↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Myosotis 〜すべてを忘れるために〜  作者: こんにゃくミ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/36

葬送

挿絵(By みてみん)

朝から、集落には静かな雨が降っていた。


七年ぶりに戻ってきた故郷は、蓮の記憶の中とほとんど変わっていなかった。


山に囲まれた小さな集落。


古びた家々。


雨に濡れた細い道路。


そして、集落の奥にひっそりと佇む古い教会。


「……蓮くん」


声をかけられて振り返る。


そこにいたのは、悟の父親と母親だった。


二人とも、蓮が記憶していた姿よりずっと小さく見えた。


父親は俯いたまま、何も言わない。


母親は目を赤く腫らし、何度もハンカチで涙を拭っていた。


「……久しぶり」


母親が、かすれた声で言った。


「はい……お久しぶりです」


それ以上、言葉が続かなかった。


息子が死んだ。


あまりにも突然だった。


死因は急性心不全。


それだけが、二人に伝えられている。


病気を患っていたわけでもない。


前日まで、いつも通りに生活していた。


それなのに、突然。


二十五歳の息子が、この世からいなくなった。


父親がゆっくりと顔を上げた。


「……来てくれたんだな」


「はい」


「悟も……喜んどると思う」


父親の声が震えた。


「来てくれて……本当に、ありがとう」


「そんな……」


「七年も帰ってこなかったのに、悟のために戻ってきてくれたんだろ?」


蓮は答えられなかった。


七年間。


自分はこの集落に戻らなかった。


悟とも、ほとんど連絡を取っていなかった。


それでも、最後に会うことくらいはできた。


その思いが、胸を締め付ける。


「……すみません」


蓮が頭を下げる。


すると、悟の母親が首を横に振った。


「謝らなくていいの」


涙を流しながら、微笑んだ。


「来てくれて……ありがとう」


その言葉が、蓮の胸に深く刺さった。


蓮は、悟の死について聞いた。


「あ...あの...悟に...悟に何があったんですか?」


悟の母親は答える。


「急性心不全だそうよ。いつものように家に帰って寝ていたの、次の日全く起きて来ないから、心配になって部屋に見に行ったら...もう意識もなく...心臓が止まっていたの...」


泣き崩れる悟の母親を、父親が優しく抱く。


その姿を見て蓮は、話を聞くことをやめた。


「ごめんなさい...」


蓮は、深くお辞儀をして、その場を去った。


⸻


葬儀が始まるまでの間、蓮は集落の人々と何度も顔を合わせた。


「蓮か?」


「先生になったんか」


「大きくなったのう」


七年前まで、当たり前のように聞いていた声。


懐かしい。


それなのに、どこか息苦しい。


みんな昔と変わらない。


けれど、蓮には妙な違和感があった。


誰も悟の死について深く話そうとしない。


「まだ若いのにのう...」


それだけ。


誰も、それ以上は口にしなかった。


まるで、そこで話を終わらせることが決められているかのようだった。


⸻


葬儀が始まった。


読経が静かに響く。


蓮は悟の遺影を見つめていた。


写真の中の悟は、少し照れたように笑っている。


高校時代と変わらない笑顔だった。


ふと、昔の記憶が蘇る。


高校一年。


悟と初めて大喧嘩した日。


高校二年。


二人で山に入り、日が暮れて千鶴にこっぴどく叱られた日。


高校三年。


あの少女が消えた日。


「……」


蓮は目を伏せた。


あの日から、すべてが変わった。


少女は見つからなかった。


そして蓮は、この集落を出た。


七年間、一度も戻らなかった。


⸻


葬儀が終わり、参列者が悟の棺へと進んでいく。


蓮も列に並んだ。


そして、悟の顔を見た。


「……悟」


白い布に包まれた身体。


眠っているような顔。


けれど、もう二度と目を開けることはない。


そう思った瞬間、胸の奥から感情が溢れた。


「……なんでだよ」


蓮は棺に手を伸ばした。


頬に触れる。


冷たい。


「お前……」


涙が頬を伝う。


蓮は震える手で、悟の顔を強く撫でた。


「起きろよ……」


もう一度、頬に触れる。


その瞬間だった。


悟のまぶたが、わずかに動いた。


「……え?」


蓮の手が止まる。


閉じていたはずのまぶたが、ほんの少しだけ開く。


そして――


蓮は息を呑んだ。


瞳が、紫色に変色していた。


「……何、これ」


見間違いではない。


生前の悟の瞳とは明らかに違う。


紫。


不自然なほど鮮やかな紫色。挿絵(By みてみん)


蓮がもう一度確認しようとした、その時だった。


「触るな!」


腕を強く掴まれた。


「っ……!」


振り返る。


そこには、一ノ瀬透が立っていた。

挿絵(By みてみん)


