この島を出よう
悟の家を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
祐希は用事があるらしく、家を出てすぐに別の道へ向かった。
「じゃあな、蓮。また明日」
「はい。祐希先輩も気をつけてください」
祐希の背中が見えなくなる。
気づけば、残ったのは蓮と咲の二人だけだった。
二人はしばらく、何も言わずに歩いた。
昼間よりも静かな集落。
街灯の明かりが、二人の影を細長く伸ばしている。
「……蓮先輩」
「ん?」
咲が足を止めた。
蓮も立ち止まる。
「私……少し怖くなってきました」
「怖い?」
「はい」
咲は俯いた。
「最初は、ただ昔のことを調べるだけだと思ってました」
小さな声だった。
「でも……悟先輩が亡くなって、教会のことを調べて、墓地で知らない名前を見つけて……」
咲は一度、言葉を止めた。
「それだけじゃありません」
蓮は黙って聞いている。
「自衛隊の基地まであって……今日、悟先輩の部屋であんな図面まで見つかって」
咲の指が、ぎゅっと握られる。
「私たち……本当に、知らなくていいことに近づいてるんじゃないでしょうか」
蓮は少し考えてから答えた。
「……俺も、そう思う」
「蓮先輩も?」
「ああ」
蓮は空を見上げた。
雲の隙間から、僅かに星が見えている。
「でも、ここまで来たら……悟が何を知っていたのか確かめたい」
「……」
「怖くないわけじゃないよ」
蓮は苦笑した。
「それでも、悟が何かを残してくれたなら……俺は知りたい」
咲は黙って蓮を見つめた。
そして――
一歩、蓮に近づいた。
「咲ちゃん?」
次の瞬間。
咲は蓮に抱きついた。
「……え?」
突然のことに、蓮の身体が固まる。
咲の額が、胸元に触れる。
「……蓮先輩」
「どうしたの?」
「私……もう、これ以上怖い思いをしたくありません」
咲の声が震えていた。
「だったら……」
少しだけ顔を上げる。
「二人で、この島から出ませんか?」
「……島を?」
「はい」
咲は蓮の服をぎゅっと握った。
「全部忘れて……どこか遠くへ行きましょう」
蓮はすぐには答えられなかった。
この島を出る。
それは、昔の自分が一度選んだことだった。
けれど今は、悟の死がある。
消えた女の子の記憶がある。
そして、この島に隠された何かがある。
「……咲ちゃん」
「はい」
「ごめん。俺は――」
その言葉を遮るように、咲はもう一度蓮に抱きついた。
「……少しだけ、このままでいさせてください」
「うん」
蓮は小さく頷いた。
二人はしばらく、その場に立っていた。
静かな夜だった。
冷たい風が、二人の間を通り抜けていく。
やがて咲が顔を上げる。
「……帰りましょうか」
「うん」
二人は並んで歩き出した。
蓮はまだ知らない。
この夜を境に、自分の身の回りから一つのものが消えていたことを。




