第32話 「このゲームを始めたのは、私」
桃井の目が揺れる。
「お前たち?」
黒川が反応する。
「桃井だけじゃないのか」
「桃井は鍵を閉めた。榊原はスマホを隠した。理沙は未央を導いた。だが、ゲームの発端はまだ別にある」
透真は理沙を見る。
理沙は逃げなかった。
ただ、静かに目を伏せた。
「白石、ここまで来たら、もう隠す必要は無いだろ」
透真は言った。
「そろそろ話せ」
教室中の視線が理沙へ集まる。
理沙はゆっくり顔を上げた。
長い沈黙。
そして、彼女は言った。
「このゲームを始めたのは、私」
誰も声を出せなかった。
咲良が口元を押さえる。
葛西が目を見開く。
羽田はスマホを握りしめたまま固まる。
黒川が「おい」と声を出しかけて止まる。
凛だけは、どこか予感していたように理沙を見ていた。
理沙は続けた。
「でも、未央を閉じ込めるつもりはなかった。誰かを傷つけるつもりも……少なくとも、ここまでのことになるとは思ってなかった」
「どういうことだよ」
黒川が詰め寄る。
「お前、最初から全部仕組んでたのか?」
「違う」
理沙は首を振った。
「最初は、未央と一緒に考えた」
その言葉に、教室の空気が揺れる。
「未央と?」
咲良が震える声で聞く。
「未央は、去年の芽衣さんのことを忘れたくないって言ってた。でも、普通に話しても誰も聞かない。みんな自分は関係ないって言う。だから、文化祭前に一度だけ、クラスに過去を思い出してもらう仕掛けを作ろうって」
「それが友情相関図?」
羽田が言う。
「うん。去年の手書きの相関図をもとに、クラスの関係を見せる。未央が一時的に姿を隠して、みんなに問いを出す。最後には未央が戻って、全部話すはずだった」
「システムは誰が作ったの」
羽田が聞いた。
理沙は桃井を見る。
桃井は視線を逸らした。
「最初の相関図ページは、私が作った」
それまで黙っていた桃井紗季が、ぽつりと言った。
教室中の視線が、桃井へ向かう。
桃井は机の端を見つめたまま、続けた。
「未央さんと理沙さんに頼まれて。去年の手書きの相関図を、画面で見られるようにしただけ。最初は、クラスの関係を見せるためのページだった」
「じゃあ、あの通知も?」
羽田が聞く。
桃井は小さく頷いた。
「最初の三問くらいまでは、予定してた。未央さんが一時的に姿を隠して、みんなが相関図を見る。芽衣さんのことを思い出す。そこまでは、未央さんも知ってた」
「最初に流れた動画も?」
透真が聞いた。
桃井は、少しだけ言葉に詰まった。
「……あれも、未央さんが用意したものだった」
教室の空気が揺れた。
「本当に閉じ込められている映像じゃない。旧校舎の第二準備室で、床と手元だけを映して撮った演出用の動画。未央さんは、みんなに本気で受け止めてもらうためには、それくらいしないと駄目かもしれないって言ってた」
桃井の話を聞きながら理沙は床を見つめていた。
「あれは、未央が自分を危険に見せるための動画じゃなかった」
「うん」
桃井は小さく頷いた。
「最初の予定では、“未央さんは無事です。でも去年のことを思い出すまで戻りません”って伝える程度だった。大人に話したら鍵を破棄するなんて文面は、最初の予定にはなかった」
「じゃあ、誰が足したんだよ」
黒川が低く言った。
桃井は、ゆっくりと瀬戸真琴を見た。
「瀬戸くんが言ったの」
瀬戸の肩が、わずかに震えた。
桃井は、視線を落としたまま言った。
「これくらい言わないと、みんな本気にしないって。先生に話したら、未央さんはまた大人に回収されて、何も変わらないって」
「それを聞いて、黙ってたのか」
葛西の声が震えた。
桃井は、すぐには答えなかった。
「その時は、瀬戸くんが未央さんを本当にどうしたいのかまでは、わからなかった」
「でも、危ないとは思ったんだろ」
透真が言うと、桃井は小さく頷いた。
「思った。でも、止めなかった」
桃井の声は、ひどく静かだった。
「瀬戸くんの言葉を使ったのは、私だから」
「知ってたなら、どうして言わなかった」
透真が聞いた。
桃井は、少しだけ目を伏せた。
「言ったら、瀬戸くん一人の話になるから」
「違うのか」
「違わない。でも、それだけじゃない」
桃井は、ゆっくり教室を見回した。
「瀬戸くんの言葉を使って、脅しに変えたのは私。終わらせないと決めたのも私。だから、瀬戸くんの名前だけを出しても、何も終わらないと思った」
透真が桃井に感じていた違和感が言語化されたような気がした。
そういえば、桃井が鍵を閉めたことが判明した時――、瀬戸は逃げようとする動作をしていた。
――バラバラだった線が一つに繋がっていく。




