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友情相関図  作者: えんびあゆ


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第27話 「……ごめん」

旧体育倉庫までの道のりが、こんなに長かったことはなかった。

視聴覚準備室を飛び出した二年三組の生徒たちは、旧校舎の廊下を駆け抜けた。


先頭を走るのは白石理沙だった。

顔色は真っ青で、息も乱れている。

それでも足を止めない。


そのすぐ後ろを、黒川奏太が走る。

右手には、第二備品庫の鍵。


葛西悠真が廊下の角で叫ぶ。


「階段、気をつけろ!」


羽田千尋がスマホを握ったまま、その後を追う。

宮野咲良は田辺麻衣の手を引いて走り、田辺は泣きそうな顔でそれについていく。

早瀬凛は無言で走っていた。

瀬戸真琴は、何かに追われるような顔をしている。

桃井紗季も、最後尾に近い位置で走りながらスマホのカメラで撮影をしていた。


そして透真は、全員の足音を聞きながら走っていた。


――見ているだけでは、届かない。


さっき自分で思った言葉が、胸の奥で何度も響いている。


透真は走るのが得意ではない。

息が切れる。

肺が痛い。

足が重い。


それでも、止まれなかった。


未央が第二備品庫の中にいるかもしれない。

換気口が半分塞がっている。

時間がない。


その情報が本当かどうかはわからない。

だが、嘘だと決めつけるには危険すぎる。


旧校舎を抜け、校舎裏へ出る。

昼の光が一瞬まぶしかった。


旧体育館の横にある倉庫が見える。

重い鉄扉。

くすんだ壁。

その奥に、第二備品庫がある。


黒川が旧体育倉庫の入口へ駆け寄り、鍵を開ける。


「開けるぞ!」


鉄扉が軋む音を立てて開いた。

中は、さっきと同じようにほこりっぽく、薄暗かった。

理沙が真っ先に飛び込む。


「未央!」


声が倉庫内に反響する。

返事はない。


それでも理沙は止まらない。

パイプ椅子を避け、古いマットの間を抜け、第二備品庫の扉へ向かう。


黒川が鍵を握りしめて続く。

透真もその後を追った。

第二備品庫の扉は、相変わらずそこにあった。


白くかすれた文字。

錆びた取っ手。

閉ざされた扉。


理沙が扉に両手をつく。


「未央!今開けるから!」

「どけ!」


黒川が鍵を差し込もうとする。

だが、鍵穴にうまく入らない。


「くそっ、どっち向きだこれ!」

「落ち着け」


葛西が横から手を伸ばす。


「貸せ」

「俺がやる!」

「手が震えてる。貸せ!」


黒川は一瞬怒鳴り返しそうになったが、鍵を渡した。

葛西は深く息を吸い、鍵を鍵穴に差し込む。


金属が擦れる音。


カチリ。


鍵が回った。


理沙が扉を引こうとする。

しかし、扉はすぐには開かなかった。


「何で!?」

「古くて固まってる!」

葛西が叫ぶ。


「一緒に引け!」


黒川が取っ手を掴む。

葛西も横から手をかける。

理沙も加わる。


三人が力を込める。


扉は、ぎし、と嫌な音を立てた。

だが、少ししか動かない。


「何か引っかかってる!」

黒川が叫ぶ。


「内側に物が倒れてるのかも!」

羽田がスマホのライトを向ける。

扉のわずかな隙間から、中の暗がりが見えた。


空気が流れてこない。

透真は、その隙間を見た瞬間、胸が冷えていくのを感じた。


「全員どけ」

透真が言った。


黒川が振り返る。

「は?今――」

「扉を引くだけじゃ駄目だ。下に何か挟まってる。押してから引く」

「そんなのわかるのかよ」

「隙間の下に布が見える」


全員が扉の下を見る。

確かに、黒っぽい布の端が挟まっていた。

古い暗幕か何かだろう。


「一回押す。下の布をずらす。葛西、扉を少し持ち上げる感じで押せ。黒川は右に引くな。まっすぐ。瀬戸、そこの木材を持ってこい。てこの代わりに使う」


自分でも驚くほど、透真の声ははっきりしていた。

誰もすぐには反論しなかった。

瀬戸が慌てて木材を取ってくる。

葛西が扉の下に木材を差し込む。


「やるぞ」

透真が言う。


「一、二、三」


葛西が押し上げる。

黒川が扉を引く。

瀬戸が木材を支える。

理沙が隙間に手をかけようとする。


「理沙、手を入れるな!」


凛が叫んだ。

理沙ははっとして手を引く。

次の瞬間、扉が大きく動いた。


ギィ、と金属が鳴る。


古い暗幕がずるりと床に落ち、第二備品庫の扉が半分ほど開いた。


理沙が叫ぶ。

「未央!」


中は暗かった。

羽田がライトを向ける。


古い棚。

段ボール箱。

倒れた暗幕。

使われていない照明器具。

そして、床に座り込んでいる人影。


