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友情相関図  作者: えんびあゆ


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26/38

第26話 「あなたは、友達を信じていないんじゃない」

視聴覚準備室の空気が、止まった。


古いモニター。

絡まったケーブル。

埃をかぶった三脚。

使われなくなったビデオカメラ。


そのすべてが、今は誰かの視線のように見えた。

雨宮透真は、スマホの画面を見つめていた。


> 特別問題。

> 雨宮透真が、最初に友達を信じなくなった理由を答えよ。


自分の名前。

自分に向けられた問い。

これまで透真は、問いを解く側にいた。


橘未央が最後に会った人物。

未央が謝ろうとしていた相手。

相沢芽衣を最初に相関図から消した人物。

友情値が最も高い二人。

未央が本当に守ろうとしていた人物。

未央を第二備品庫へ導いた人物。

第二備品庫の鍵を閉めた人物。


誰かの秘密を暴き、誰かの嘘を見抜き、誰かの関係を線にしていく。

その役割に、透真は慣れていた。

否、心の奥底で透真は楽しんでいた。


人を見る側。

観察する側。

傷つく場所から一歩離れた場所に立つ側。


だが今、相関図は透真を盤面の中央へ引きずり出した。

視線が集まる。


白石理沙が透真を見る。

早瀬凛が見る。

宮野咲良が、田辺麻衣の手を握ったまま見る。

葛西悠真が、羽田千尋が、黒川奏太が、瀬戸真琴が、桃井紗季が見る。


教室で何度も人を見てきた透真が、今度は見られている。

それは、ひどく不快だった。


「……何だよ、これ」

黒川がつぶやいた。


「雨宮の問題?」

羽田はスマホの画面を凝視している。


「特別問題って表示になってる。第七問とは別扱い。というか、第七問の回答欄が消えてる」

画面には、確かに新しいカウントダウンが表示されていた。


> 特別問題

> 制限時間 00:30:00


三十分。

短い。

まるで、これくらいならすぐに答えられるはずだと言わんばかりだった。


桃井紗季が、窓際の机に座ったまま小さく笑った。

「雨宮くん、黙っちゃった」


透真は彼女を見る。

桃井の表情には、これまでのような余裕がある。

だが、その奥に少しだけ期待もあった。


自分を見てほしい。

自分が見ていたものを、誰かにも見せたい。


桃井の行動の根にあるものが、透真には少しずつ見えてきていた。

けれど今、それを口にする余裕はない。

問題は、透真自身へ向いている。


「答えなくていい」

理沙が言った。


透真は彼女を見る。

「何?」

「こんなの、未央を助けることと関係ない」

「関係ない問題を、わざわざ出すとは思えない」

「でも、あなたの過去を晒す必要はない」

理沙の声は、思ったより強かった。


それが意外だった。


これまで理沙は、未央を助けるためなら透真を使うと言っていた。

透真の個別通知も見せろと言った。

必要なら疑うとも言った。


その理沙が今、「答えなくていい」と言った。


「白石さん、優しいね」

桃井が言う。

その声には皮肉があった。

「未央さんがいないと、代わりに誰かを守りたくなるの?」

理沙は桃井を睨む。


「黙って」

「黙らないよ。だって、これがゲームだもん」

「あなたが未央を閉じ込めたんでしょ」

「うん」


桃井はあっさり頷く。


「だから第七問には答えればいい。答えは桃井紗季。それで正解すると思う」

「じゃあ今すぐ答えさせて!」

「でも今は、特別問題が先」


桃井はスマホを軽く振った。

「ルールが変わったんだよ」


黒川が苛立ったように机を蹴った。

「ふざけんなよ!未央が閉じ込められてるかもしれないんだぞ!」

「そうだね」

「そうだねじゃねえよ!」

黒川が桃井に詰め寄ろうとする。


葛西が止めた。

「黒川、落ち着け」

「落ち着いてられるかよ!」

「ここで暴れても鍵は開かない」

葛西の声は苦しかった。


正しいことを言っている。

けれど、その正しさに自分でも苛立っているようだった。


透真はスマホを見た。


> 00:27:42


時間は減っていく。


逃げることはできる。

黙ることもできる。

答えずに放置することもできる。


だが、それで何が起きるかはわからない。


田辺の名前が消されたときのように、相関図は勝手に何かを晒すかもしれない。

あるいは、未央の状況が悪化するかもしれない。


透真は小さく息を吐いた。

「俺が答える」


理沙が目を見開く。

「雨宮くん」

「時間がない」

「でも」

「俺の過去が晒されるのと、未央の扉が開かないのと、どっちが重要かくらいわかる」


理沙は言葉を失った。

凛が静かに透真を見る。


「本当にいいの」

「よくはない」

透真は答えた。


「でも、どうせ相関図は黙ってても暴く」


それは、理沙に言った言葉と同じだった。

