子供たちを守るため
洋文と千代は、二人の子供――常盤千鶴と不死川蓮蔵を抱えながら、身を隠すように暮らしていた。
そんなある夜。
小さな明かりの下で、洋文がぽつりと口を開いた。
「……このままでは、いずれ見つかる」
千代は黙って子供たちを見つめた。
「学さんに……ですか?」
「ああ」
洋文は苦しそうに頷いた。
「もし、あの子たちの存在を知られたら……研究対象にされる」
千代の表情が固まる。
それは、二人にとって最も考えたくない未来だった。
千代が薬を投与され、生き残った。
そして洋文は、不死川の血を継いでいる。
二人の間に生まれた子供たちが、もし研究者たちの手に渡れば――。
「……あの子たちには、私たちと同じ思いをさせたくない」
洋文の声は震えていた。
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。
「……別の家に預けるしかない」
千代が顔を上げる。
「そんな……」
「分かっている」
洋文も、言いたくて言っているわけではなかった。
「だが、俺たちと一緒にいる限り、あの子たちは危険だ」
二人とも分かっていた。
今、自分たちの生活ですら精一杯だ。
そんな状況で、他人の子供まで引き取って育ててくれる家など、ほとんどない。
「……誰が、あの子たちを受け入れてくれるんでしょう」
「普通に頼んでも……無理だろうな」
洋文は俯いた。
そのときだった。
千代の頭に、ある考えが浮かんだ。
「……記憶を」
「え?」
「私の力を使えば……」
千代は、自分の手を見つめた。
最近になって、少しずつ分かってきた。
人の記憶は、思っている以上に脆い。
ほんの少し触れるだけで、忘れさせることができる。
記憶を変えることもできる。
そして――。
「この子たちを……その家の子供だと思わせる」
洋文は息を呑んだ。
「千代……それは」
「分かっています」
千代は子供たちを見つめた。
まだ何も知らず、眠っている。
「でも……これなら、この子たちは生きていける」
洋文は何も言えなかった。
しばらくして、静かに目を閉じる。
「……それしかないのかもしれないな」
洋文と千代は覚悟を決めた。
二人は、娘と息子を抱く。
「蓮蔵、千鶴ごめんな...俺たちはいつまでもお前達の ことを愛している。」
「幸せに生きてね。愛してる...」
千代は涙を堪えながら呟いた。
翌日二人は、それぞれ別の家を探した。
そして、子供たちを一人ずつ託すことにした。
不死川蓮蔵は――富士川家へ。
常盤千鶴は――田中家へ。
両家とも子宝に恵まれなかった家庭である。
千代は、それぞれの家族の記憶へ静かに入り込んだ。
「この子は……あなたたちの子供です」
そう思わせる。
過去の記憶を少しずつ書き換える。
初めて会った日の記憶。
子供が生まれた日の記憶。
これまで一緒に暮らしてきた日々。
存在しなかったはずの思い出を、少しずつ埋めていく。
やがて――。
「……うちの子だ」
富士川家の人間は、蓮蔵を抱きしめた。
田中家でも同じだった。
「この子は、私たちの子供だ」
誰も疑わなかった。
千代は遠くから、その様子を見つめていた。
隣に立つ洋文も、何も言わない。
ただ、二人とも分かっていた。
これで、子供たちは守られる。
けれど――。
同時に、自分たちの子供であるという記憶を、他人の中へ埋め込んだのだ。
「……千代」
「はい」
「いつか……あの子たちに、本当のことを伝えられる日が来ると思うか?」
千代は、しばらく答えなかった。
そして、小さく首を横に振る。
「……伝えなくて良いんです。あの子達が幸せに育ってくれるだけで...」
離れていく子供たちを見つめ続けた。
二人の目には一滴の涙が溢れた。
その日から。
常盤千鶴は、田中家の娘として。
不死川蓮蔵は、富士川家の息子として。
それぞれ別の人生を歩み始めた。
そして千代と洋文は――。
自分たちが親であることを、誰にも知られないように生きることを決めた。




