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友情相関図  作者: えんびあゆ


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第37話 「わからなくていいんじゃない」

文化祭当日の朝、二年三組の教室には、いつもより少しだけ早い光が入っていた。


窓際に吊るされた星形の飾りが、風に揺れている。


黄色、青、白、銀色。

不揃いな星たち。


急いで作ったせいで、角が少し曲がっているものもある。

テープの貼り方が雑なものもある。

大きさも揃っていない。


それでも、教室の天井から吊るされた星たちは、朝の光を受けて、かすかにきらきらしていた。


黒板には、大きく書かれている。


喫茶・星空カフェ。


その横に、雨宮透真の字でメニューが書かれていた。


星空ソーダ。

月見ココア。

流星クッキー。

夜空のホットケーキ。


ホットケーキは、結局出さないことになった。

準備が間に合わなかったからだ。

それでも、黒板には消されずに残っている。


「幻のメニューってことでいいじゃん」


宮野咲良がそう言ったからだった。

田辺麻衣は、その隣で小さく笑っていた。


「頼まれたらどうするの」

「売り切れですって言う」

「最初から売ってないのに?」

「幻だから」


「雑だよ、咲良ちゃん」

「麻衣に言われると、ちょっとちゃんとしようって思う」

「ちょっとだけ?」

「うん、ちょっと」


二人のやりとりは、まだどこかぎこちなかった。

けれど、昨日までのような危うさはなかった。


咲良は田辺に指示を出しすぎないようにしている。

田辺は咲良の顔色をうかがいすぎないようにしている。


どちらも、うまくできているわけではない。


咲良は何度も「あ、今の言い方どうだった?」と聞き、田辺はそのたびに「ちょっと強かった」「今のは大丈夫」と答えている。

それは、少し面倒くさい関係だった。


でも、たぶん悪くない。


早瀬凛は、窓際で星の飾りを結び直していた。


昨日、理沙と一緒に切った星だ。


凛の手つきは丁寧だった。

紐の長さを揃え、星がひっくり返らないように、位置を少しずつ調整していく。


白石理沙は、少し離れたところでシフト表を確認している。


未央の名前は、そこにはない。


橘未央は、今日の文化祭には参加しないことになった。

体調のこともある。

学校側からも、無理をさせないようにと言われた。


未央本人は「少しだけなら」と言ったらしい。


けれど理沙が止めた。


未央が何かを言いかけたとき、理沙は短く言った。


「今日は休んで」


それだけだった。

未央は少しだけ驚いたあと、頷いたという。


以前の理沙なら、未央をそばに置きたがったかもしれない。

以前の未央なら、無理をしてでも教室に来ようとしたかもしれない。


でも今日は、未央はいない。

その空席が、少しだけ寂しく、同時に正しいものに見えた。


透真は、教室の後ろでメニュー表の台紙を直していた。

白いペンのインクが、少しにじんでいる。


黒川奏太がその横を通りかかり、覗き込む。


「やっぱ字きれいだな」

「何回言うんだ」

「いや、普通にそう思っただけ」

「そうか」


「褒められるの慣れてない?」

「慣れるほど褒められてない」

「未央が褒めてたじゃん」


「一回だ」

「昨日も言ってたじゃん」

「二回だ」

「細かいな」


黒川は笑った。


事件の間、彼は何度も怒鳴った。

疑った。

逃げようとした。

無関心だった自分に気づかされた。


それでも今日、彼は机を運び、椅子を並べ、誰よりも早く教室に来ていた。

黒川なりの責任の取り方なのだろう。


「瀬戸は?」


透真が聞くと、黒川の表情が少しだけ曇った。


「今日は来ないって」

「そうか」

「先生たちと話すらしい。桃井も」


瀬戸真琴と桃井紗季は、今日の文化祭には参加しない。


第二備品庫の鍵を閉めた桃井。

ゲームを暴走させ、未央を「みんなから離す」ために閉じ込めた瀬戸。


彼らのしたことは、簡単に許されるものではない。


未央が助かったからよかった、では済まない。

学校側の聞き取りも続いているし、保護者への連絡も行われた。


処分がどうなるかは、まだわからない。


けれど、透真は思う。


あの二人もまた、相関図の中で歪んだ線を抱えていた。

だからといって、したことが消えるわけではない。

でも、したことだけで全部が決まるわけでもない。


その両方を、これから見ていかなければならないのだろう。


「なあ、雨宮」


黒川が言った。


「何」

「お前、今日もずっと端っこにいるの?」

「接客係じゃない」


「いや、そうじゃなくて」

「じゃあ何だ」

「なんでもない」


黒川は頭をかき、逃げるように机を運びに行った。

透真はその背中を見送る。

たぶん黒川は、言いたかったのだ。


――見ているだけでいいのか、と。


けれど、うまく言葉にできなかったのだろう。

透真にも、答えはまだなかった。


教室の前では、葛西悠真が榊原直人と話していた。

