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Myosotis 〜すべてを忘れるために〜  作者: こんにゃくミ


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隠された道

挿絵(By みてみん)

「こっちです!」


咲が先頭を走っていた。


「咲ちゃん、どこへ向かってるだ!?」


祐希は蓮を背負ったまま、必死に後を追う。


蓮は完全に意識を失っている。


「……こっち!」


咲は迷うことなく、教会の奥へ進んでいく。


廊下を曲がる。


古びた扉を一つ通り過ぎる。


さらに奥へ。


祐希は何度も後ろを振り返った。


「……来てる」


「え?」


「親父だ」


遠くから、足音が聞こえる。


コツ……。


コツ……。


コツ……。


走っているわけではない。


それなのに、その足音は少しずつ近づいてきていた。


「……急いでください!」


咲が声を上げる。


「分かってる!」


祐希は蓮を背負い直した。


二人は廊下を駆け抜ける。


角を曲がる。


古い扉を開ける。


その先には、さらに別の廊下が続いていた。


「こっちです!」


咲は迷わない。


まるで、この教会の中を知り尽くしているかのようだった。


祐希はそんな咲の様子を不思議に思った。


だが、今は聞いている場合ではない。


「咲、まだ逃げられるのか!?」


「はい!」


咲は即答した。


「でも、急いで!」


背後から、また足音が聞こえた。


コツ……。


コツ……。


コツ……。


「……近づいてる」


祐希が呟く。


「大丈夫です」


咲は前を向いたまま答えた。


「まだ時間があります」


「時間って……?」


咲は答えなかった。


二人はさらに教会の奥へ走る。


途中、崩れかけた椅子が廊下を塞いでいた。


祐希が蓮を背負ったまま、それを蹴り飛ばす。


ガタンッ!


大きな音が教会中に響いた。


「まずい!」


咲が振り返る。


その直後――


遠くから、低い声が聞こえた。


「……そこか」


正樹だった。


祐希の顔が強張る。


「くそ……!」


「祐希先輩、こっち!」


咲が細い通路へ入る。


二人も続く。


その通路は、外から見ればただの物置のような場所だった。


だが、奥には別の扉があった。


咲が扉を開ける。


その先には、礼拝堂へ戻る別の通路が続いていた。


「こんなところ……図面にあったか?」


「ないです」


咲は短く答えた。


二人は再び走り出した。


礼拝堂へ戻る。


長椅子の間を抜ける。


教壇の横を通り過ぎる。


蓮の身体が祐希の背中で揺れる。


「蓮、大丈夫か……!」


返事はない。


「咲、どこまで行くんだ!」


「もう少しです!」


咲が振り返った。


その顔に、初めて焦りが浮かんでいた。


そのとき――


礼拝堂の入り口に、黒い服の男が姿を現した。


高尾正樹。


走ってはいない。


ただ、ゆっくりと歩いている。


「……逃げても無駄だ」


その声が、静かな礼拝堂に響く。


祐希は足を止めかける。


「……親父」


「祐希。蓮を置いていけ」


「ふざけんな!」


「そのままでは、蓮も助からないぞ」


「……!」


祐希が歯を食いしばる。


その隙に、咲が祐希の腕を引いた。


「祐希先輩、こっち!」


「でも――」


「早く!」


二人は再び走った。


正樹は追いかけてくる。


それでも、走らない。


一定の速度で、ゆっくりと。


まるで逃げ道をすべて知っているかのように。


「……しつこいな」


祐希が息を切らす。


「大丈夫です」


咲はそう言いながら、また別の廊下へ入った。


古い扉。


その先には小さな部屋。


さらに奥へ進む。


「ここです」


咲が足を止めた。


祐希が周囲を見る。


「ここ……図面にあったか?」


「記載されていません」


咲はそう答えた。


壁際には、大きな本棚が並んでいる。


古い本が、隙間なく詰め込まれていた。


「ここに……?」


祐希が周囲を見回す。


咲は答えない。


まっすぐ本棚へ向かった。


そして――


迷うことなく、一冊の本に手を伸ばす。


「……これ」


本を引き抜く。


カチッ。


小さな音がした。


直後――


ゴゴゴゴゴ……。


本棚の一部が、ゆっくりと奥へ動いた。


「……は?」


祐希が目を見開く。


本棚の裏には、人一人が通れるほどの細い通路が隠されていた。


「咲……」


「早く、蓮先輩を」


祐希は何も聞かず、蓮を背負ったまま通路へ入った。


咲も続く。


そして、本棚を元の位置へ戻す。


ゴゴゴゴ……。


本棚が閉じる。


その直後――


部屋の外から、足音が聞こえた。


コツ……。


コツ……。


コツ……。


正樹が、すぐそこまで来ていた。


咲は息を殺した。


祐希も動かない。


蓮だけが、意識を失ったまま祐希の背中にいる。


やがて、足音が本棚の前で止まった。


「……」


沈黙。


長い沈黙だった。


そして――


コツ……。


足音が離れていく。


祐希は小さく息を吐いた。


「……行ったか?」


「まだです」


咲が小声で答える。


「完全に離れるまで、動かないでください」


しばらくして、ようやく音が消えた。


咲は奥へ進んだ。


「ここまでくれば……安心です」


通路の先には、小さな空間があった。


扉が閉じられる。


外の音が、ほとんど聞こえなくなった。


祐希は蓮を床へ寝かせる。


「蓮……大丈夫か」


返事はない。


祐希が蓮の顔を覗き込む。


その横で、咲は静かに立っていた。


「……」


その表情には、いつもの不安そうな様子はなかった。


まるで――


この場所に来ることを、最初から知っていたかのように。


咲がポケットに手を入れる。


その瞬間。


布の隙間から、紙の端がわずかに覗いた。


古びた紙。


そこには、教会の図面が描かれている。


それは、悟の家で見つかったものから切り取られた部分だった。


そして、その紙のすぐ隣には――


古びた銀色の鍵型のネックレスが、ほんの一瞬だけ見えた。


咲は何も言わず、それらをポケットの奥へ押し込んだ。


そして、眠ったままの蓮を見つめる。


「……蓮先輩」


その声は、誰にも聞こえなかった。

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