失敗した監視者
――暗い。
窓のない部屋。
分厚いコンクリートの壁に囲まれた、牢獄のような場所。
その中央で、一人の男が椅子に縛り付けられていた。
両手には手錠。
足も拘束され、身動きが取れない。
男の顔には疲労と恐怖が浮かんでいた。
その前には、三人の男が立っている。
中央にいる男だけが、他の二人とは明らかに立場が上だった。
監視役の男は、その男を見ると俯いた。
「……申し訳ございません」
「何に対して謝っている?」
「……任務を、失敗しました」
「詳しく話せ」
「はい……」
男は震える声で話し始める。
「私は命令通り、富士川蓮、鷹宮咲、高尾祐希の三名を監視しておりました」
「それで?」
「三人は、この島にある教会や古い墓地について調べていました」
「知っている」
「そのため、私は三人の行動を追っていました」
中央の男が一歩近づく。
「では、なぜこうなった?」
男は黙り込んだ。
「……尾行に気づかれました」
「いつだ」
「昨日です」
「それで?」
「2人が私の存在に気づき……私を追ってきました」
「……」
「その結果……」
男は唇を噛んだ。
「基地の場所を知られてしまいました」
部屋に沈黙が落ちる。
中央の男の表情が変わった。
「基地の場所を?」
「……はい」
「お前は、2人に基地の存在を知られたのか?」
「申し訳ございません」
「何度聞いても同じ答えだな」
「……はい」
「監視対象を監視するだけの任務だったはずだ」
「……はい」
「それなのに、尾行を気づかれ、施設まで知られた」
「申し訳ございません……」
男は深く頭を下げる。
「私は……2人があそこまで追ってくるとは……」
「言い訳はいい」
「……はい」
中央の男が、机の上に一枚の写真を置いた。
そこには、昨日の基地が写っていた。
「お前が守るべきだったものだ」
男は写真を見る。
「……はい」
「この施設の存在を、一般人に知られてはいけない」
「承知しております」
「にもかかわらず、2人は知った」
「……」
「なぜだ?」
「……私の判断ミスです」
「そうだな」
中央の男が淡々と答えた。
そして、隣に立つ男へ視線を向ける。
小さく頷く。
もう一人の男が、注射器を取り出した。
中には無色の液体が入っている。
監視役の男の顔から血の気が引いた。
「……お待ちください」
「……」
「私は、本当に基地について詳しいことは知りません」
「聞いていない」
「……」
「お前が知る必要はなかったからな」
「……はい」
男は俯いた。
「私は……命令通りに監視していただけです」
「分かっている」
中央の男は静かに答えた。
「だが、結果は変わらない」
監視役の男は、目の前の注射器を見る。
「……それを、私に?」
返事はない。
「お待ちください……」
男の声が震える。
「もう一度だけ、機会をください」
「機会は一度しか与えられない」
「お願いします……!」
中央の男は、無表情のまま男を見つめる。
そして、注射器を持った男に短く言った。
「投与しろ」
「はい」
注射針が投与される。
監視役の男は苦しそうに息を吸った。
「……っ」
身体が小刻みに震え始める。
「……何を……」
男は胸を押さえる。
呼吸が乱れる。
「……どうか……」
声がかすれる。
「……ゆるして……ください……」
その様子を、中央の男は黙って見ていた。
やがて。
男の動きが止まる。
完全に力が抜けた。
椅子に縛られたまま、頭がゆっくりと垂れ下がる。
中央の男は、しばらくその姿を見つめていた。
そして――
小さく呟いた。
「……分かっていたが、やはり失敗か」
その直後だった。
――バンッ!
突然、部屋の扉が勢いよく開いた。
全員が振り返る。
そこに立っていたのは――
全身を黒い服で包んだ男だった。
「……どういうことだ」
低い声。
しかし、その声には明らかな怒りが滲んでいた。
中央の男が立ち上がる。
「申し訳ありません」
「申し訳ない?」
黒い服の男が一歩、部屋へ入る。
「お前たちは何をしている?」
「監視役の男が、対象に尾行を気づかれました」
「それは聞いている」
黒い服の男の声がさらに低くなる。
「問題は、その結果だ」
部屋の全員が黙り込む。
「富士川蓮たちに、基地の存在を知られた」
「……はい」
「場所まで知られた」
「はい……」
「それだけではない」
黒い服の男は、死んだ監視役を睨みつける。
「こいつ一人を失って、それで終わりだと思っているのか?」
誰も答えない。
「違う」
黒い服の男が机を強く叩いた。
「奴らはもう、こちら側に近づき始めている」
「……」
「教会にも近づいている」
中央の男が口を開く。
「しかし、まだ教会の内部には――」
「だから何だ!」
黒い服の男が怒鳴った。
部屋の空気が一瞬で凍りつく。
「一度でも秘密が漏れれば、すべてが終わる!」
中央の男は頭を下げる。
「申し訳ございません」
黒い服の男は、死体へ視線を向けた。
「……薬を使ったのか」
「はい」
「結果は?」
中央の男が答える。
「やはり、失敗でした」
黒い服の男の表情が険しくなる。
「……またか」
低く呟く。
その声には、怒りだけではない。
苛立ち。
焦り。
そして――
何かを恐れているような感情が混じっていた。
黒い服の男は、死んだ監視役の紫色に変わった瞳を見つめる。
「……まだ完成していない」
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
そして踵を返す。
「富士川蓮たちから目を離すな」
「はい」
「次は絶対に失敗するな」
そう言い残し、黒い服の男は部屋を出ていった。
扉が閉まる。
中央の男は、しばらくその扉を見つめていた。
そして――
死んだ監視役へ視線を戻す。
紫色に変わった瞳。
「……富士川蓮」
小さく呟く。