榊原は、今日は二年三組の近くにいる。


監視ではない。

見守りでもない。


必要なときに動くためにいる。

その距離を、榊原自身が探しているようだった。


「先生、入口の案内はこれでいいですか」


葛西が紙を見せる。

そこには、羽田が考えた文面が印刷されていた。


> 二年三組星空カフェ

> 本日は縮小営業です。

> 静かに過ごしたい方も歓迎します。


榊原はそれを見て、少しだけ頷いた。


「いいと思う」

「派手さはないですけど」

「今の二年三組には、これくらいが合ってるかもしれない」


葛西は、少しだけ表情を和らげた。


昨日まで、彼は正しさを盾にしていた。

席替えの責任を先生に預け、様子を見ることを正しさだと思おうとしていた。


今も、彼は真面目だ。

でも少しだけ、正しさの使い方を考え直しているように見えた。


羽田千尋は、スマホを手に持っていた。


けれど、今日は誰かを撮っていない。

写真係をやるかどうか、昨日の夜に少し揉めた。

羽田は、自分から「今日は撮らない」と言った。


「写真が必要なら、撮る前に聞く。撮ったものは確認してもらう。勝手に上げない」


そう決めた。

それは当たり前のことだった。

けれど、その当たり前を当たり前にするまでに、二年三組は遠回りをしすぎた。


文化祭の開始を告げるチャイムが鳴った。

廊下から、他のクラスの声が聞こえる。


呼び込みの声。

笑い声。

走るなと注意する先生の声。


学校全体が、文化祭の一日に入っていく。

二年三組だけが、少し遅れて、その中に足を踏み入れた。


「開けるよ」


葛西が言った。


咲良が田辺を見る。

田辺が頷く。

凛は窓際の星を一度だけ見上げる。

理沙は未央の空席を見て、小さく息を吸う。


透真は、黒板の横に立てかけたメニュー表を確認した。


扉が開いた。

最初の客は、隣のクラスの女子二人だった。


「あれ、ここカフェやってる?」


咲良が少しぎこちなく笑う。


「やってます。縮小版だけど」

「縮小版?」

「星空カフェ、ライト版」

「何それ」

「私も今考えた」


隣のクラスの女子が笑う。

その笑いに、咲良は一瞬身構えた。


けれど、それは誰かを笑う声ではなかった。

ただの、文化祭の笑い声だった。


田辺が小さな声で言う。


「こちらの席へどうぞ」


声は少し震えていた。

でも、届いた。


星空カフェは、静かに始まった。


派手な呼び込みはない。

華やかな衣装もない。

メニューも少ない。


それでも、ぽつぽつと客は入ってきた。


星空ソーダを頼む生徒。

月見ココアを頼む教師。

流星クッキーを二つ買っていく一年生。


そのたびに、二年三組の生徒たちは少しずつ動いた。


咲良が案内する。

田辺が注文を確認する。

黒川が飲み物を運ぶ。

葛西が会計をする。

羽田が在庫をメモする。

凛が裏でクッキーを補充する。

理沙が全体を見ながら、誰か一人に負担が偏らないように声をかける。


そして透真は、黒板の横でメニューを書き直したり、足りない紙を切ったりしていた。


接客はしない。


けれど、教室の外に逃げてもいない。

そんな中途半端な場所が、今の彼にはちょうどよかった。


昼過ぎ、少しだけ客足が途切れた。

教室の中に、穏やかな静けさが戻る。


窓際の席に、凛が座っていた。

手には、一枚の写真。

相沢芽衣が写っている、去年の写真だった。


凛はその写真を、机の上に置いていた。


展示はしない。

誰かに見せるためではない。


ただ、そこに置いている。


まるで、芽衣も少しだけ文化祭に来ているみたいに。

理沙が、凛の隣に立った。


「座っていい?」


凛は少しだけ間を置いてから、頷いた。


「いいよ」


理沙は隣に座る。


二人はしばらく、何も言わなかった。

やがて理沙が言う。


「未央、午後に少しだけ来るって」

「そう」

「無理はさせない」

「うん」

「凛さん」

「何」

「私、未央の親友かどうか、まだわからない」


凛は写真を見つめたまま言った。


「わからなくていいんじゃない」


理沙は少し驚いたように凛を見る。


「いいの?」

「わからないままでも、話せるなら」


凛の声は静かだった。


「私は、芽衣の親友だったと思ってる。でも、芽衣が私のことをどう思ってたか、全部はもう聞けない。だから、ずっとわからないまま」


理沙は何も言わなかった。


「でも、わからないからって、全部嘘だったわけじゃないと思う」


凛は写真の中の芽衣を見た。


「だから理沙さんも、未央に聞けるなら聞けばいい。今すぐじゃなくても」


理沙は、長い時間をかけて頷いた。


「うん」


透真は、その会話を聞こえないふりで聞いていた。

以前なら、ただ観察していたかもしれない。


誰がどういう表情をしたか。

どの言葉に反応したか。

どこに嘘があるか。


でも今は、少しだけ違った。

その会話が壊れないでほしいと思った。


それは観察ではない。

たぶん、願いに近かった。


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