橘未央だった。


「未央!」


理沙が中へ飛び込む。


未央は壁にもたれて座っていた。

制服はほこりで汚れ、髪は乱れている。

顔色は悪く、目は閉じている。


理沙が肩を抱く。

「未央!未央、起きて!」

未央のまぶたがわずかに動いた。


「……り、さ……?」


かすれた声。


その声を聞いた瞬間、理沙の顔が崩れた。


「未央!よかった……!」

「泣くな、まだ安心するな」


透真は言った。

理沙が睨む余裕もないまま、未央を支える。


「葛西、先生を呼べ。救急車も必要かもしれない」

葛西が一瞬固まる。


「でも、大人に――」

「もういい」


透真は短く言った。

「未央が見つかった。優先順位が変わった。大人に話すなというルールより、未央の体調が先だ」

葛西は頷き、スマホを取り出す。

「羽田、時間を記録しろ。未央の状態、発見場所、桃井の証言。あとで必要になる」

「わかった」

羽田は震える指でメモを取り始める。


「黒川、水」

「あるわけ――」

「私、持ってる!」

咲良が鞄からペットボトルを取り出した。


「未開封。これ」

「田辺、保健室まで走れるか」

田辺はびくっとした。


「え、私?」

「保健の先生を呼べ。咲良、一緒に行け」

咲良は田辺の手を握る。


「行こう」

田辺は頷き、二人で倉庫を出ていった。

「瀬戸、入口を開けたまま固定しろ。空気を入れる」

瀬戸はすぐに動いた。


透真は、指示を出しながら自分の声をどこか遠くに聞いていた。

自分は何をしているのだろう。

さっきまで、ただ見ている側だった。

誰が嘘をつき、誰が隠し、誰が怯えているかを観察する側だった。


だが今、自分は動いている。

考えるより先に、言葉が出ている。


未央を救うために。


その事実が、少しだけ気持ち悪かった。

だが、止まる気はなかった。

未央は理沙に支えられながら、薄く目を開けた。


「……ごめん」


最初に出てきた言葉がそれだった。

理沙が泣きながら首を振る。


「謝らないで。今は謝らなくていい」

「でも……」

「いいから!」

理沙の声が震える。


「今は、生きてるだけでいいから」


未央は、ほんの少しだけ目を細めた。

笑おうとしたのかもしれない。

けれど、その表情は痛々しかった。


凛が入口近くで立ち止まっていた。


未央を見る。

けれど近づけない。


未央も凛に気づいた。


「凛……ちゃん」


凛の肩が揺れた。

未央は何かを言おうとする。

だが、透真が遮った。


「今は喋るな」


未央は透真を見た。


ぼんやりした目。

それでも、透真を認識したらしい。


「雨宮……くん」

「説明は後でいい」

「……救いに、来てくれたの?」


その言葉に、透真は一瞬止まった。


救いに来た。


救済者。


相関図の赤い線。


橘未央 → 雨宮透真

救済者 92%


透真は、静かに言った。


「違う」


理沙が顔を上げる。

未央も、ぼんやりと彼を見る。


「俺一人じゃない」

透真は周囲を見た。


理沙。

凛。

葛西。

羽田。

黒川。

瀬戸。

咲良と田辺は保健室へ走っている。

そして、桃井は扉の外で立ち尽くしている。


「全員で来た」

未央は少しだけ目を見開いた。

その目に、安堵なのか後悔なのかわからないものが浮かぶ。


「そっか……」

彼女は小さく言った。

「よかった」

「よくない」

透真は言った。


「お前は、自分を閉じ込めた相手にまで理由を与えようとしてる」


理沙が「雨宮くん」と制止しかける。

だが透真は止まらなかった。


「今は喋るなと言った。でも、一つだけ言っておく。謝るな。少なくとも今は。お前が謝ると、みんなそれに甘える」


未央は、目を閉じた。

その言葉が届いたのかどうかはわからない。

だが、彼女はもう「ごめん」とは言わなかった。


その時、倉庫の外から足音が聞こえた。


榊原直人だった。


葛西が呼んだのだろう。

榊原は息を切らして旧体育倉庫に入ってきた。


「橘!」

彼は第二備品庫の中を見て、顔色を変えた。

そして、生徒たちを見回す。


「何があった」

誰もすぐには答えられなかった。

だが今回は、沈黙が逃げではなかった。


説明しなければならない。

大人に話さなければならない。


それを、全員が理解していた。

葛西が震える声で言う。


「先生。全部、話します」


榊原は葛西を見る。


「全部?」

「去年のことも。相関図のことも。未央が消えたことも」


榊原の顔が強張る。

凛が静かに言った。

「今度は、聞くだけじゃ済ませないでください」


榊原は何も言えなかった。


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