されているはずだった。


 三人は顔を見合わせた。


 そして、蓮がゆっくりと封筒を開いた。

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