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友情相関図  作者: えんびあゆ


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3/38

第3話 「未央と理沙って、親友だよね?」

黒川の周りでも、男子たちが気まずそうにしている。

「利用価値ありって、なかなかだな」

誰かが冗談っぽく言った。

黒川は笑った。


「いや、だから悪戯だって。真に受けんなよ」

「でも黒川、未央と仲いいしな」

「仲いいのと利用してるのは違うだろ」

「いや、文化祭の宣伝とか未央に頼んでたじゃん。未央が言うと女子動くし」


黒川の笑顔が、わずかに固くなった。


「お前、何が言いたいの?」

「別に」


たったそれだけの会話で、黒川の周囲にも薄い壁ができる。

葛西は葛西で、スマホを見たまま立ち尽くしていた。

彼の周囲には、こう表示されている。


> 葛西悠真 → 二年三組

> 責任感 88%


一見、悪い表示ではない。

だが、別の線もあった。


> 二年三組 → 葛西悠真

> 面倒な相手 47%


責任感。

面倒な相手。


どちらもたぶん、嘘ではない。

葛西はそれを見て、何か言おうとして、結局黙った。


透真は、自分の画面を指で動かした。

相関図は全体図だけでなく、人物ごとに拡大できるようだった。

悪趣味なほど丁寧に作られている。


咲良。

黒川。

葛西。

羽田。

瀬戸。

理沙。

凛。


それぞれの名前の周囲に、線と数値が広がっている。

試しに未央の周辺を拡大する。

中央に、橘未央。

未央から各人物へ向かう線は、意外なほど薄かった。


> 橘未央 → 宮野咲良

> 友達 58%


> 橘未央 → 黒川奏太

> 信頼 64%


> 橘未央 → 瀬戸真琴

> 親切 21%


> 橘未央 → 早瀬凛

> 心配 82%


未央に向かう線は濃い。

けれど、未央から伸びる線はどれもどこか薄い。

まるで、未央という人間が周囲からたくさんの感情を向けられながら、自分からは一定以上踏み込まないようにしているみたいだった。

その中で、一つだけ異様な表示があった。


> 橘未央 → 白石理沙

> 親友? 43%


疑問符。


透真は、その文字を見つめた。


親友。

誰もがそう思っていた二人。


未央と理沙。

理沙と未央。


なのに、相関図はそこに疑問符をつけている。

透真が顔を上げると、理沙も同じ表示を見ていた。

理沙の表情は動いていない。

けれど、画面を握る手に力が入り、爪の先が白くなっていた。


「……白石さん」

咲良が、理沙の画面を覗き込んだ。


そして、気づいた。

「親友、はてな……?」

その言葉は、教室の中に落ちた。


とても小さな声だったのに、なぜか全員に聞こえたような気がした。

理沙がゆっくりと咲良を見る。


「今、それを言う必要ある?」

「いや、だって……」


咲良は言い淀んだ。

さっきまで自分が責められる側だったのに、今度は理沙の弱点を見つけたことで、わずかに表情が変わった。

人は、自分が責められているとき、別の誰かの傷を見つけると安心する。

咲良はその安心に飛びつきかけていた。


「未央と理沙って、親友だよね?」


誰かが言った。

それが誰の声だったのか、透真にはわからなかった。


「ずっと一緒にいたじゃん」

「でも未央からは四十三って……」

「しかも疑問符」

「やめなよ」


羽田千尋が低く言った。

彼女はスマホを握ったまま、周囲を睨むように見た。


「今それで白石さん責めても、未央ちゃん見つからないでしょ」

「責めてないし」

「言ってること、そう聞こえる」


羽田の声は強かった。

けれど透真には、羽田が本当に理沙を庇っているのか、それともこの場の情報が混乱しすぎるのを嫌っているのか、判断がつかなかった。


羽田は情報に強い。

SNSにも、噂にも、グループLINEにも詳しい。


だからこそ、自分が情報を扱う側ではなく、情報に扱われる側に回ることを嫌っているのかもしれない。

理沙は、静かに息を吐いた。

「親友かどうかを、こんな図に決められるつもりはない」


その声は、教室中に届いた。

「私は未央を探す。疑いたいなら疑えばいい。でも今は、未央を見つけることを優先して」


強い言葉だった。

けれど透真には、その言葉が少しだけ空洞に聞こえた。


――親友かどうかを、こんな図に決められるつもりはない。


普通なら正しい。

でも、もし本人が一番その疑問符を恐れているなら?

