雨の夜
浜辺に、静かな波の音が響いていた。
三人はしばらく何も話さず、海を眺めていた。
やがて、祐希が立ち上がった。
「……そろそろ帰るわ」
「もう帰るんですか?」
咲が尋ねる。
「ああ。明日、仕事なんだよ」
「あ……そうでしたね」
蓮も時計を見る。
「もうこんな時間なんですね」
「蓮は?」
祐希が尋ねる。
「俺は大丈夫です」
「仕事は?」
「しばらく休むことにしました」
祐希が少し驚いた顔をする。
「マジか?」
「はい。悟のことも、あの女の子のことも……ちゃんと調べたいので」
蓮は海を見る。
「中途半端なまま島を離れたくないんです」
祐希は少し黙ってから頷いた。
「そうか」
「はい」
「じゃあ、俺も仕事が休みの日は付き合うわ」
「ありがとうございます、祐希先輩」
「……お前、本当に俺のこと先輩って呼ぶよな」
「祐希先輩は先輩ですから」
「まあ、いいけどよ」
祐希は笑った。
「じゃあ、俺は帰るわ」
「はい。明日、仕事頑張ってください」
「おう。お前らも気をつけろよ」
「祐希先輩も気をつけてください」
「ああ」
祐希は手を上げ、そのまま浜辺を歩いていった。
その背中が見えなくなるまで、蓮と咲は見送った。
やがて――
二人だけになった。
「……静かですね」
咲が呟く。
「そうだね」
さっきまで三人でいたせいか、急に浜辺が広く感じられた。
「蓮先輩は、これからどうするんですか?」
「今日分かったことを整理しようと思ってる」
「教会のことですか?」
「それもある」
蓮は胸元の鍵に触れた。
「不死川っていう名字と、常盤っていう名字も気になる」
「私もです」
咲は頷いた。
「それに、悟のこともあります」
「うん」
「そして……あの女の子」
二人の間に沈黙が落ちる。
「まだ、何も分かってないですね」
「そうだね」
蓮は海を見つめた。
「だから、調べる」
「はい」
「俺はしばらく仕事も休むことにしたから、時間はある」
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ」
蓮は笑った。
「今は、知りたいことのほうが大事だから」
咲は少しだけ嬉しそうに笑った。
「じゃあ……」
「ん?」
「うち、来ませんか?」
「え?」
「これからのこと、もう少しちゃんと話したいです」
咲は少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
「家なら、落ち着いて話せると思うので……」
「分かった」
蓮は立ち上がった。
「じゃあ、お邪魔するよ」
「……はい」
二人は浜辺を後にした。
***
咲の家は、浜辺から歩いて十分ほどの場所にあった。
玄関の鍵を開け、咲が中へ入る。
「どうぞ」
「お邪魔します」
蓮は靴を脱いだ。
「ご両親は?」
「今日は帰ってこないと思います」
「そうなんだ」
「はい。母からも、今日は帰れないって連絡がありました」
「じゃあ、二人だけだな」
「……はい」
咲は少しだけ頬を赤くした。
二人はそのまま咲の部屋へ向かった。
「ここで話しましょう」
「うん」
蓮は部屋を見回した。
昔と比べて少し変わっている。
それでも、どこか懐かしい。
「……懐かしいな」
「何がですか?」
「咲ちゃんの部屋」
「昔、来たことありましたもんね」
「そうだったな」
二人で笑う。
「蓮先輩」
「ん?」
「昔のこと、もっと思い出せたらいいですね」
咲の表情が少し寂しくなる。
「特に、あの子のこと」
「……そうだね」
「声も」
「笑い方も」
「一緒に遊んだ場所も」
二人は顔を見合わせた。
「でも……名前だけがない」
「うん」
咲は膝の上で手を握った。
「どうしてなんでしょう」
「分からない」
蓮は少し考える。
「だから、調べよう」
「……はい」
「悟がなぜ死んだのか」
「はい」
「教会に何があるのか」
「はい」
「あの女の子は誰なのか」
咲は頷いた。
「絶対に見つけましょう」
「うん」
二人はしばらく、今後の調査について話し合った。
教会は一旦諦める。
一ノ瀬が何かを隠している可能性。
墓地で見つけた「不死川」と「常盤」という二つの名字。
そして、悟の死。
話せば話すほど、謎は増えていった。
「……でも」
咲がふと窓を見る。
「今日はもう遅いですね」
「そうだな」
蓮は立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
その瞬間だった。
――ゴロゴロゴロ……。
遠くで雷が鳴った。
「ん?」
蓮が窓を見る。
次の瞬間。
バシャアアアッ――!
窓ガラスを叩くような激しい雨が降り始めた。
「うわ……」
咲も窓へ近づく。
外は一瞬で真っ白になっていた。
「すごい雨……」
蓮は玄関へ向かおうとした。
「ちょっと待ってください」
咲が止める。
「この雨で帰るんですか?」
「いや……」
蓮は玄関の外を見る。
雨音があまりにも激しい。
「……無理そうだな」
その瞬間、さらに大きな雷鳴が響いた。
「きゃっ……!」
咲が思わず肩を震わせる。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
咲は恥ずかしそうに笑う。
「ちょっとびっくりしただけです」
蓮も笑った。
「じゃあ、雨が弱くなるまで待たせてもらうよ」
「はい」
蓮は部屋へ戻った。
窓の外では、雨が激しく降り続いている。
「……止みそうにないですね」
咲が呟く。
「天気予報、見てみる?」
「はい」
スマホを確認する。
しかし、雨雲は島の上空にしばらく居座る予報になっていた。
「これ……しばらく無理ですね」
「そうだな」
蓮は窓の外を見る。
「今日は泊まるしかないか」
「……」
咲が固まった。
「咲ちゃん?」
「……はい」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
咲は顔を赤くしながら頷いた。
「ただ……その……」
「?」
「蓮先輩が泊まるの、初めてですよね」
「そうだな」
「……そうですか」
咲は俯いた。
胸の鼓動が、雨音に負けないくらい大きく聞こえる。
蓮はそんな咲の様子に気づかないまま、窓の外を見ていた。
「明日の朝には止むといいな」
「……はい」
雨は、まだ止まない。
二人だけの夜は――
まだ始まったばかりだった。




