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Myosotis 〜すべてを忘れるために〜  作者: こんにゃくミ


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流れ込む記憶

挿絵(By みてみん)

教会の隠し通路を抜けた先。


 そこにあったのは、古びた防空壕だった。


 戦時中に使われていたものなのだろう。


 入口は狭く、壁には長い年月によって黒ずんだ跡が残っている。


 しかし、その奥は想像していたよりも遥かに深かった。


 祐希は壁に手をつきながら、荒い息を吐いた。


「……なんなんだよ、これ」


 黒幕が自分の父親だったこと。


 一ノ瀬が地下施設に囚われていたこと。


 蓮が謎の薬を打たれたこと。


 そして、咲が突然現れて自分たちを助けたこと。


 何一つ、頭の中で整理できない。


「……俺、頭おかしくなりそうだ」


 祐希はそう呟いた。


 その隣で、咲は何も答えなかった。


 ただ、俯いたまま黙り込んでいる。


 やがて――


「……う……」


 地面に横たわっていた蓮が、小さく声を漏らした。


「蓮!」


 祐希が駆け寄る。


「蓮、聞こえるか!?」


 蓮の瞼が、ゆっくりと開いた。


「……ここは……?」


「防空壕みたいだ。咲が俺たちをここまで――」


 祐希が言い終える前に、咲が蓮の肩へ手を伸ばした。


「蓮先輩……」


 その指先が、蓮の肌に触れた瞬間だった。


 ――頭の中に、何かが流れ込んできた。


「……っ!?」


 蓮の身体が大きく跳ねた。


 目の前の景色が、一瞬で消える。


 暗闇。


 そして――


 泣き声。


 自分の声だった。


 小さな身体。


 何も見えない。


 ただ、誰かに抱かれている感覚だけがあった。


 少しずつ視界が開いていく。


 そこに映ったのは――


 千鶴だった。


 白髪交じりの髪。


 穏やかな表情。


 今の千鶴と、何も変わらない姿。


 その千鶴が、生まれたばかりの赤子を腕に抱いている。


 赤子の視界から、千鶴を見ている。


 ――千鶴さん……?


 そう思った瞬間、景色が切り替わった。


 今度は、小さな少女。


 砂浜を走っている。


 その前には――


「悟!」


「蓮、こっち!」


「祐希、早く来いよ!」


 笑い声。


 悟。


 祐希。


 蓮。


 四人で遊んでいる。


 次の瞬間には、中学生になっていた。


 制服姿で並んで歩く四人。


 くだらないことで笑った日。


 喧嘩をした日。


 誰かが泣いた日。


 何気ない日常。


 そして――高校生。


 四人で過ごした時間。


 海岸で話したこと。


 学校帰りに寄り道したこと。


 何でもないことで笑い合ったこと。


 咲の記憶の中には、いつも四人しかいなかった。


 蓮。


 悟。


 祐希。


 そして――咲。


 それ以外の誰かが入り込む余地など、どこにもなかった。


 やがて景色が変わる。


 白い部屋。


 椅子に座る咲。


 その向かいに、一ノ瀬がいる。


「……残念ですが」


 一ノ瀬の声が聞こえた。


「病状の進行を考えると……」


 咲は黙って聞いている。


「……残された時間についても、本人に説明しておきます」


 咲の顔には、涙がなかった。


 ただ、静かに頷いている。


 その瞬間――


 蓮の視界が暗転した。


「――っ!」


 蓮は息を呑み、現実へ戻った。


 身体中から汗が噴き出している。


「蓮先輩……?」


 咲が心配そうに顔を覗き込む。


 蓮は咲を見る。


 だが、今見たものの意味が分からない。


 なぜ自分が、咲の記憶を見たのか。


 なぜ千鶴が映ったのか。


 なぜ幼い頃の記憶まで――。


「……今の、何だったんだ……?」


 蓮が呟いた。


 祐希が眉をひそめる。


「何が?」


「……分からない」


 蓮は頭を押さえた。


「誰かの……記憶みたいなものが……頭の中に……」


「記憶?」


 祐希が蓮の肩に手を置いた。


「大丈夫か?」


 その瞬間。


 ――世界が反転した。


「……え?」


 蓮の目の前に、別の景色が広がった。


 怒鳴り声。


 まだ幼い祐希。


 そして――


「父さん!」


 幼い祐希の声。


 目の前には、若い頃の正樹。


 親子が激しく言い争っている。


 次々と場面が変わる。


 小学生の頃。


 砂浜を走る祐希。


 蓮。


 悟。


 咲。


 四人で笑っている。


 中学生になっても、四人は一緒だった。


 学校帰りに集まり、くだらないことで騒いでいる。


 そして――


 高校時代。


「お前は高校を卒業したら自衛隊にはいれ、俺が鍛え叩き込んでやる。」


正樹は、祐希の肩を持ち言った。


「俺は俺のやりたいようにやる、親父に将来を決められる筋合いはない」


場面が変わる。


 夕暮れの海岸。


 祐希は笑っていた。


 蓮も。


 悟も。


 咲も。


 祐希の記憶の中では、四人だった。


 四人で遊んでいる。


 四人で笑っている。


 四人で帰っている。


 その光景を最後に、すべてが消えた。


「蓮!」


 祐希の声が響く。


 蓮は、はっと顔を上げた。


 目の前には祐希と咲。


 薄暗い防空壕の壁。


 冷たい空気。


 荒い自分の呼吸。


「……はぁ……はぁ……」


 蓮は自分の手を見る。


 震えている。


 何度も息を整えようとする。


 けれど、頭の中には先ほど見た光景が焼き付いていた。


 千鶴。


 咲の記憶。


 祐希の記憶。


 正樹との親子喧嘩。


「……俺は……」


 蓮は呆然と呟いた。


「俺は……どうしてしまったんだろうか……」


 咲は何も答えない。


 祐希もまた、何かを言おうとして口を閉じた。


 防空壕の奥から、冷たい風が吹き抜ける。


 その風の向こうには――


 まだ、誰にも見えていない記憶が眠っていた。

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