悟の家
公園を出た頃には、すっかり日が傾いていた。
蓮、咲、祐希の三人は、並んで悟の家へ向かって歩いていた。
誰も、ほとんど口を開かなかった。
これから聞く話が、悟の死に繋がるものなのか。
それとも、何の関係もないただの思い出なのか。
それすら、まだ分からない。
やがて、見慣れた家が見えてきた。
蓮にとっては、子どもの頃から何度も遊びに来た家だった。
それでも、今こうして改めてこの家の前に立つと、あの日とは違った重さを感じた。
玄関の前で、蓮は一度だけ深く息を吸った。
そして、インターホンを押した。
少しして、悟の母親が玄関を開けた。
「あら……蓮くん」
「すみません。突然」
「ううん。どうしたの?」
蓮は一瞬だけ言葉に詰まった。
何から聞けばいいのか分からなかった。
けれど、ここまで来た理由は一つだった。
「悟のことを……少し聞きたくて」
その瞬間だった。
母親の表情が、わずかに曇った。
「……悟のこと?」
「はい」
「……そう」
彼女は俯いた。
そして、しばらく黙ったまま玄関の床を見つめていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……何か、あったの?」
蓮が答える。
「ただ……悟が亡くなる前に、何をしていたのか知りたいんです」
母親はすぐには答えなかった。
その隣にいた父親も、黙って三人を見ている。
やがて父親が、低い声で言った。
「……悟はな」
そこで言葉が止まった。
「……はい」
「お前が、この集落を出て行ってから……ずっと、元気がなかった」
蓮の胸が、僅かに痛んだ。
「俺が……出て行ってから?」
父親は頷いた。
「お前たちは昔から一緒だっただろう」
「……はい」
「だから、悟も最初は平気なふりをしていたんだと思う」
母親が静かに続けた。
「でも……時間が経つほど、少しずつ変わっていったの」
「どういうふうに……?」
「笑わなくなった」
その言葉に、蓮は何も言えなかった。
頭の中に、子どもの頃の悟の顔が浮かぶ。
くだらないことで笑って。
海で遊んで。
咲や祐希と喧嘩して。
五人で走り回っていた。
あの頃の悟しか、蓮は知らなかった。
「……俺が、帰らなかったからですか」
母親は答えなかった。
その沈黙が、答えのように感じられた。
「悟は……蓮くんのことを責めたことは一度もなかったよ」
母親はそう言ってから、少しだけ笑った。
「でもね……寂しかったんだと思う」
蓮は俯いた。
七年間。
自分は一度も、この島に戻らなかった。
悟に会おうとも、しなかった。
「……今年に入ってからは、もっと変わった」
父親が言った。
蓮が顔を上げる。
「今年?」
「ああ」
父親は少し考えるようにしてから続けた。
「何かを調べていたみたいなんだ」
「調べていた?」
「そう」
母親が頷く。
「最初は、仕事のことかと思ってた。でも……違ったみたい」
「何を調べていたんですか?」
「それが……私たちにも分からないの」
母親は困ったように眉を寄せた。
「悟に聞いても、何でもないって言うだけだったから」
「何か、変わったことはありませんでしたか?」
咲が尋ねる。
母親は少し考えた。
「……夜遅くまで起きていることが増えたわ」
父親も続ける。
「外に出ることも多かった」
「どこへ行っていたかは?」
「……分からない」
三人の間に沈黙が落ちた。
やがて、蓮が口を開く。
「悟の部屋を……見せてもらうことはできますか?」
両親は顔を見合わせた。
少し迷ったあと、母親が頷いた。
「……いいよ」
「ありがとうございます」
「何か分かるなら……私たちも知りたいから」
母親はそう言って、二階へ続く階段を指した。
「悟の部屋は、そのままになってる」
蓮たちは階段を上った。
廊下の奥。
見慣れた扉の前で、蓮の足が止まる。
昔、何度もこの部屋に入った。
五人でゲームをしたこともあった。
くだらない話をして、朝まで騒いだこともあった。
けれど今は、その扉の向こうにいるのは悟ではない。
残されているのは、悟が生きていた証だけだ。
蓮はゆっくりとドアノブに手をかけた。
「……何か、残ってるかもしれない」
祐希が後ろから言う。
「ああ」
蓮は頷いた。
「悟が何を調べていたのか……見つけよう」
扉が、静かに開いた。
そこには、悟が最後まで使っていた部屋があった。
机の上には、悟が最後まで使っていたノートパソコン。
そして、その横には――
一冊の古いノートが置かれていた。