言わなければ、もっと悪い形で晒される。

なら、自分の口で言ったほうがまだましだ。


そう思うこと自体、相関図のルールに乗せられている。


わかっていた。


それでも、今は選べる手が少ない。


桃井がスマホを向けた。

「じゃあ、聞かせて」

その仕草はまるで録画でもしているようだった。


羽田が不快そうに言う。

「桃井さん、撮ってないよね」

「撮ってないよ」

「本当に?」

「今はね」

羽田は顔をしかめた。


透真は、部屋の中央に立ったまま話し始めた。

「中学のとき、友達だと思っていたやつがいた」


自分の声が思ったより平坦で、透真は少しだけ嫌になった。

まるで、誰か他人の話をしているみたいだった。


「同じクラスで、席が近くて、委員会も一緒だった。昼休みに話すことも多かった。家に行ったこともある。たぶん、当時の俺はそいつを好きだったし、親友だと思ってた」


――親友。


この言葉を自分の口から出すのは、ひどく気持ちが悪かった。


理沙が、黙って聞いている。

凛も、咲良も、田辺も、全員が黙っている。


「その頃、俺は家のこととか、クラスのこととか、少し面倒なことを抱えてた」


詳しく言うつもりはなかった。


家庭の事情。

クラスでの孤立。

誰かに言うには重く、言わないでいるには少し苦しいこと。


今ここで、それを全て晒す必要はない。

相関図が求めているのは、最初に友達を信じなくなった理由だ。


「そいつには少しだけ話した。全部じゃない。でも、他のやつには言ってほしくないって言った」


その時の教室を思い出す。


放課後の空き教室。

窓から入る西日。

机に置かれたプリント。

相手が真剣な顔で頷いたこと。


『言わないよ』


そう言った声。


「でも、次の日にはクラスの何人かが知ってた」


咲良が小さく息を呑む。

「広められたの?」

「そいつは、広めたつもりはなかったらしい」

透真は言った。


「心配だったから、信頼できる人に相談したって言った。自分一人では抱えられなかったって。俺のためだったって」


理沙の表情が変わる。

凛は目を伏せた。

その構図に、彼女たちは心当たりがありすぎるのだろう。


「俺のため」

透真は、その言葉をもう一度口にした。


「その言葉が、一番嫌だった」

部屋の中に、静かな緊張が広がる。


「悪意だったら、まだよかった。面白がって言いふらしたなら、嫌えば済んだ。でもそいつは本当に心配してた。たぶん、本気で俺を助けようとしてた」


透真は、未央の顔を思い出した。


中学の頃、委員会で一緒になった未央。

字が綺麗だと声をかけてきた未央。

何も知らないくせに、自然に踏み込んでくる優しさ。


それは受け取りかたによっては善意からの救済だし、偽善からの裏切りともとれる。


「だから、わからなくなった」

透真は言った。


「悪意より、善意のほうが厄介だと思った。悪意は避ければいい。でも善意は、こっちが拒むとこっちが悪者になる」


誰も何も言わなかった。

桃井の笑みも、いつの間にか消えていた。


「その友達は謝った。何度も。悪気はなかった、心配だった、助けたかったって」

透真は目を細める。


「でも俺は、そいつを許せなかった。許さなかった。そのまま距離を置いた」

「それが、最初に友達を信じなくなった理由?」


理沙が小さく聞いた。

透真は頷く。


「たぶん」

「たぶん?」

「正確には、そのとき初めて気づいた。友達って、信じるほど相手に自分を渡すことなんだって。渡したものをどう扱うかは、相手次第だって」


凛が静かに言う。

「だから、渡さないことにした」

「そうだ」

透真は凛を見る。


「見てるだけなら、渡さなくて済む。誰が誰を好きで、誰が誰を嫌っていて、誰が嘘をついているか。それを見ているだけなら、自分は傷つかない」


その言葉は、自分で言っていて不愉快だった。

だが、事実だった。


透真は人間関係を見ているつもりだった。

誰よりも冷静に、誰よりも正確に。


でも本当は、関係の外側にいる理由を探していただけかもしれない。


傷つかないために。


誰かを信じなくて済むように。


桃井が静かに笑った。


「やっぱり、雨宮くんは私に似てる」

「似てない」

「似てるよ。私は撮る側。雨宮くんは見る側。どっちも中には入らない」


透真は桃井を見た。


「でも、お前は鍵を閉めた」

「うん」

「俺は閉めてない」

「そうだね。でも、見てるだけでも人は消えるよ」


その言葉に、透真は黙った。


反論は簡単だった。

自分は相沢芽衣を知らない。

去年のことには関わっていない。

未央の失踪にも、少なくとも直接は関係していない。


だが、今はどうか。


透真はこのゲームの中で、ずっと見ていた。

誰かの秘密が暴かれるのを。

誰かが泣くのを。

誰かが追い詰められるのを。


未央を助けるという名目で。

もしかしたら、その一部を楽しんでいた。

