悟が死ぬ前
高尾正樹と別れてから。
蓮たちは、しばらく何も話せずにいた。
公園のベンチ。
三人並んで座っている。
誰も口を開かない。
正樹から聞いた自衛隊基地の話。
そして――
最後に言われた言葉。
『これ以上、教会に関わるな』
『悟くんのようになりたくなければね』
その言葉が、三人の頭から離れなかった。
「……行き詰まったな」
祐希が、空を見上げながら呟いた。
「はい……」
咲も小さく頷く。
蓮は何も言わなかった。
教会。
不死川。
常盤。
自衛隊基地。
悟の死。
消えた少女。
どれも気になる。
しかし、どこから調べればいいのか分からない。
「なあ、蓮」
「はい」
「一回、原点に戻らねえか?」
「原点?」
祐希は蓮を見る。
「悟が死ぬ前に、何をしてたのか」
その言葉を聞いた瞬間。
蓮の胸が、ズキッと痛んだ。
「……悟が?」
「ああ」
祐希は続けた。
「俺たちは今まで、悟が死んだことばかり調べてきた」
「……」
「死因がおかしいとか、紫色の目だったとか、一ノ瀬先生が何か知ってるとか」
咲も祐希の言葉を聞きながら考えている。
「でも……」
祐希が続けた。
「そもそも、悟が死ぬ前に何をしていたのか、俺たちは何も調べてねえ」
蓮は俯いた。
「……そうだな」
「悟が最後に誰と会っていたのか」
祐希は指を折りながら話す。
「どこに行ってたのか」
「何を調べていたのか」
「何か変わったことを言ってなかったか」
「そういうのを全部調べる」
咲が静かに頷く。
「確かに……」
「それなら、悟が何かを知っていた可能性も分かる」
蓮は黙ったままだった。
祐希が蓮を見る。
「蓮?」
「……いや」
蓮は顔を上げた。
「その通りだと思います」
「じゃあ――」
「でも……」
蓮は言葉を止めた。
しばらくして、ゆっくりと口を開く。
「俺……正直、悟のことを調べるのを後回しにしてた」
咲が蓮を見る。
「蓮先輩……」
「悟が死んだ」
その言葉を、自分自身に言い聞かせるように呟く。
「それだけで……俺は、もう目を背けたかったんだと思う」
蓮は膝の上で拳を握った。
「七年間、一度も会わなかった」
「……」
「俺が島を出てから、悟とは一度も会ってない」
高校を卒業してから。
七年。
その間、電話すらほとんどしなかった。
昔は毎日のように一緒にいた。
何をするにも五人で。
海へ行って。
山へ行って。
学校へ行って。
くだらないことで笑って。
それなのに。
島を出てからは、悟のことを思い出すことさえ少なくなっていた。
「……親友だったのに」
蓮の声が震える。
「七年間……何もしなかった」
「蓮……」
祐希が口を開く。
だが、蓮は首を横に振った。
「分かってる。俺が悪いとか、そういう話じゃないってことくらい分かってます」
それでも。
胸の奥に残っていた。
消えない罪悪感。
「悟が死んだって手紙が来たとき……」
蓮は一度、目を閉じる。
「俺、悲しかった」
「……」
「でも同時に……」
声が詰まる。
「なんで、俺は七年間も会わなかったんだって思った」
咲がそっと蓮を見る。
「もし……」
蓮は続けた。
「もし、もう少し早く帰ってきてたら」
拳が強く握られる。
「何か変わってたのかなって」
誰も答えなかった。
しばらくして、祐希が静かに言った。
「……変わってたかどうかなんて、今考えても分からねえよ」
「祐希先輩……」
「でもな」
祐希は蓮を見る。
「今なら調べられる」
「……」
「悟が最後に何をしてたのか」
「誰と会ってたのか」
「何を考えてたのか」
「全部調べればいい」
咲も頷く。
蓮は二人を見る。
「……ありがとう」
「礼なんかいらねえよ」
祐希が立ち上がる。
「俺たち五人だったんだからな」
その言葉に。
蓮の胸が締め付けられた。
五人。
昔は確かに五人だった。
蓮。
咲。
祐希。
悟。
そして――
もう一人。
声も。
一緒に過ごした記憶も覚えている。
なのに。
名前だけが思い出せない。
蓮は首を振った。
今は違う。
まずは悟だ。
「……行こう」
蓮が立ち上がる。
「悟が最後に何をしていたのか、調べよう」
咲が頷いた。
「はい、蓮先輩」
祐希も歩き出す。
「まずは悟の家だな」
「ご両親に聞いてみますか?」
「それと、悟のスマホやパソコンが残ってないかも確認しよう」
蓮は歩きながら、空を見上げた。
七年間。
自分が目を背けていた時間。
その間、悟はこの島で何をしていたのだろう。
そして――
なぜ死んだのだろう。
蓮は初めて。
悟の死そのものではなく。
悟が死ぬまでの時間に目を向けた。
そこに。
すべての始まりが隠れている気がした。




