もう一つの入口
教会へ向かう道を、蓮と祐希は並んで歩いていた。
夕方の集落は静かだった。
人の姿はほとんどなく、遠くから波の音だけが聞こえてくる。
やがて、木々の向こうに古い教会が見えてきた。
「……着いたな」
祐希が足を止める。
「ああ」
蓮も教会を見つめた。
正面の大きな扉。
以前、二人が近づいた時には、一ノ瀬に止められた場所だ。
「正面から入るのは、さすがに無理だな」
祐希が言った。
「はい」
蓮は悟の家で見つけた図面を思い出した。
正面から見た教会の構造。
主祭壇。
礼拝堂。
控室。
倉庫。
そして――
図面の端に描かれていた、別の通路。
「……待ってください」
「ん?」
「悟の図面に、正面とは別の経路がありました」
蓮は記憶を辿る。
「教会の裏側から入れるようになっていたはずです」
「裏口ってことか?」
「たぶん」
二人は教会の横へ回り込んだ。
建物の裏側。
そこには、長い年月の間、誰も使っていないように見える細い通路があった。
雑草が伸び、古い木の枝が道を塞いでいる。
「本当にここか?」
「図面では、この辺りです」
蓮は周囲を確認する。
すると――
「……ありました」
壁際に、小さな木製の扉があった。
ほとんど草に隠れている。
祐希が近づき、扉に手をかける。
「鍵は?」
「……かかってない」
ゆっくりと押す。
ギィィ……
古い蝶番が、低い音を立てた。
二人は顔を見合わせた。
「……入るぞ」
「はい」
中は暗かった。
外から差し込む僅かな光だけを頼りに、二人は慎重に足を踏み入れる。
埃っぽい空気。
古い木材の匂い。
壁には長年使われていないような汚れが付いている。
「……本当に誰も使ってないのか?」
祐希が小声で言った。
蓮は答えなかった。
何かがおかしい。
そう感じていた。
床には薄く埃が積もっている。
その中に――
一本だけ、細い跡が残っていた。
誰かが最近、ここを通ったような跡。
蓮がしゃがみ込む。
「祐希先輩」
「どうした?」
「ここ……」
祐希も床を見る。
「……足跡か?」
「たぶん」
しかも、それは一つではなかった。
廊下の奥へ向かって、いくつもの跡が続いている。
二人のものではない。
「……最近、誰かがここを使ってる」
祐希の声が低くなる。
蓮は黙って頷いた。
さらに奥へ進む。
途中に置かれていた古い木箱。
その上に積もっていた埃が、一部分だけ払われていた。
まるで――
誰かが最近、そこに手を置いたように。
「……やっぱりだ」
蓮が呟く。
「この教会、誰も使ってないわけじゃない」
祐希は周囲を見回した。
「じゃあ、一ノ瀬先生は……?」
蓮は答えなかった。
代わりに、廊下の奥を見る。
そこには、暗闇が広がっていた。
そして――
その先から、かすかに風が流れてきている。
「……奥に、まだ部屋がある」
蓮が言った。
祐希が頷く。
「行くか?」
「はい」
二人はゆっくりと歩き始めた。
一歩。
また一歩。
足音だけが、古い教会の中に響く。
そして蓮は気づいた。
壁際に置かれた古い椅子。
その上に――
まだ新しい布が一枚、置かれている。
埃もほとんど付いていない。
蓮が手を伸ばしかける。
その時。
「……蓮」
祐希が小さく呼んだ。
「何ですか?」
祐希は、廊下の先を見つめていた。
「……あれ」
暗闇の奥。
わずかに開いた扉が見える。
その扉の向こうから――
微かに、人の気配がした。
二人は同時に息を止めた。
誰かがいる。
この教会には――
自分たち以外にも、誰かがいる。
蓮は祐希と顔を見合わせた。
そして、音を立てないように、一歩ずつ暗闇の奥へ進んでいった。




