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Myosotis 〜すべてを忘れるために〜  作者: こんにゃくミ


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ふたつの因子

挿絵(By みてみん)

常盤千代が目を覚ましてから、数日が経った。


 洋文と学は、千代の身体を毎日観察していた。


 体温。


 脈拍。


 血液。


 内臓の状態。


 どれも、薬を投与した直後とは思えないほど安定している。


 そして、二人が何より気になっていたのは――


 千代の容姿だった。


「……やはり、おかしい」


 学が記録を見ながら呟く。


「何がです?」


「年齢だよ」


 千代は自分の年齢を六十二歳だと話している。


 しかし、その姿はどう見ても三十代。


 肌には目立った皺もなく、身体の衰えもほとんど見られない。


「六十二歳には見えない」


「ええ」


 洋文も頷く。


「薬を投与する前からです」


「そうだ」


 学は千代の記録を机に並べた。


「つまり、薬の効果で若返ったわけじゃない」


「では……」


「元々、そういう身体だったんだ」


 学は一枚の資料を取り出した。


 千代の家系について調べた記録だった。


「常盤家について、少し調べてみた」


「常盤家を?」


「ああ」


 学は資料をめくる。


「千代さんの家系には、妙な特徴がある」


「特徴?」


「病気で亡くなった人間が、いない」


 洋文が顔を上げる。


「……病気で?」


「そうだ」


 記録に残っている常盤家の人間。


 その多くは、異様なほど長く生きている。


 しかし、死因を調べると奇妙な共通点があった。


 戦死。


 転落死。


 事故死。


 外傷による死亡。


 病気によって身体が衰え、自然に亡くなった者が見当たらない。


「偶然じゃない」


 学はそう言った。


「常盤家には、何かある」


 洋文は千代を見る。


 確かに、彼女の姿は六十二歳には見えない。


「……老化しにくい」


 洋文が呟いた。


「そういうことだ」


 学は頷いた。


「常盤家の人間は、老化そのものが極端に遅い可能性がある、そして病原体に対する免疫が強く。病にかかっても直ぐに身体が修復している。」


 洋文は考え込んだ。


「でも、それだけじゃ不老不死にはならない」


「だから、もう一つの因子が必要なんだ」


 学はそう言って、別の資料を取り出した。


「不死川家」


 その名前を見た瞬間、洋文は黙った。


「我々の家系だ」


「そうだ」


 不死川家にも、昔から奇妙な特徴があった。


 傷の治りが異常に早い。


 切り傷。


 打撲。


 骨折。


 普通の人間よりも、明らかに回復が早い。


「俺たちには、治癒力がある」


 洋文が言う。


「正確には、通常より高い再生能力だ」


 学が訂正する。


「もし、その能力を薬によってさらに強くできるのなら……」


 学はそこで言葉を止めた。


 そして、千代を見る。


「一つ、試してみたい」


「何を?」


「千代さんに傷をつける」


 洋文の表情が険しくなる。


「……本気ですか?」


「研究のためだ」


 学は静かに答えた。


「薬によって、治癒力が付与されているのなら、傷を負わせれば普通の人間とは違う反応が出るはずだ」


 洋文はしばらく黙っていた。


 やがて、千代本人へ説明することになった。


 そして――


「分かりました」


 千代は静かに答えた。


「研究のお役に立てるのであれば」


 学はメスを手に取った。


 洋文はその光景を見つめていた。


 皮膚に小さな切開を入れる。


 血が滲む。


 そして――


 待った。


 一分。


 二分。


 五分。


 十分快く。


 だが。


 傷口は閉じなかった。


「……」


 学の表情が変わる。


 洋文も傷口を見つめる。


「治らない……」


 薬を投与する前と、大きな違いはなかった。


 千代の傷は、普通の人間と同じように血を流していた。


 治癒速度が異常に上がっているわけではない。


 薬によって再生能力が付与されたわけでもない。


「……そうか」


 学は静かに呟いた。


 そして、何かを思いついたように資料を取り出した。


 何度も書き直し、考えを整理していく。


 洋文が尋ねる。


「学……何を考えている?」


「薬そのものが、すべてを作り出すわけじゃない」


「……?」


「元々持っている因子が必要なんだ」


 学は紙に二つの言葉を書いた。


 ――再生。


 ――老化抑制。


「薬は、ゼロから能力を作り出すものじゃない」


 学は続けた。


「元々その人間が持っている性質を、変化させるものなんじゃないか」


 洋文は黙って聞いている。


「不死川家には、傷を治す力がある」


 再生。


「常盤家には、老化しにくい性質がある」


 不老。


 学は二つの言葉を並べた。


 そして、その間に一本の線を引く。


「この二つを、同時に持つ人間を作る」


「……どうやって?」


 学は答えた。


「子どもだ」


 洋文の目が見開かれる。


「不死川の再生能力と、常盤の老化しにくい性質」


 学は静かに言った。


「その二つの因子を持った子どもが生まれれば――」


 そこで、一度言葉を止める。


「不老不死に近い存在が生まれる可能性がある」


 洋文は何も言わなかった。


 だが、頭の中では一つの答えが形になり始めていた。


 薬だけでは、完成しない。


 必要なのは――


 再生の因子。


 不老の因子。


 そして、その両方を持った人間。


 しかし、学はさらに重要な条件に気づいた。


「……いや」


「どうした?」


「それだけじゃない」


 学は資料の端に、新たな言葉を書いた。


 薬への耐性。


「子どもを作るだけじゃ駄目だ」


「……どういうことだ?」


「不死川の再生因子を持つ人間と、常盤の不老因子を持つ人間」


 学は一つずつ確認するように言葉を続ける。


「その二人が、薬に耐えられる身体でなければならない」


「……」


「どちらかが薬に耐えられなければ、研究はそこで終わる」


 洋文は千代を見る。


 これまでの被験体は、全員死んだ。


 千代は生きている。


 だが、彼女が本当に薬に耐えたのか。


 それとも、まだ何も起きていないだけなのか。


 その答えは、まだ分からない。


 学は紙に、研究の仮説をまとめた。


 不死川――再生。


 常盤――不老。


 両者の因子を持つ子ども。


 そして、薬に耐えられる男女。


 それらがすべて揃ったとき。


 初めて――


 不老不死が生まれる。


 洋文はその文字を見つめていた。


 まだ誰も成功していない。


 まだ証明されてもいない。


 ただの仮説だ。


 そして二人はまだ知らなかった。


 この研究が成功した先に――


 人間が決して踏み込んではならない領域が待っていることを。

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