隠していたもの
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
蓮はまだ、頭の中に流れ込んできた無数の記憶を整理できずにいた。
心臓が激しく鼓動している。
「……落ち着け……」
蓮はそう呟き、胸元に手を当てた。
ゆっくりと深呼吸をする。
しかし――
「……あれ?」
何かに気づいた。
胸元に触れた手を、そのまま首元へ移す。
指先が、何度も探る。
いつもなら触れるはずのものが――ない。
「……ネックレス……」
蓮は呆然と呟いた。
千鶴から渡された、古びた銀色の鍵の形をしたネックレス。
いつも身につけていた。
昨日までも、確かに――
いや。
いつからない?
「……いつ、なくした?」
蓮は記憶を辿ろうとした。
だが、はっきりと思い出せない。
昨日の夜。
咲と二人で歩いていた時には――
そこまで考えたところで、蓮は頭を振った。
「……分からない」
祐希が蓮を見る。
「ネックレス、なくしたのか?」
「はい……いつなくなったのかも分からないです」
その言葉を聞いた瞬間。
祐希の視線が、咲へ向いた。
咲は黙ったまま俯いている。
「……咲」
「……はい」
「そのポケット」
祐希の目が、咲の上着のポケットへ向く。
「何か入ってるだろ」
咲の身体が、ほんの僅かに強張った。
「……何もありません」
「嘘つけ」
祐希の声が低くなる。
「さっきからずっと、そこを気にしてるじゃねえか」
咲は答えない。
祐希が一歩近づいた。
「見せろ」
「祐希先輩……」
「咲」
祐希は真剣な表情をしていた。
「俺たちに隠してることがあるんだろ?」
咲は俯いたまま、何も言わなかった。
その沈黙が、祐希の疑念をさらに強くする。
「……そのポケットに入ってる図面」
祐希の視線が、咲のポケットへ向く。
「悟の部屋で見た図面の……ちぎられたページじゃないのか?」
咲の顔が僅かに動いた。
それだけで十分だった。
「やっぱり……」
祐希は拳を握る。
「なんでお前が持ってる?」
咲は答えない。
「いつから持ってた?」
沈黙。
「……もしかして」
祐希の声が震える。
「お前、悟の死の原因を知ってるんじゃないか?」
咲の瞳が揺れた。
蓮も何も言えず、咲を見つめていた。
祐希はさらに一歩近づく。
「もしかして、お前が……」
「違います」
咲が初めて強く言った。
声が防空壕の壁に響く。
「私は……悟先輩を殺してない」
それだけだった。
「……それ以外は、何も言えません」
祐希は唖然とする。
「何も言えないって……」
「……」
「だったら、その図面はなんなんだよ!」
祐希が咲のポケットへ手を伸ばした。
「見せろ!」
「祐希先輩――」
咲が止めようとする。
しかし、祐希はポケットから紙の束を引き抜いた。
古びた紙。
見覚えのある筆跡。
教会の図面。
そして――
途中で無理やり引き裂かれたような跡。
「……やっぱり……」
祐希の顔が険しくなる。
「悟の図面だ……」
蓮もそれを見つめる。
間違いない。
悟の部屋で見つけた図面。
「……なんで、咲が……」
蓮の声が震えた。
その瞬間――
カラン。
小さな金属音が、防空壕の中に響いた。
祐希が足元を見る。
そこに落ちていたのは――
銀色の小さな鍵。
古びたネックレスだった。
「……これ」
祐希が拾い上げる。
蓮の目が見開かれた。
「……俺の……」
さっきまで、自分の首にあると思っていたもの。
それが、今。
咲のポケットから、図面と一緒に落ちた。
蓮はゆっくりと咲を見る。
咲は何も言わない。
ただ、目を伏せていた。
「……咲ちゃん」
蓮の声は、かすれていた。
昨日。
自分が気づかないうちに、ネックレスはなくなっていた。
そして今。
悟の図面を隠し持っていた咲のポケットから、それが出てきた。
偶然とは思えなかった。
祐希も、ネックレスと図面を交互に見つめている。
「……咲」
低い声だった。
「お前……一体、何を知ってる?」
咲は答えなかった。
ただ静かに、目を閉じた。
防空壕の中に、重い沈黙が落ちる。
誰も、その沈黙を破ることはできなかった。




