咲の思い
雨は、まだ降り続いていた。
窓の外から聞こえる雨音が、静かな部屋を包んでいる。
「じゃあ……先にお風呂、入ってください」
咲が言った。
「いいの?」
「はい。蓮先輩、今日はずっと歩いてましたし」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
蓮は着替えを借り、風呂へ向かった。
しばらくして――
「ありがとうございました」
「いえ」
咲も続けて風呂へ入った。
蓮は一人、部屋で待っていた。
やがて咲が戻ってくる。
「お待たせしました」
「おかえり」
「……はい」
二人とも少し気まずそうに視線を逸らす。
普段なら何でもないことなのに、今日は状況が違った。
夜。
雨。
そして、二人きり。
「じゃあ、私はベッドで寝ますね」
「うん」
咲がベッドに入る。
蓮は部屋の隅に布団を敷いた。
「蓮先輩、そこですか?」
「うん」
「ベッド、半分空いてますよ?」
「いや、大丈夫」
蓮は笑った。
「さすがに女の子のベッドに入るわけにはいかないだろ」
「でも……」
「咲ちゃんは気にしなくていいよ」
蓮は布団に横になった。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
部屋の明かりが消える。
窓の外では、雨が降り続いていた。
蓮は目を閉じる。
今日一日の出来事が、頭の中を次々と流れていく。
悟。
紫色の目。
教会。
一ノ瀬。
不死川。
常盤。
そして、消えた女の子。
「……なんなんだよ、この島」
小さく呟いて、蓮は再び目を閉じた。
それから、どれくらい時間が経ったのか。
蓮は眠っていた。
――カサッ。
小さな物音がした。
蓮は気づかない。
ベッドから、ゆっくりと誰かが降りる。
裸足の足音が、静かな部屋に響いた。
そして――
「……蓮先輩」
小さな声。
蓮は目を閉じたままだった。
次の瞬間。
ふわりと、温かな感触が胸元に触れた。
「……え?」
蓮が目を開ける。
目の前にいたのは、咲だった。
薄着のまま、蓮へ抱きついている。
「さ、咲ちゃん……?」
咲は答えない。
ただ、蓮の胸に顔を埋めている。
「どうしたの?」
しばらくして、咲が小さな声で言った。
「……怖いんです」
「怖い?」
「雨の音が……」
蓮は窓を見る。
激しい雨が、まだ降り続いている。
「……そっか」
蓮はそれ以上、何も聞かなかった。
咲は蓮の服をぎゅっと握る。
「蓮先輩が……帰らなくてよかったです」
「咲ちゃん……」
「今日、ずっと怖かったんです」
その声は、少し震えていた。
蓮は戸惑いながらも、咲を安心させるように言った。
「大丈夫だよ」
「……本当ですか?」
「うん」
「ずっと……一緒ににいてくれますか?」
蓮は少しだけ黙った。
そして、優しく答えた。
「ああ...」
咲は小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
雨音だけが、二人を包んでいた。
やがて咲は、安心したように目を閉じる。
蓮もまた、静かに目を閉じた。
その夜。
二人の距離は――
昨日までより、ほんの少しだけ近くなった。




