聞き込み
カーテンの隙間から差し込む光で、蓮はゆっくりと目を覚ました。
「……ん……」
雨音は、いつの間にか消えていた。
昨夜の激しい雨が嘘だったかのように、外は静かだった。
蓮は寝返りを打とうとして――止まった。
「……え?」
すぐ隣に、咲がいる。
しかも、自分も咲も、互いに抱き合うような格好で眠っていた。
「…………」
蓮の頭が、一気に目覚める。
昨夜のことを思い出した。
咲が怖いと言って、後ろから抱きしめてきたこと。
そして、そのまま二人とも眠ってしまったこと。
「……まずい」
蓮はできるだけ咲を起こさないように、ゆっくりと腕を抜いた。
床に敷いていた布団へ戻る。
その動きで、咲が小さく身じろぎした。
「……蓮先輩……?」
「っ!」
蓮は振り返った。
咲が眠そうな目でこちらを見ている。
「お、おはよう、咲ちゃん」
「……おはようございます」
二人の間に、妙な沈黙が流れた。
昨夜のことを、どちらも思い出している。
「……あの」
咲が口を開く。
「昨日は……」
「うん」
「……すみませんでした」
「いや、謝らなくていいよ」
蓮は慌てて首を振った。
「俺も……そのまま寝ちゃったし」
「……はい」
また沈黙。
咲は少しだけ顔を赤くして、視線を落とした。
「……変な感じですね」
「うん……」
蓮も同じだった。
幼い頃から知っている咲。
それなのに、昨日までとは少し違って見える。
「と、とりあえず準備しようか」
「……はい」
蓮は逃げるように立ち上がった。
二人はそれぞれ身支度を整え、簡単に朝食を済ませた。
窓の外には、昨夜の雨が残した水たまりがいくつもできている。
「今日は……どうしますか?」
咲が聞いた。
「集落を調べよう」
「集落を?」
「うん」
蓮は鞄にノートを入れながら答えた。
「昨日の墓地で見つけた、不死川と常盤って名前。あれが偶然とは思えない」
「……私もです」
「教会に入れなかった以上、今できることから調べよう」
咲は頷いた。
「じゃあ、今日は二人で集落を歩いてみましょう」
「うん」
二人は家を出た。
朝の集落は、昨日までとは少し違って見えた。
雨に洗われた道路。
軒先から落ちる雫。
遠くから聞こえる船のエンジン音。
人の姿はほとんどない。
まず二人が向かったのは、集落の中心にある古い商店だった。
「ここ、昔からありますよね」
「うん。俺が子供の頃からあった」
店先には、六十代ほどに見える女性が立っていた。
「すみません」
咲が声をかける。
「あら、咲ちゃん。久しぶりね」
「お久しぶりです」
女性は蓮を見ると、少し驚いた顔をした。
「……もしかして、蓮くん?」
「はい。お久しぶりです」
「大きくなったわねえ。帰ってきたの?」
「はい。少しの間、こっちにいることになって」
蓮は一度咲と顔を見合わせた。
「少し聞きたいことがあるんです」
「何かしら?」
「この集落に昔からある家や、昔の出来事について知りたいんです」
女性は少し考えた。
「昔のこと?」
「はい。特に……昔から住んでいる家について」
「そうねえ……」
女性は店の奥を指差した。
「昔からいる人なら、向こうの田中さんとか、港の近くの佐伯さんが詳しいんじゃないかしら」
「ありがとうございます」
蓮はノートに名前を書いた。
次に二人が向かったのは、港だった。
そこで作業をしていた六十代くらいの男性に声をかける。
「すみません、少しお聞きしたいんですが」
「ん? 何だ?」
「昔、この集落に不思議なことってありませんでしたか?」
男性の手が、一瞬止まった。
「不思議なこと?」
「例えば……古い教会とか」
その瞬間。
男性の表情がわずかに変わった。
「……教会?」
「はい」
「……あそこには近づかんほうがいい」
短い言葉だった。
「どうしてですか?」
「昔から、そういう決まりなんだ」
「何か理由があるんですか?」
「理由なんて知らん」
男性はそれ以上話そうとしなかった。
男性は顔を背け、作業へ戻った。
蓮はペンダントを握った。
「……何か知ってそうでしたね」
咲が小声で言う。
「うん。でも、無理に聞いても話してくれなさそうだ」
二人はその場を離れた。
その後も、集落に住む数人に話を聞いた。
「この集落は昔から変わらんよ」
しかし、教会の話を出すと、皆が微妙に口を閉ざした。
ある老人だけは、二人が帰ろうとしたときに小さく呟いた。
「……昔は、あの教会に子供を近づけるなって言われてたよ」
蓮が振り返る。
「どうしてですか?」
「さあな」
老人は首を横に振った。
「ただ……あそこの事は、みんな昔からあまり長く話をしたがらん」
「それって、どういう意味ですか?」
「……理由はしらん」
また、その言葉だった。
蓮はノートを閉じた。
不死川。
常盤。
教会。
そして、誰も詳しく語ろうとしない過去。
偶然にしては、重なりすぎている。
「蓮先輩」
咲の声で、蓮は顔を上げた。
「はい?」
「今日は、かなり聞けましたね」
「うん。でも……」
蓮は集落の奥を見る。
「何かを教えてもらったというより、教会についてかたりたくないようだったということ」
「……ですよね」
二人は集落の中心から離れ、さらに奥へ歩いていった。
しばらくすると、古い商店の横に細い路地が見えてきた。
「……あれ?」
咲が足を止めた。
「どうしたの?」
「今……誰か、いました」
咲は路地の奥を指差した。
蓮も目を凝らす。
しかし、そこには誰もいない。
ただ――。
濡れた地面に、ひとつの足跡が残っていた。
新しい。
そして、その足跡は二人が歩いてきた方向ではなく、集落のさらに奥へ向かって続いていた。
「……蓮先輩」
「うん」
二人は顔を見合わせた。
蓮は首元の鍵の形をしたペンダントを握る。
なぜか、その足跡から目を離すことができなかった。
「……行ってみよう」
「はい」
二人は足跡を追うように、集落の奥へ歩き始めた。