集落で医師を務める男。


普段は穏やかな男だった。


しかし今は違う。


顔から血の気が引いていた。


「一ノ瀬先生……?」


「もう触るな」


「先生、今……悟の目が――」


「見るな!」


一ノ瀬が蓮を睨みつける。


その目には、恐怖があった。


「……なんで、そんなことを言うんですか?」


一ノ瀬は答えない。


ただ、棺の中の悟を見つめている。


「悟は……本当に急性心不全なんですか?」


一ノ瀬の表情が、一瞬だけ固まった。


「それが死因だ」


「でも……」


「蓮」


低い声だった。


「この集落では、知らないほうがいいこともある」


「どういう意味ですか?」


一ノ瀬はしばらく黙っていた。


そして、蓮の肩に手を置いた。


「……今見たものは、忘れろ」


「無理ですよ」


「忘れろ」


その声には、懇願にも似た響きがあった。


蓮は一ノ瀬を見つめた。


その瞬間。


背後から、聞き覚えのある声がした。


「……蓮先輩?」


振り返る。


そこに立っていたのは、一人の少女だった。


高校時代の記憶が、一気に蘇る。


「……咲ちゃん?」


鷹宮咲。

挿絵(By みてみん)


蓮の一つ下の後輩だった。


七年前とあまり変わっていない。


「お久しぶりです、蓮先輩」


「久しぶり、咲ちゃん」


咲は微笑んだ。


けれど、その表情にはどこか不安が滲んでいた。


「帰ってきてくださったんですね...」


「ああ。悟の葬式だからな」


「……そうですよね」


咲は俯いた。


「悟先輩……本当に、急に亡くなってしまって」


「急性心不全って聞いた」


「はい……」


咲は小さく頷いた。


「蓮先輩……何か見ましたか?」


蓮は答えに迷った。


しかし、咲の目を見ていると、嘘をつくことができなかった。


「……悟の目が開いた」


咲の表情が変わった。


「え……?」


「ほんの少しだけだけどな」


「そんな……」


「それで、目が……」


蓮が言葉を止める。


その沈黙が、すべてを物語っていた。


咲が小さな声で言う。


「やっぱり……」


「何が?」


「この集落……変です」


蓮は黙った。


「私、ずっとそう思っていました」


咲は周囲を見回した。


「悟先輩のことだけじゃありません」


「……どういうことだ?」


「七年前、あの女の子がいなくなった時もそうでした」


蓮の表情が変わる。


「……あの子のこと、覚えてるのか?」


「もちろんです」


咲は蓮を見つめた。


「みんな、何かを知っているような顔をしていました。でも、誰も何も教えてくれませんでした」


「……」


「それに、この集落の人たち……何かを隠していると思います」


咲の声は震えていた。


それでも、蓮から目を逸らさなかった。


「私も、ずっと調べていました」


「咲ちゃんが?」


「はい」


「危ないことはしてないだろうな?」


「……少しだけ」


「少しだけってなんだよ」


蓮が苦笑する。


咲も少しだけ笑った。


「でも、蓮先輩が戻ってきたなら……」


咲は一度言葉を止めた。


「私も、力になりたいです」


「……ありがとう」


「蓮先輩のためなら、私……何でもします」


「無茶はするなよ、咲ちゃん」


「はい」


咲は素直に頷いた。


その頬が、ほんの少しだけ赤くなっていた。


⸻


「おい、蓮」


突然、背後から声がした。


振り返る。


そこには、大柄な男が立っていた。


「……祐希くん?」


高尾祐希。

挿絵(By みてみん)


蓮の一つ上の先輩だった。


高校時代と変わらない。


鋭い目つきと、がっしりした身体。


「久しぶりだな、蓮」


「お久しぶりです、祐希くん」


「堅ぇな。昔みたいに話せよ」


「いや、先輩ですから」


「相変わらずだな、お前」


祐希が笑った。


そして、蓮の隣にいる咲を見る。


「咲もいたのか」


「はい」


「何の話だ?」


咲が答える。


「この集落についてです」


祐希の笑顔が消えた。


「……やっぱり、お前もそう思うか」


咲が頷く。


「祐希くんも?」


蓮が尋ねる。


「ああ」


祐希は集落を見渡した。


「俺は頭が切れるほうじゃねぇから、うまく説明できねぇけどな」


「それでも、何か感じてるんですね」


「ああ」


祐希の声が低くなる。


「昔から、この集落は何かがおかしい」


蓮は祐希を見る。


「何か知ってるんですか?」


「知らねぇ」


祐希は即答した。


「だから調べるんだろ」


「……」


「俺も付き合う」


蓮は少し驚いた。


「祐希くんまで……」


「仲間だろ?」


祐希は蓮の肩を軽く叩いた。


「昔から、そうだったじゃねぇか」


蓮は小さく笑った。


「……ありがとうございます」


七年間。


一度も戻らなかった故郷。


そこには、まだ自分を待っている人間がいた。


そして今。


蓮の前には、二人の仲間がいる。


この集落に疑問を抱く、鷹宮咲。


そして、仲間のためなら迷わず動く、高尾祐希。


三人はまだ知らなかった。


悟の死も。


消えた少女も。


古い教会も。


そして、この集落に潜む違和感も。


すべてが、同じ一つの秘密へと繋がっていることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。