表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
友情相関図  作者: えんびあゆ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/38

第31話 「お前たちのルールでは終わらせない」

最終問題が表示されてから、二年三組の廊下には、奇妙な静けさが落ちていた。


> 最終問題。

> 橘未央の本当の親友は誰か。

> 制限時間 12:00:00


最初の問いに、すべてが戻ってきた。

橘未央を救いたければ、七十二時間以内に彼女の“本当の親友”を答えろ。


未央は見つかった。

第二備品庫から救出され、今は保健室で横になっている。


けれど、ゲームは終わっていない。


未央を見つければ終わると思っていた者もいた。

第二備品庫を開ければ、匿名アカウントは消えると思っていた者もいた。

鍵を閉めた桃井紗季を見つければ、それで終わると思っていた者もいた。


だが違った。


このゲームが本当に求めていたものは、未央の居場所ではなかった。


未央を中心にしたクラスの線。

相沢芽衣を消した過去の線。

白石理沙が消した線。

榊原直人が見なかった線。

そして、誰かを一人に決めようとする線。


それらすべてを、最後に一本の答えへ押し込もうとしている。


――本当の親友は誰か。


雨宮透真は、その問いを見て、はっきりと理解していた。

この問題に、誰か一人の名前で答えてはいけない。

廊下から教室へ戻った二年三組の面々は、誰もすぐに席へ着かなかった。


文化祭の飾りは、まだ中途半端に残っている。

黒板には、星空カフェの文字と、透真が書き足してきた事件の時系列が混ざっている。

机の上には、手書きの相関図。

去年の写真。

文化祭資料。

割れた芽衣のスマホ。


教室はもう、文化祭準備の場所ではなかった。

七十二時間のあいだに暴かれたものが、すべて散らばっている。


白石理沙は未央の席を見つめていた。

未央は今、ここにはいない。

保健室で休んでいる。


そのことが、逆にこの問いを残酷にしていた。

本人のいないところで、未央の“本当の親友”を決めろと言われている。


宮野咲良が、耐えきれないように言った。

「理沙でしょ」

その声は、少し震えていた。


「だって、未央の親友って言ったら理沙じゃん。ずっと一緒にいたし、未央も理沙のこと大事にしてたし」


理沙は返事をしなかった。

咲良は続ける。


「相関図が何て出してても、そんなの関係ないでしょ。親友?とか、独占欲とか、そんなので決められるものじゃないし、ましてや数値で計られるものでもないし」

「でも」

田辺麻衣が小さく言った。

「理沙さんだけって言われると……なんか、違う気もする」


咲良が田辺を見る。

田辺は慌てるように首をすくめたが、それでも言葉を続けた。


「未央ちゃんは、凛さんのこともすごく気にしてた。芽衣さんのことも。咲良ちゃんのことも。私のことも……たぶん」


最後の言葉は、とても小さかった。

咲良は反論しなかった。


早瀬凛は、窓際に立っていた。

ずっとそこが彼女の定位置だった。

けれど今の凛は、逃げるためにそこにいるわけではなかった。


「私は違う」


凛が言った。

全員が彼女を見る。


「未央の親友じゃない。私は未央を許してない。今もまだ、全部は許せない」


理沙が顔を上げる。

凛は理沙を見ない。


「でも、未央が芽衣のことを忘れてなかったのは知ってる。私のことも、見捨てようとしたわけじゃないのは……たぶん、知ってる」

「凛さん」


理沙が小さく呼ぶ。

凛は視線を逸らした。


「だからって、親友とは違う」

「じゃあ、誰なんだよ」


黒川奏太が苛立ったように言った。


「理沙じゃない、凛でもない、田辺でもない。相沢はもういない。俺でも瀬戸でもないだろ。だったら誰を答えるんだよ」


瀬戸真琴は、未央の席を見つめていた。

彼は、もう自分が答えだとは思っていないだろう。


未央に名前を呼ばれたこと。

優しくされたこと。

それを友情と呼びたかったこと。


第四問で暴かれた執着は、彼を深く傷つけた。

それでも彼は、ここに残っている。


「俺は」


瀬戸が口を開いた。

全員が少し驚いたように彼を見る。


「俺は、未央さんの親友じゃない」


彼は小さく言った。

「そんなの、わかってた。でも、わかりたくなかった」


教室は静かだった。


「未央さんは、俺に優しくしてくれた。でも、それは俺だけに向けたものじゃなかった。たぶん、それでよかったんだと思う。未央さんの優しさを、自分だけのものみたいに思ったから……俺は苦しくなった」