自分が見抜いたことが当たるたびに、冷たい満足があった。

相関図によりクラスが混乱していくことに、どこか楽しんでいた。


否定できない。


「雨宮くん」

咲良が言った。


透真は彼女を見る。

咲良は泣き疲れた顔をしていた。

でも、さっきよりはまっすぐこちらを見ている。


「私、雨宮くんのこと、ずっと嫌なやつだと思ってた」

「今もだろ」

「今も」


咲良は即答した。

それから、少しだけ言葉を詰まらせる。


「でも、嫌なやつでも、ずっと見てたんだね」

「何を」

「私たちが見ないようにしてたもの」


透真は何も答えなかった。

それは褒め言葉ではない。

責め言葉でもない。


ただの事実に近かった。


理沙が言う。

「あなたは、友達を信じていないんじゃない」


透真は彼女を見る。

「何?」

「信じたら、また裏切られるのが怖かっただけでしょ」


その言葉は、あまりにもまっすぐで、透真は一瞬返せなかった。

胸の奥に、古い棘が触れた。


「知ったようなことを言うな」

「知らないわよ」

理沙は言った。


「でも、今の話を聞けばわかる。あなたは友情を馬鹿にしてるんじゃない。ずっと怒ってるの。信じたかった相手に、善意で裏切られたことを」


透真は理沙を睨んだ。

理沙は視線を逸らさない。


「だから未央の優しさも嫌だった。未央が誰にでも優しいから。誰かを救おうとして、相手を傷つけることがあるって知ってたから」

「それの何が悪い」

「悪くない」


理沙は首を横に振る。


「でも、それだけじゃ未央は助けられない」


沈黙。


その言葉は、正しかった。


透真が未央の善意の危うさを見抜いていたとしても。

未央が自分を守れていないことに気づいたとしても。

他人の嘘を見抜くことができたとしても。


それだけでは、扉は開かない。

見ているだけでは、未央は助からない。


スマホが震えた。

相関図が更新された。


透真の名前が中央近くに表示される。


> 雨宮透真 → 友情

> 拒絶 89%


次に、別の線。


> 雨宮透真 → 橘未央

> 拒絶された救済 76%


さらに、新しい線が現れる。


> 橘未央 → 雨宮透真

> 救済者 92% → 共犯者 41%


透真は眉をひそめた。

「共犯者?」


桃井が画面を覗き、少し笑う。

「面白いね」


匿名アカウントからメッセージが届く。


> 正解。

> 雨宮透真が友達を信じなくなった理由は、善意による裏切り。


続けて、次の文章。


> では、第七問に戻ろう。

> 第二備品庫の鍵を閉めた人物は誰か。


回答欄が再び表示される。


残り時間。


> 00:22:14


透真はスマホを握り直した。

自分の話は終わった。

だが、妙な感覚が残っている。


自分の中身を少しだけ引きずり出され、床に置かれたような感覚。


不快だ。

だが、軽くもあった。


ずっと一人で持っていたものが、無理やりではあるが言葉になった。

それは、透真が望んだことではない。

しかし、もう戻せない。


「答えは――、桃井紗季」


透真は言った。

桃井は、にこりともせずにこちらを見た。


「そうだね」

「お前が鍵を閉めた」

「うん」

「だが、主催者は別にいる」

「うん」

「そして、お前を動かしたのも別の人物だ」


桃井は答えない。

透真はスマホの回答欄に文字を打つ。


> 桃井紗季


送信。


全員の画面が暗転する。

短い沈黙。


> 正解。


理沙が息を呑む。

しかし、すぐにメッセージが続いた。


> 第二備品庫の鍵は、視聴覚準備室の机の中。


全員が机を見る。

桃井が座っていた窓際の机。


黒川がすぐに駆け寄り、引き出しを開ける。

中には、小さな鍵が入っていた。


「これか!」

黒川が鍵を掲げる

理沙が駆け出そうとする。


だが、スマホがまた震えた。


> ただし、急がないと間に合わない。

> 第二備品庫の換気口は、半分塞がっている。


理沙の顔から血の気が引いた。

「未央……!」

「走るぞ!」

葛西が叫ぶ。


全員が一斉に視聴覚準備室を飛び出した。

旧校舎の廊下を走る。

階段を駆け下りる。


誰ももう、先生に見つかることを気にしていなかった。

大人に話すなという警告も、この瞬間だけは頭から消えていた。


未央が息苦しい場所にいるかもしれない。

それだけで十分だった。


透真も走った。


息が切れる。

足音が廊下に響く。

理沙が先頭で走り、黒川が鍵を握って続く。

凛が、咲良が、田辺が、葛西が、羽田が、瀬戸が、桃井さえも走っていた。


透真は、走りながら思った。

見ているだけでは、傷つかない。

けれど、走らなければ届かない場所がある。


旧体育倉庫の扉が見えた。

第二備品庫の鍵は、黒川の手の中にある。


未央は、まだ生きている。

そう信じるしかなかった。

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