一ノ瀬医院
しばらく歩いたところで、咲が口を開いた。
「蓮先輩」
「ん?」
「明日なんですけど……私、家の用事があるんです」
「家の用事?」
「はい。少し手伝わないといけなくて」
「そっか。じゃあ、明日は無理しなくていいよ」
「すみません」
「謝らなくていいって」
蓮は笑った。
「祐希先輩と二人で調べておくよ」
「……ありがとうございます」
咲は微笑んだ。
「また、何か分かったら教えてくださいね」
「もちろん」
二人はそのまま歩き続けた。
その夜は、それ以上何も話さなかった。
そして翌朝。
蓮は一人で家を出た。
待ち合わせ場所には、すでに祐希が来ていた。
「おう、蓮」
「おはようございます、祐希先輩」
「咲は?」
「今日は家の用事があるそうです」
「そうか」
祐希が頷く。
蓮は周囲を見回した。
「じゃあ、行きましょう」
「ああ」
二人が向かったのは、一ノ瀬病院だった。
「先生に直接聞いても、たぶん何も話してくれないと思います」
「だろうな」
「だから……」
蓮は病院の建物を見上げた。
「少し調べてみましょう」
今日は、休診日になっている。
「どっか入れそうなところないですかね?」
「そんな都合よくは...あ!あそこの窓鍵が空いてるぞ...」
蓮は躊躇無く
「よし、入りましょう!」
「勝手に入って大丈夫なのか?」
「……できるだけ見つからないように」
「お前、最近ちょっと大胆になったな」
「祐希先輩に言われたくないです」
「ははっ」
二人は小さく笑った。
窓から病院の中へ入った。
暗い廊下を進み、病院の奥へ向かう。
古い扉の前で祐希が足を止めた。
「……ここ、資料室じゃねえか?」
「たぶん」
二人は周囲を確認してから、静かに扉を開けた。
中には、古いカルテや医学資料が大量に保管されていた。
「……すごい量だな」
祐希が呟く。
蓮は棚を一つずつ確認していく。
普通の診療記録。
薬品の資料。
健康診断の記録。
古い医学雑誌。
その中に、比較的新しい書類が混ざっている棚もあった。
蓮が一冊のファイルを引き抜く。
何枚かの書類が、その拍子に床へ滑り落ちた。
「っと……」
蓮はしゃがみ込み、散らばった紙を拾い上げる。
その中に、一枚だけ目に留まった。
診療情報提供書。
患者名――
そこには、**「鷹宮 咲」**と記されていた。
「……鷹宮?」
蓮の手が止まる。
だが、その紙は他の書類に紛れてすぐに見えなくなった。
蓮は深く確認することなく、拾った書類を元の束へ戻した。
その一瞬。
診断名の欄に記されていた、
『悪性腫瘍』
という文字も――
二人の目には入らなかった。
さらにその下には、
『予後不良』
『余命について本人へ説明済み』
という記載があった。
そして、その書類の一番下には、一ノ瀬の署名。
蓮は何も知らないまま、次の棚へ移った。
そこには古いファイルが並んでいた。
そして――
一冊のファイルに目が止まった。
『長期生存者に関する記録』
「……長期生存者?」
蓮がファイルを取り出す。
祐希も隣から覗き込んだ。
ページを開く。
そこには、ある人物についての記録が残されていた。
年齢。
身体状態。
病歴。
そして――
『加齢による身体機能の低下が極めて緩やか』
という記述。
「……これ」
蓮がページをめくる。
別の資料には、
『細胞の再生速度』
『老化現象』
『寿命』
『長期的な身体維持』
そんな言葉が並んでいた。
祐希の表情が変わる。
「これ……普通の病院の資料か?」
「分かりません」
さらにページをめくる。
その中には、手書きで書かれた一文があった。
――『老化を止めることは、本当に不可能なのか』
蓮は息を呑んだ。
「……不老不死」
思わず、その言葉が口から漏れた。
祐希が蓮を見る。
「おい……」
「すみません。でも、これって……」
二人は顔を見合わせた。
まだ何も分からない。
この資料が何のために作られたものなのか。
誰が研究していたのか。
そして、なぜ一ノ瀬の病院に残っているのか。
ただ一つだけ。
この島では――
普通の医学では説明できない何かが、昔から調べられていた。
蓮が次の資料へ手を伸ばした。
その時。
廊下から、足音が聞こえた。
「……誰か来る」
祐希が小声で言った。
蓮は慌てて資料を閉じた。
二人は棚の陰へ身を隠す。
足音が、少しずつ近づいてくる。
そして――
資料室の前で、止まった。