その言葉は、誰に向けているのだろう。


周囲が黙ったあと、早瀬凛が小さく笑った。

笑った、といっても楽しそうなものではない。


教室の隅。

普段からあまり誰とも話さない女子。

黒髪を肩のあたりで切りそろえ、いつも少し眠そうな目をしている。

文化祭準備でも、誰かに言われた作業を淡々とこなしていた。


その凛が、ぽつりと言った。

「親友って、そんなに大事なんだ」


理沙が凛を見る。

教室の空気がまた一段、冷える。


「何が言いたいの」

「別に」


凛は視線を外した。

「未央って、誰にでも優しいから。親友だと思ってる人、たくさんいそうだなって思っただけ」

咲良が顔をしかめる。


「それ、どういう意味?」

「そのままの意味」

「凛ってさ、未央に何かあるたびそういう言い方するよね」

「そう?」


「未央に助けてもらったことあるくせに」


その瞬間、凛の表情が消えた。

透真は、わずかに目を細めた。

今のは踏んだ――咲良は踏んではいけない場所を踏んだ。


「助けてもらった」


凛が繰り返す。

声は静かだった。


「そう見えてたんだ」

「だって、実際そうでしょ。未央が声かけてくれなかったら、凛ずっと一人だったじゃん」

「咲良」


理沙が止めようとした。

だが、凛はそれより早く言った。


「一人に戻してくれればよかったのに」


教室が静まり返る。

咲良は一瞬、意味がわからないという顔をした。


「……は?」

「なんでもない」


凛はスマホをポケットにしまった。

「未央を探すんでしょ。だったら、こんなことで騒いでる場合じゃないんじゃない」


正論だった。

けれどその正論は葛西のものとは違った。

正しさの形をしていながら、どこか投げやりで――冷たい。

透真は凛の背中を見た。


未央から凛へ伸びていた線。


> 心配 82%


そして、凛から未央へ伸びていた線。

透真はもう一度画面を拡大する。


> 早瀬凛 → 橘未央

> 憎悪 68%

> 救済願望 70%


相反する二つの感情。


憎悪。

救済願望。


透真は心の中でその言葉を転がした。


未央は凛を心配していた。

凛は未央を憎んでいる。

同時に、救いたいとも思っている。


わかりやすい関係など、一つもない。


いや。


わかりやすいと思い込んでいた関係が、今、順番に剥がされている。


「この相関図、誰が作ったんだろ」


羽田がつぶやいた。

彼女はスマホを操作しながら、画面を睨んでいる。


「外部リンクじゃない。アプリでもない。画像に見えるけど、更新されてる。ブラウザ上の何か……?でもURLが変」

「特定できないのか?」

黒川が聞いた。


「そんな簡単にできたら苦労しないよ」

羽田は苛立ったように答えた。

「でも、これ作った人、クラスのことかなり知ってる。適当に書いたにしては、反応が合いすぎてる」


「合ってない!」

咲良が叫んだ。

羽田は一瞬だけ咲良を見る。

「全部が正しいとは言ってない。でも、全部が嘘なら、ここまで荒れない」


その言葉に、また教室が沈黙した。

透真は羽田の評価を少しだけ改めた。


彼女は情報を扱う人間だ。

だから、情報が本当か嘘かより、情報によって人がどう動くかを見ている。


その点では、透真に少し似ている。

もっとも、透真はそれを口に出さない。

羽田は、口に出してしまう。


――その違いは大きい。


「雨宮」


突然、黒川が透真の名前を呼んだ。

教室中の視線が、また透真に集まる。

透真は面倒だと思いながら顔を上げた。


「お前、さっきから黙ってるけど」

「黙ってたら悪いのか」

「そうじゃなくて。お前の線、何なんだよ」

黒川の言う「線」が何を指しているのか、聞かなくてもわかった。


> 橘未央 → 雨宮透真

> 救済者 92%


あの表示。


咲良も、羽田も、葛西も、凛も、理沙も、透真を見る。

教室の中にいる誰もが、答えを待っている。


未央が消えた。

相関図の中心に未央がいる。

そして未央から透真に、救済者という線が伸びている。

疑うには十分だった。


「もう一度聞くけどさ」

少しの間。

「未央と何かあったのか?」

黒川が続ける。


「特にない」

「特にないのに救済者92%って出るのかよ」

「俺に聞くな。作ったやつに聞け」

「でも、未央からお前に向かってる線だろ」


「だから?」

透真の声は、自分でも少し冷たいと思うほど平坦だった。

黒川の眉が動く。

「お前、未央がいなくなってるのに、なんでそんな落ち着いてんの?」

教室の空気が、透真に向かって傾く。


疑い。

不安。

不満。

自分では抱えきれない恐怖を、誰か一人に押しつけたいという空気。

他者に疑惑を向けることで自分だけは安全圏に行きたい、そんな気持ち。


わかりやすい。


未央の失踪は怖い。

相関図も怖い。

誰が犯人かわからないのも怖い。


