第28話 「そんなことしたら、あなたも終わるでしょ」
保健の先生と咲良、田辺が駆け込んでくる。
未央は担架代わりのマットに乗せられ、保健室へ運ばれることになった。
理沙は最後まで未央の手を離さなかった。
榊原は未央に付き添う形で保健室へついて行った。
透真は、第二備品庫の入口に立っていた。
奥には、未央が座っていた跡が残っている。
床のほこりが乱れ、壁際に古いスマホが一台落ちていた。
透真はそれに気づき、拾い上げる。
画面は割れている。
電源は入らない。
だが、裏面には小さなシールが貼られていた。
> S.M.
桃井紗季のものか。
透真は振り返る。
桃井は倉庫の入口に立っていた。
彼女は、未央が運ばれていく様子を黙って見ている。
その顔には、勝利も満足もなかった。
ただ、何かを失ったような表情だけがあった。
「桃井」
透真が呼ぶ。
桃井はゆっくり彼を見る。
「これ、お前のか」
割れたスマホを見せる。
桃井は一瞬だけ目を見開いた。
その反応は、予想外だった。
「……違う」
「嘘か」
「違う。本当に違う」
桃井の声には、先ほどまでの余裕がなかった。
「私のじゃない」
透真はスマホを見る。
S.M.
桃井紗季なら、イニシャルはS.M.で合う。
だが、彼女は本気で否定しているように見える。
その時、全員のスマホが震えた。
救出された未央のすぐ近くでも、理沙のスマホが鳴った。
匿名アカウントからのメッセージ。
> 救出おめでとう。
> でも、ゲームはまだ終わっていない。
教室でも、廊下でも、倉庫でも、生徒たちが画面を見る。
> 橘未央は見つかった。
> では、次の問題。
透真の背筋に、冷たいものが走る。
> このゲームを始めた人物は誰か。
理沙の顔が凍りついた。
桃井が一歩後ずさる。
凛が理沙を見る。
葛西が、黒川が、羽田が、咲良が、田辺が、瀬戸が、一斉に沈黙する。
未央は見つかった。
だが、ゲームは終わらない。
黒川が口を開く。
「まだ、続くのかよ……もう終わりだろ」
黒川が、吐き捨てるように続けた。
「未央は見つかった。鍵を閉めたのが桃井なら、犯人もわかった。これ以上、何を続けるんだよ」
誰も、すぐには答えなかった。
桃井はスマホを握ったまま、ゆっくり首を横に振った。
「終わりじゃない」
「何がだよ」
「未央さんが見つかっただけ」
桃井の声は、ひどく静かだった。
「相関図は、まだ最後の問題まで進んでない」
羽田が眉をひそめる。
「まだ、何か隠してるの?」
「私が言ったら、ただの告発になる。相関図はクラスの関係を、忘れていた線を全て暴く」
「お前、ふざけんなよ!ここまでのことやっておいて、それで済むわけないだろ!他に犯人が居るなら――」
黒川が桃井の腕を掴むが桃井は怯まない。
「今更逃げるつもりはないけど、まだこのゲームは最後まで終わっていない」
そういって桃井は掴まれた腕を振り払う。
「じゃあ、先生に言う」
葛西が言った。
その声は、今度こそ迷っていなかった。
「未央は見つかった。鍵を閉めたのが桃井なら、もう隠す理由はない。先生に言って、警察にも――」
「言えばいいよ」
桃井は、あっさりと言った。
その軽さに、葛西の言葉が止まる。
「ただ、その瞬間、残っている相関図のデータは全部公開される」
教室の空気が凍った。
「全部って……」
羽田の声が低くなる。
「去年の写真。チャットのスクショ。未央さんのメモ。理沙さんたちの相関図。私が撮ってきた動画。まだ問題になっていない線」
桃井は、スマホの画面を見下ろした。
「先生に見せるだけじゃ済まない。クラスだけでも済まない。共有ページに残っているデータが、学校中に開くようにしてある」
教室の空気が凍った。
「だから、止めるなら最後まで進めるしかない」
持っていたスマホを前に突き出し、桃井は続ける。
「ちなみに私のスマホを取り上げても無駄だから」
「どうして?」
「もう条件は入れてあるから」
桃井は、画面の中で切り替わっていく相関図を見つめた。
「正解したかどうか。時刻。残り時間。誰がどの問題まで進んだか。条件を満たしたら、次の画面が出るようにしてある」
葛西が顔を強張らせる。
「スマホを取り上げても、止まらないってことか」
桃井は、小さく頷いた。
「うん。もう、私が止める段階じゃない。公開されたくなければこのゲームを続けるしかない」
「そんなことしたら、あなたも終わるでしょ」
羽田が言うと、桃井は小さく笑った。
「うん。だから、もう逃げるつもりはないって言ってる」
「じゃあ、何がしたいんだよ」
黒川が吐き捨てるように言った。
桃井は顔を上げた。
「最後まで見せたいだけ」
その声は、静かだった。
「未央さんが見つかっただけじゃ、終わらない。相関図は、まだ最後の問題まで進んでない」
それはクラスのほとんどの者と関係を持たず記録者として徹していた者だからこそ言える言葉だった。
「みんな見ないふりをしていたでしょ?だから全部見せたい」
――「ただ、それだけ」
桃井の放った、その言葉はクラスの誰をも黙らせる力があった。
そのような雰囲気の中、瀬戸は椅子に座ったまま動かなかった。
けれど、スマホを握る手だけが強くなっている。
桃井が鍵を閉めたとわかった瞬間から、瀬戸はクラスメイトから見られることを恐れているようにも見えた。
「……俺、少し外に」
瀬戸が小さく言いかける。
「今は誰も一人で動かないほうがいい」
葛西がすぐに言った。
瀬戸の肩が、わずかに跳ねる。
「別に、逃げるわけじゃ」
「逃げるなんて言ってない」
透真が言うと、瀬戸は黙った。
相関図は、まだ本当の中心に辿り着いていない。
透真は、割れたスマホを握りしめた。
S.M.
桃井紗季ではないのなら、このイニシャルは誰を指すのか。
そして、なぜ第二備品庫の中に落ちていたのか。
視線が、自然と白石理沙へ向かう。
白石理沙。
Risa Shiraishi。
イニシャルは違う。
だが、彼女の顔は明らかに何かを知っている者の顔だった。
理沙は唇を震わせ、画面を見つめていた。
透真は理解した。
未央は助かった。
だが、主催者はまだわからない。
誰がこのゲームを乗っ取ったのか。
未央の救出で全てが終わったわけではない。
相関図が暴こうとしているのは、未央の居場所ではなかった。
このゲームを始めた人物。
友情相関図の主催者。
間違いなく、この相関図はクラスの関係を壊しにかかっている。
それを見つけるまで、二年三組の線は解けない。
透真はスマホの画面を見た。
新しいカウントダウンが始まっている。
> 制限時間
> 24:00:00
残り一日。
最後の二十四時間が、始まった。




