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Myosotis 〜すべてを忘れるために〜  作者: こんにゃくミ


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謎の数字

挿絵(By みてみん)

葬儀が終わる頃には、雨は上がっていた。


集落を覆っていた雲の隙間から、薄い夕日が差し込んでいる。


七年ぶりに戻ってきた故郷。


本当なら、悟の葬儀が終われば、そのまま島根へ戻るつもりだった。


けれど。


もう、そんな気持ちにはなれなかった。


悟の紫色の瞳。


一ノ瀬透の怯えた表情。


そして、七年前に消えた少女。


すべてが頭から離れない。


「蓮先輩」


振り返ると、咲が立っていた。


その隣には祐希もいる。


「……二人とも、まだいたんだな」


「はい。蓮先輩こそ、帰らないんですか?」


「……もう少しだけ、この辺にいようと思ってる」


「そうですか」


祐希が腕を組む。


「俺たちも、話したいことがある」


「そうですね」


三人は葬儀場を後にした。


向かったのは、集落から少し離れた海辺だった。


集落の外れにある小さな浜。


その先には、古い堤防が伸びている。


三人は堤防の上に並んで腰を下ろした。


夕暮れの海は静かだった。


波が堤防にぶつかるたび、


ザァン――


と低い音が響く。


蓮は海を眺めながら、口を開いた。


「まず、俺から話したいことがある」


咲と祐希が蓮を見る。


「俺が、ここに戻ってきた理由についてだ」


「悟くんの葬儀だけじゃないんですか?」


咲が尋ねる。


「それもある」


蓮は一度、言葉を止めた。


そして、ポケットから一通の封筒を取り出した。


白い封筒。


差出人は書かれていない。


宛名もない。


ただ、蓮が島根で暮らしている住所だけが書かれている。


「これが、届いたんだ」


祐希が眉をひそめる。


「手紙か?」


「はい」


蓮は封筒を見つめた。


「悟が死んだことを知らせる手紙だった」


咲が驚いた顔をする。


「……悟くんの?」


「そう」


「誰からですか?」


「分からない」


蓮は首を横に振った。


「差出人が書かれてなかった」


「住所は?」


「俺の今住んでるところです」


祐希が黙り込む。


「……それ、おかしくねぇか?お前がこの集落を出たあと、お前がどこに行ったかわからなかった。千鶴さんに聞いても知らなかった。それなのに悟が死んだ事を誰がお前に伝える?」


「そうなんです。俺は誰にも行く場所を伝えずにここをでました.....」


蓮は封筒から一枚の紙を取り出した。


「中に書いてあったのは、これだけだった」


二人の前に紙を広げる。


そこには、短い文章だけが書かれている。


――竹中悟が死んだ。


その下に、葬儀の日付と集落の名前。


それだけ。


「……これだけですか?」


咲が呟く。


「ああ」


「誰が、何のために?」


「それが分からない」


蓮は手紙を見つめた。


「でも、この手紙が届いたから、俺はここに戻ってきた」


祐希が蓮を見る。


「それで?」


「調べます」


蓮は迷いなく答えた。


「悟が死んだ理由を」


「急性心不全じゃねぇのか?」


「表向きはそうです」


蓮は静かに言った。


「あの目を見ました」


二人が黙る。


「紫色だった」


咲が唇を噛んだ。


「……私も、蓮先輩を信じます」


「咲……」


「先生の反応も、おかしかったです」


咲は一ノ瀬の顔を思い出していた。


「普通だったら、あんな反応はしないと思います」


祐希も頷く。


「俺もそう思う」


波の音だけが、三人の間に流れた。


「じゃあ……」


蓮は二人を見る。


「一緒に調べてくれるか?」


咲はすぐに答えた。


「はい。もちろんです」


祐希も笑う。


「当たり前だろ」


蓮は祐希を見る。


「……ありがとうございます、祐希先輩」


「礼なんかいらねぇよ」


祐希は海へ視線を戻した。


「昔から仲間だろ」


蓮は小さく笑った。


「そうですね」


祐希が海の向こうを見ながら口を開いた。


「あの教会調べるべきだろ」


その言葉に、蓮の表情が変わった。


古い教会。


子供の頃から、入ることを禁じられていた場所。


「……あそこは、入れないでしょう...」


「だから調べるんだろ」


「祐希先輩……」


「蓮。お前、あそこが怖かったんだろ?」


蓮は答えなかった。


海から吹く風が、三人の間を通り抜ける。


「……確かに、俺はあの教会が昔から苦手でした」


「だろ?」


祐希が笑う。


「だったら、何かある」


蓮は古い教会のある方向を見つめた。


「……そうかもしれません」


⸻


しばらくして、咲が蓮の手元を見つめた。


「……あれ?」


「どうした?」


「蓮先輩、その手紙……」


「何かある?」


咲は蓮から封筒を受け取った。

挿絵(By みてみん)


そして、表と裏を何度も確認する。


「……ここです」


「……?」


封筒の裏。


何も書かれていないように見える。


けれど、夕日の角度が変わった瞬間だった。


紙の表面に、薄く残った文字が浮かび上がった。


「蓮先輩……」


「どうした?」


咲は指先で、その部分をそっとなぞった。


「小さく何か書いてあります」


蓮と祐希が覗き込む。


そこには、肉眼では見落としてしまいそうなほど小さな数字が書かれていた。


「……八、一、二、四」


蓮が目を細める。


「8124……?」


封筒の裏に、小さく残された数字。


8124


「何だ、これ?」


祐希が眉を寄せる。


「分かりません……」


咲も首を傾げる。


蓮は封筒を見つめた。


差出人のない手紙。


悟の死。


そして、この数字。


「……誰かが、俺に何かを伝えようとしてるのか?」


波の音が響く。


ザァン――


ザァン――


三人は、誰も言葉を発しなかった。


ただ、封筒の裏に残された四つの数字だけを見つめていた。


8124


それが何を意味するのか。


誰が書いたのか。


そして、なぜこの手紙に残されているのか。


三人には、まだ分からなかった。


ただ一つ。


この数字が、悟の死と無関係だとは思えなかった。


蓮は封筒を握りしめた。


夕暮れの海の向こうには、もう夜の色が広がり始めていた。


「……今日は、もう帰りましょう」


蓮が立ち上がる。


「はい、蓮先輩」


咲も立ち上がる。


祐希も続いて腰を上げた。


三人は堤防を降り、集落へ向かって歩き始めた。


その背中を――


少し離れた場所から、じっと見つめる人影があった。


防風林の奥。


夕暮れの闇に紛れるように、黒い服を着た人物が立っている。


顔は見えない。


ただ、三人の姿だけを追っていた。


蓮が振り返る。


その瞬間、黒い影は木の陰へ身を隠した。


「……?」


蓮はしばらく防風林を見つめた。


「どうしました?」


咲が尋ねる。


「いや……」


蓮は目を細める。


「何か、いたような気がして」


祐希が周囲を見回す。


「誰もいねぇぞ」


「……そうですね」


蓮はもう一度、防風林を見た。


そこには風に揺れる木々しかなかった。


「気のせいかもしれません」


三人は再び歩き始める。


やがて、その姿が集落の中へ消えていった。


防風林の奥。


黒い服の人物は、三人が去った方向を見つめていた。


手紙のことも。


8124という数字のことも。


何も知らない。


ただ――


あの三人が、何かを調べ始めた。


その事実だけを確認するように、静かに見つめていた。


黒い影は、ゆっくりとその場を離れた。


海には、夜が訪れようとしていた。

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