だから、目の前に怪しい線を持つ人間がいれば、そこに全部向けたくなる。

透真は立ち上がらなかった。

机に肘をつき、黒川を見た。


「落ち着いてるように見えるなら、お前が騒ぎすぎなんだろ」

「は?」

「未央が心配なら、俺を睨んでる時間が無駄だ」


黒川の顔が険しくなる。

「なんだよ、その言い方」

「そのまま」

空気がさらに悪くなる。


葛西が間に入ろうとした。

「二人とも、今は――」

「雨宮くん」

理沙が透真を呼んだ。

透真は彼女を見る。


理沙の目は、まっすぐだった。

怒っているわけではない。

怯えているわけでもない。


ただ、探っている。

「未央と、本当に何もなかったの?」

「何もない」

「救済者って表示に心当たりは?」

「ない」

「嘘は?」

「ついてない」


「本当に?」

しつこい問答に透真はじっと理沙を睨みつける。

「仮に俺と未央に何かあったとして、お前たちに話す義務はあるのか?」


実際のところ、過去に未央と何も無かったわけではなかった。

救済者92%の表示も数字はともかく覚えはある。

だが、本人達しか知らないはずの出来事に対して、正直に答える義務は無い。

否――この場で正直に答えたところで信じてもらえる可能性は低い。


「なるほど……ね」


それを聞いた理沙は数秒、透真を見つめた。

その視線には、信じたいという甘さはなかった。

疑いたいという雑さもなかった。


ただ、判断しようとしている。

透真は少しだけ不快になった。

人を見る側でいるのは慣れている。

だが、見られる側になるのは嫌いだった。


「……今は保留にする」


理沙は言った。


「保留?」

「あなたを疑ってる。でも、未央を探すのに必要なら話を聞く」

「合理的だな」

「感情で動いて未央を見失いたくないだけ」


その言葉に、透真は少しだけ口元を歪めた。

理沙は、たぶん本気でそう思っている。


けれど本当に感情で動いていない人間なら、未央から自分に向けられた「親友?」の疑問符を見た瞬間、あんな顔はしない。

透真は何も言わなかった。


そのとき、スマホがまた震えた。

匿名アカウントからの新しい通知。

教室中が一斉に画面を見る。


> 友情相関図は、まだ完成していない。

> 君たちが答えを出すたび、線は更新される。


少し間を置いて、次の文章が表示された。


> 第一問。

> 橘未央が最後に会った人物は誰か。


教室がざわつく。


「最後に会った人物……?」

「そんなの、さっきまで教室にいたんだから全員じゃないの?」

「いや、消える直前ってことじゃない?」

「誰か見てないの?」


メッセージは続いた。


> ヒント。

> その人物は、相関図上では橘未央と繋がっていない。


透真は画面を見つめた。

未央と繋がっていない人物。


相関図には、未央を中心に大量の線が伸びている。

友達、信頼、心配、嫉妬、執着、救済者。


線が多すぎるほど多い。

だが、繋がっていない人物がいる。

それはつまり、未央と表向きには関係がない人物。

あるいは、誰にも気づかれていない接点を持つ人物。


教室の中で、また疑いが広がっていく。


咲良が未央の友人グループを見る。

黒川が男子たちを見る。

葛西が出席表を見る。

羽田が相関図を拡大する。

理沙が画面を睨む。


透真は、教室全体を見た。


誰が焦っているか。

誰が考えているふりをしているか。

誰が自分の名前を探しているか。

誰が未央の心配より、自分が疑われないことを優先しているか。


――そして、誰が動かないか。


早瀬凛は教室の隅に立ったまま、スマホを見ていなかった。


透真はそのことを覚えておく。

カウントダウンは続いている。


> 71:36:02


七十二時間は、長いようで短い。

そしてこの教室は、まだ一問目を前にしただけで、もう壊れ始めていた。

透真は、黒板に貼られた黄色い星の飾りを見た。

それは未央が選んだ星で、未央が消えたあとも、何も知らない顔でそこに残っている星だった。



彼は静かにスマホを握り直した。

未央を救いたいかと聞かれれば、そこまでの興味は無い。

けれど、この相関図が暴こうとしているものには興味があった。


誰が嘘をついているのか。

誰が未央を隠しているのか。

誰がこのクラスの友情を、一番信じていなかったのか。


なぜ、友情相関図を作ったのか。

解き明かしたい。追い詰めたい。楽しみたい。

そして友情という名で塗り固められた、このクラスが相関図を通して、どこに行きつくのかを見届けたい。

その気持ちだけが透真を沸き立たせていた。


透真は、そっと呟く。


「……始めるか」


果たして、人を信じられなくなっていた少年が行きつく先はどこなのか――。

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