瀬戸の声は震えていた。


「だから、親友を一人に決めろって言われたら、たぶんまた誰かが同じことをする。未央さんを、自分のものだって思いたくなる」

その言葉に、理沙が目を伏せた。


瀬戸の言葉は、理沙自身にも刺さっている。


未央を自分だけの親友にしたかった。

未央の善意の行き先が自分ではないことが苦しかった。

その感情は、瀬戸の執着と形こそ違っても、同じ線の上にあった。


葛西悠真が黒板の前に立つ。

彼は、委員長らしく場を整理しようとして、しかし言葉を選びきれずにいるようだった。


「でも、答えなきゃいけない」

葛西は言った。

「十二時間あるとはいえ、何が起きるかわからない。未央は助かったけど、また誰かが晒されるかもしれない。芽衣さんのスマホの中身だって、勝手に出されるかもしれない」


羽田千尋が割れたスマホを見る。

「それは嫌」

彼女ははっきり言った。

「もう、誰かの動画とかメッセージとか、そういうのを勝手にみんなで見るのは嫌」


桃井紗季が、教室の端で顔を上げた。

羽田は桃井を見る。


「私もやった。だから偉そうに言えない。でも、もう嫌」


桃井は何も言わなかった。

今の彼女には、以前のような不気味な余裕はない。


鍵を閉めたこと。

未央を閉じ込めたこと。

記録する側にいた自分自身が、ついに全員の前に引きずり出されたこと。


それらが、彼女から言葉を奪っているようだった。


榊原直人は、教室の後ろに立っていた。

教師でありながら、この場では誰よりも発言しづらい立場にいる。


相関図に表示された線。


> 榊原直人 → 相沢芽衣

> 管理対象 62%

> 後悔 91%


> 榊原直人 → 橘未央

> 任せすぎた生徒 84%


大人である彼も、もう外側にはいられなかった。


「雨宮」

理沙が言った。

透真は彼女を見る。


「あなたは、さっき言ったよね。この問い自体が間違ってるって」

「ああ」

「でも、相関図は人物名を求めてる。たぶん、一人の名前を送らないと正解にならない」

「そうとは限らない」

「どうして」

「今までの問題も、言葉通りに答えると半分しか正解じゃなかった」


透真は黒板の時系列を指す。


「未央が本当に守ろうとしていた人物は、橘未央自身だった。でもそれは半分だけ正解だった。鍵を閉めた人物は桃井だったが、主催者は別にいると思われる。相沢芽衣のスマホを隠したのは榊原だったが、それも主催者ではなかった」


彼はスマホを掲げる。


「相関図は、答えを一つに見せて、その裏にある関係を暴かせてきた。なら最後も同じだ」

「最後の裏にある関係って何?」


田辺が聞いた。

透真は少し黙った。

その問いに、すぐ答えるのは簡単だった。


未央と理沙。

未央と凛。

未央と芽衣。

未央とクラス全員。


けれど、本当に問題なのは、そのどれでもない。


「未央の親友が誰か、じゃない」

透真は言った。


「未央を誰か一人の親友にしようとしたことが問題なんだ」

理沙の指がわずかに動く。

「私は未央の親友だった」

彼女は言った。


その声は、今までのように強くはなかった。

「そう思ってた。未央の一番近くにいるのは私だって。未央が一番頼るのは私だって。そうじゃなきゃ嫌だった」

誰も遮らない。


「芽衣さんのとき、未央が私以外の誰かを見ているのが嫌だった。凛さんの痛みを見て、田辺さんの可能性を見て、咲良の弱さを見て、瀬戸くんの孤独まで見ようとして……私は、それが嫌だった」


理沙は深く息を吸う。

「未央が優しいのは知ってた。そういう未央が好きだった。でも、その優しさが私だけのものじゃないことが苦しかった」


凛が、理沙を見る。

理沙は凛へ顔を向けた。


「凛さん。私は、あなたのことも嫌だった」

凛の表情は変わらなかった。


「知ってる」

「未央が芽衣さんのことであなたを気にするたび、私は自分が外側に置かれた気がした。親友なのに、知らないことが増えていくのが怖かった」

「私も」


凛が言った。

理沙が目を見開く。


「私も、芽衣が未央を見たとき、同じことを思った。芽衣の親友は私なのにって」


その言葉は、二人の間に静かに落ちた。

似ている。

理沙と凛は、立場も性格も違う。

けれど、親友という言葉に縛られた点では似ていた。


自分だけのものにしたかった。

でも、それを言えなかった。

だから相手を責めた。

相手に気づいてほしかった。

そして、線が歪んだ。

結果、相関図に利用された。


「だから」

理沙はスマホを見た。


「私を答えにしたら、また同じになる」

その言葉に、咲良が息を呑む。


理沙は続ける。

「私が未央の本当の親友だって送ったら、きっと正解っぽく見える。でも、それは未央をまた私のものにする答えだと思う」

「理沙……」

咲良が呼ぶ。


理沙は小さく首を振った。

「私は未央の親友でいたかった。でも、未央の本当の親友を一人に決めるなら、それは私じゃない」


「じゃあ誰なんですか」

桃井が初めて口を開いた。

声はかすれていた。


「誰も答えじゃないって言うんですか?それなら、どうやってゲームを終わらせるんですか」

透真は桃井を見た。


「早く答えてください。何も考えずに理沙さんの名前をかけばいいじゃないですか」

彼女は、まだゲームにしがみついている。

自分が鍵を閉め、未央を追い詰め、クラスを暴いたこのゲームに。


だが、それは勝ちたいからではない。

ゲームに意味がなかったと思いたくないからだ。

自分がしたことに、何かしらの答えがあってほしいからだ。


「終わらせる」


透真は言った。

「でも、お前たちのルールでは終わらせない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