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Myosotis 〜すべてを忘れるために〜  作者: こんにゃくミ


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父の知る秘密

挿絵(By みてみん)

翌日。


蓮と咲は、祐希との待ち合わせ場所に向かっていた。


昨日見つけた、自衛隊の基地。


あれが一体何なのか。


そして、なぜ自分たちは今までその存在を知らなかったのか。


二人の頭には、そればかりが浮かんでいた。


「蓮先輩……」


「ん?」


「本当に、お父さんに聞くんですね」


「ああ。祐希先輩のお父さんなら、何か知ってるかもしれない」


「でも……」


咲は少し不安そうな顔をした。


「祐希先輩、お父さんとあまり仲が良くないんですよね」


「そうみたいだな」


昨日、電話で祐希から聞いた声を思い出す。


普段の祐希とは違う、どこか重い声だった。


「まあ、俺たちが余計なことに巻き込むわけにはいかない。聞ける範囲だけ聞こう」


「はい」


そのときだった。


「お前ら」


後ろから声がした。


振り返る。


祐希が歩いてきていた。


「祐希先輩」


「待たせたな」


「いえ、大丈夫です」


祐希は二人の前で立ち止まる。


「親父はもう来てる」


「もうですか?」


「ああ」


「……緊張するな」


蓮が呟く。


祐希は苦笑した。


「俺もだよ」


その言葉に、蓮は少し驚いた。


祐希がそんなことを口にするのは珍しかった。


三人が近くの喫茶店へ入ると、奥の席に一人の男が座っていた。


年齢は五十代。

挿絵(By みてみん)


背筋が伸び、落ち着いた雰囲気。


短く整えられた髪。


軍人らしい、無駄のない姿勢。


男は三人を見ると、ゆっくり立ち上がった。


「祐希」


「……親父」


短い言葉。


それだけだった。


祐希の表情は硬い。


正樹はそんな息子を見たあと、蓮と咲へ視線を移した。


「富士川蓮君か」


「はい」


蓮は頭を下げた。


「今日はお時間をいただいて、ありがとうございます」


「いや。息子から話は聞いている」


「……俺、そんなに話してないけどな」


祐希が呟く。


正樹は特に反応せず、席を勧めた。


四人が座る。


最初に口を開いたのは正樹だった。


「それで、昨日見つけたという基地についてだが」


蓮はスマートフォンを取り出した。


「はい。ここです」


写真を見せる。


森の中にあるフェンス。


その向こうに見える建物。


アンテナ。


そして、自衛隊の施設であることを示す看板。


正樹は写真を確認すると、あっさり答えた。


「海上自衛隊の施設だ」


「やっぱり……」


咲が呟く。


「何のための基地なんですか?」


正樹は少し考えてから答えた。


「特別な施設ではない。周辺海域の監視や通信、訓練などに使われる一般的な施設だ」


「じゃあ、普通の自衛隊基地ってことですか?」


「そう考えていい」


蓮は少し拍子抜けした。


昨日は、森の奥に突然現れた基地に、何か特別な秘密があるのではないかと思っていた。


しかし。


正樹の説明を聞く限り、そこまで奇妙なものではない。


「でも……」


蓮は写真を見る。


「俺たち、この島でずっと育ってきたんです。それなのに、あんな場所に基地があるなんて知りませんでした」


「一般人が立ち入る場所ではないからな」


正樹は淡々と答える。


「基地の周辺には立入禁止区域もある。森に囲まれているから、外から見えにくい。それだけだ」


「なるほど……」


咲も頷いた。


「じゃあ、昨日見つけたこと自体は、特におかしなことじゃないんですね」


「そうだ」


正樹は即答した。


「自衛隊の施設があること自体に、不審な点はない」


祐希が口を挟む。


「親父、あそこって昔からあったのか?」


「ああ」


「俺がガキの頃から?」


「もっと前からだ」


祐希は黙った。


「……じゃあ、なんで俺たちは知らなかったんだ?」


「お前たちが興味を持たなかっただけだろう」


正樹はそう言って、ほんの少しだけ笑った。


それは、ごく普通の親子の会話に見えた。


蓮も、少し緊張が解ける。


「ありがとうございました。基地については、よく分かりました」


「そうか」


正樹はコーヒーに口をつける。


そして、何気ない口調で尋ねた。


「ところで」


「はい?」


「君たちは、なぜ基地を調べようと思った?」


蓮は少し迷った。


しかし、隠しても仕方がない。


「……足跡を追っていたんです」


「足跡?」


「はい」


昨日。


集落の奥へ続いていた、誰かの足跡。


その先に基地があった。


そこまでは話した。


だが――


教会のことは。


まだ話していない。


正樹は何も言わなかった。


ただ静かに蓮を見る。


「それで?」


「……」


蓮は迷う。


すると咲が口を開いた。


「私たち、教会についても調べているんです」


祐希が咲を見る。


「咲ちゃん……」


「大丈夫です」


咲は小さく頷いた。


「高尾さんなら、何か知っているかもしれないと思って」


正樹の表情は変わらなかった。


「教会?」


「はい」


「古い教会のことか」


蓮が身を乗り出す。


「この島に昔からある建物だ。知っている」


「じゃあ――」


「ただ」


正樹が蓮の言葉を遮った。


「古い建物だ。近づかないほうがいい」


「……なぜですか?」


「老朽化している。事故でも起きれば危険だ」


あまりにも普通の答えだった。


蓮は納得できなかった。


「でも、一ノ瀬先生も教会には近づくなって……」


「一ノ瀬?」


正樹が聞き返す。


「はい」


「そうか」


その瞬間だけ。


正樹の目が冷たくなった。


しかし、それも一瞬だった。


「医者として危険だと思ったんだろう」


「……そうですか」


それ以上、正樹は何も言わなかった。


しばらくして、四人は店を出た。


「今日ありがとうございました。」


蓮が頭を下げる。


祐希は父親を見たまま、何も言わない。


正樹も祐希を見る。


「祐希」


「なんだよ」


「もう、ここまでにしておけ」


「……何が?」


正樹は答えなかった。


ただ蓮を見る。


そして、先ほどまでとはまるで違う声で言った。


「これ以上、教会に関わるな」


蓮の表情が固まる。


「……え?」


正樹は続けた。


「君たちが何を調べているのかは知らない」


「だったら――」


「だが」


正樹の目から、温度が消えた。


「これ以上、教会に関わるな」


一歩。


正樹が蓮へ近づく。


「悟くんのようになりたくなければね」


「……!」


蓮の顔から血の気が引いた。


咲も息を呑む。


祐希が正樹を睨みつけた。


「親父……今の、どういう意味だ」


正樹は答えない。


そのまま背を向けた。


「待ってください!」


蓮が呼び止める。


だが、正樹は振り返らなかった。


黒い車へ乗り込み、そのまま走り去っていく。


三人は、その場に立ち尽くしていた。


「……蓮」


祐希が呟く。


「はい」


「今の聞いたよな」


「……はい」


咲も震える声で言った。


「悟くんのように……って」


蓮は何も答えられなかった。


ただ、頭の中では一つの疑問だけが、何度も繰り返されていた。


――なぜ。


なぜ、祐希の父親が悟の死を知っている?


そして。


――なぜ、あの教会について、そこまで警告する?


その頃。


少し離れた道路を走る黒い車の中で。


高尾正樹は、バックミラーを見ていた。


そこには小さくなっていく三人の姿。


正樹は無表情のまま、ハンドルを握る。


そして、誰にも聞こえない声で呟いた。


「……まだ、動くな」


車はそのまま、島の奥へと消えていった。

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