逃亡の果て
夜の空を、爆音が切り裂いた。
――ドォォォン!!
地面が大きく揺れる。
遠くで炎が上がった。
「急いで!」
洋文が叫ぶ。
千代の手を引き、暗い道を走る。
複数の足音が迫っていた。
「……学さん達?」
千代が息を切らしながら尋ねる。
「ああ、気づかれた」
洋文は振り返らない。
「追ってきている」
集落を出てから、何度も追手が現れた。
そのたびに二人は逃げた。
山へ。
森へ。
時には、空爆によって崩れた建物の陰へ身を隠した。
戦争は、二人が逃げることさえ許さなかった。
空から爆撃機が飛んでくる。
遠くで銃声が響く。
街は焼け、人々は逃げ惑っていた。
そんな中を、洋文と千代は生き延び続けた。
「こっちだ!」
洋文が崩れた建物の隙間へ千代を誘導する。
二人が身を伏せた直後。
――ドォォン!!
激しい爆発音。
土煙が辺りを覆う。
千代は洋文の腕を握った。
「……怖いですね」
「大丈夫です」
洋文は千代の手を握り返す。
「俺がいます」
その言葉だけを頼りに、二人は逃げ続けた。
何日も。
何週間も。
いつ追手が来るか分からない。
いつ爆撃に巻き込まれるかも分からない。
それでも二人は、生きることを諦めなかった。
そして――
逃亡生活が続く中。
千代の身体に変化が現れた。
「……洋文さん」
「どうしました?」
「私……」
千代は自分のお腹に手を当てた。
「子どもができました」
洋文は言葉を失った。
「……本当に?」
千代は小さく頷いた。
「はい」
その瞬間。
洋文の胸に、これまで感じたことのない感情が込み上げてきた。
嬉しさ。
恐怖。
そして――
この子を守らなければならないという強い決意。
「……絶対に守ります」
洋文は千代のお腹にそっと手を添えた。
「二人で、この子を守りましょう」
「はい」
それからしばらくして。
二人の間に、一人の子どもが生まれた。
女の子だった。
千代は、その子を抱きしめながら名前を呼んだ。
「この子は……常盤千鶴」
洋文は静かに頷いた。
「千鶴……」
その名前を、二人で何度も口にした。
千代の姓を受け継いだ娘。
――常盤千鶴。
しかし、それだけでは終わらなかった。
その後。
もう一人の子どもが生まれた。
今度は、男の子だった。
洋文はその子を見つめた。
「この子は……不死川蓮蔵」
「蓮蔵……」
「俺の姓を継がせよう」
千代は微笑んだ。
「はい」
二人は結婚していなかった。
だからこそ、二人の子どもはそれぞれの親の姓を受け継いだ。
女の子は――
常盤千鶴。
男の子は――
不死川蓮蔵。
二人は別々の姓を持って生まれた。
それでも。
二人は、同じ血を分けた兄妹だった。
洋文と千代は、空爆の中二人を抱えながら住処へ逃げる。
空爆が続く夜。
洋文は眠る二人の子どもを見つめていた。
千代が隣に座る。
「……この子たちには、普通に生きてほしいですね」
「ああ」
洋文は答えた。
「研究なんて知らなくていい」
「はい」
「戦争も知らなくていい」
洋文は二人の子どもを見つめた。
「ただ、生きていてくれればいい」
外では、また爆撃音が響いた。
――ドォォン。
窓が震える。
洋文は二人の子どもを抱き寄せる。
そして、千代と共に暗い夜を見つめた。
逃亡は、まだ終わっていなかった。




