父への依頼
集落の中心へ戻った頃には、昼を少し過ぎていた。
昨夜まで降っていた雨のせいか、道にはまだ水たまりが残っている。
蓮と咲は、近くの公園にある古いベンチに腰を下ろした。
「……自衛隊の基地、ですか」
咲が改めて口にする。
「うん」
蓮は頷いた。
「今日、集落の奥を調べていて初めて見つけた」
「私たちが子供の頃には、そんな場所があるなんて聞いたこともありませんでしたね」
「うん。俺も知らなかった」
蓮はノートを開いた。
そこには、ここ数日で分かったことが書き込まれている。
悟の死。
紫色の目。
教会。
消えた少女。
8124。
墓地にあった「不死川」と「常盤」。
そして――今日見つけた自衛隊の基地。
「ただ、基地について俺たちだけで調べるのは難しい」
「そうですよね……」
咲が考え込む。
そのとき、蓮の頭に一人の人物が浮かんだ。
「……祐希先輩」
「祐希先輩ですか?」
「うん」
蓮は咲を見る。
「祐希先輩のお父さんって、海上自衛隊の幹部だったよね」
「……あ」
咲も気づいた。
「そういえば……」
「何か知ってるかもしれない」
蓮はスマートフォンを取り出した。
祐希へ電話をかける。
数回の呼び出し音の後、祐希が出た。
『どうした、蓮』
「祐希先輩、今大丈夫ですか?」
『ああ。仕事終わったところだ』
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
『何だ?』
「今日、集落の奥を調べていたら、自衛隊の基地を見つけました」
電話の向こうが、一瞬静かになった。
『……基地?』
「はい。かなり大きな施設でした。俺たちは今まで存在すら知りませんでした」
『……そんなのがあるのか?』
「祐希先輩も知らないんですか?」
『ああ』
祐希の声に、少し驚きが混じった。
「それで……祐希先輩のお父さんなら、何か知ってるんじゃないかと思って」
『……』
しばらく返事がない。
「祐希先輩?」
『悪い。それは無理だ』
予想していたより、はっきりした拒否だった。
「どうしてですか?」
『親父には聞けない』
「でも――」
『聞けないんだ』
祐希の声が少し低くなる。
『親父とは、そういう話をするような関係じゃねえ』
蓮は黙った。
祐希と父親の関係が良くないことは知っている。
父親は海上自衛隊の幹部。
家にいることも少なく、祐希とはほとんど話をしない。
無理に頼めることではない。
「……すみません、祐希先輩」
『別に謝ることじゃねえよ』
そう言ってから、祐希は少し間を置いた。
『でも、今日見つけたっていう基地のことは気になるな』
「ですよね」
『場所は?』
蓮は今日見つけた基地の場所を説明した。
祐希は黙って聞いていた。
『……確かに、親父が知ってる可能性はあるな』
「本当ですか?」
『ああ。でも……』
祐希の声が少し重くなる。
『俺から親父に聞くのは、正直気が進まねえ』
「……分かっています」
蓮は一度、言葉を止めた。
それでも聞かなければならない。
「でも、悟のことを調べるためなんです」
『……』
「教会のことも、消えた女の子のことも、墓地にあった不死川と常盤という名前も」
蓮は一つずつ話した。
「そして今日、基地まで見つけました」
電話の向こうが静かになる。
「全部が偶然だとは思えないんです」
隣で咲も静かに頷いている。
「だから……一度だけでいいです。お父さん高尾正樹さんに話を聞いてもらえませんか?」
長い沈黙。
やがて、祐希が小さく息を吐いた。
『……分かった』
「本当ですか?」
『ただし、俺から親父に連絡するだけだ』
「それで十分です」
『何を話してくれるかは分からねえぞ』
「はい」
『それに、親父が怒ったら俺は知らねえからな』
「すみません」
『だから謝るなって』
祐希が少し笑った。
『……今日、家に帰ったら連絡してみる』
「ありがとうございます、祐希先輩」
『ああ』
電話が切れた。
蓮はスマートフォンを下ろした。
「……聞いてもらえそうですね」
咲が言う。
「うん。でも、祐希先輩にはかなり無理をさせたと思う」
「そうですね……」
咲は少し心配そうな顔をした。
「お父さんとの関係、あまり良くないんですよね」
「うん」
蓮は頷いた。
「だから、これ以上無理をさせないようにしよう」
その日の夜。
祐希から一通のメッセージが届いた。
『親父に聞いてみた』
蓮はすぐに画面を開いた。
続いて、もう一件。
『明日、時間を作るらしい』
「……!」
蓮は思わず立ち上がった。
咲にも画面を見せる。
「本当に?」
「うん」
咲の表情にも緊張が浮かんだ。
しかし、その下にもう一文が続いていた。
『ただ、親父から一つ条件がある』
「条件……?」
蓮は続きを読んだ。
『基地について聞くなら、俺も一緒に行く』
蓮は画面を見つめた。
祐希が父親と直接会う。
それだけでも、簡単なことではない。
それでも――。
明日。
自衛隊の幹部である高尾正樹から、今日初めて存在を知った基地について話を聞ける。
蓮はスマートフォンを握りしめた。
「……明日、何か分かるかもしれない」
「はい」
咲が静かに頷いた。
二人はまだ知らなかった。
高尾正樹が知っているのは――。
単なる基地の情報だけではないということを。




