第25話 「今度は、あなたの線を見せてよ」
「私はずっと撮ってた。みんなの写真。文化祭の動画。準備中の様子。誰が誰と話してるか。誰が誰を見てるか。誰が笑ってて、誰が笑えてないか」
彼女の声は静かだった。
「でも、私のことは誰も見てなかった」
視聴覚準備室の古い機材が、沈黙の中で存在感を増す。
桃井は続ける。
「芽衣さんのことも、最初に気づいたのは私だった。あの子、写真に写るたびに笑えてなくなっていった。文化祭の動画でも、どんどん声が小さくなってた。私はそれを残してた」
「なら、どうして助けなかった」
凛が言った。
桃井は凛を見る。
「助けるって、どうやって?」
「それは……」
「早瀬さんだって助けられなかった。未央さんだって助けられなかった。葛西くんも、宮野さんも、羽田さんも、黒川くんも、理沙さんも。みんな見てたのに、助けられなかった」
桃井は自分のスマホを見下ろす。
「私は記録しただけ」
「記録して、広めたんだろ」
羽田が言った。
桃井は笑った。
「羽田さんには言われたくないな」
羽田が言葉を失う。
桃井は続ける。
「私は動画を切り取った。でも、広めたのは私だけじゃない。笑ったのも私だけじゃない。面白がったのも私だけじゃない」
「またそれかよ」
黒川が吐き捨てる。
「私だけじゃない、ってやつ」
「そう」
桃井は頷いた。
「みんなそう言うでしょ。だから私も言う。私だけじゃない」
その言葉は開き直りに聞こえた。
だが、それだけではない。
桃井は、自分も同じ言い訳を使うことで、クラス全員を同じ場所に引きずり下ろそうとしている。
「鍵を閉めた理由は?」
透真が聞く。
桃井は彼を見る。
「未央さんが、また逃げようとしたから」
「逃げる?」
「第二備品庫で、未央さんは去年の動画を見た。芽衣さんの動画。田辺さんの動画。理沙さんが消した線。全部」
理沙が小さく震える。
「未央は、それを見てどうした」
「泣いてた」
桃井は言った。
「それで、『もう無理』って言った」
理沙の目が見開かれる。
「未央が……?」
「未央さんは、自分がみんなを救えなかったことをやっと認めた。でも、それでもまだ誰かを守ろうとしてた。田辺さんも、咲良さんも、凛さんも、理沙さんも、瀬戸くんも」
桃井の視線が、一人ずつをなぞる。
「だから私は思った。未央さんが外に出たら、また同じことをするって」
「だから閉じ込めた?」
葛西が信じられないという顔で言う。
「そんな理由で?」
「そんな理由?」
桃井の目が冷たくなる。
「未央さんが出てきたら、みんな未央さんに甘える。未央さんが泣いて、謝って、みんなの間に立って、それで終わりになる。芽衣さんのときみたいに」
「終わりになんかしない」
理沙が言う。
桃井は小さく笑った。
「理沙さんはそう言うよね。でも去年も、理沙さんは未央さんの隣にいただけだった」
理沙は何も言えなくなる。
凛が低く言う。
「未央を閉じ込めたら、何か変わるの?」
「変わるよ」
桃井は即答した。
「未央さんがいないと、みんな自分で考えるしかない。未央さんに仲裁してもらえない。未央さんに謝ってもらえない。未央さんに優しくしてもらえない」
透真は桃井を見た。
「未央を中心から外すために閉じ込めたのか」
「うん」
「相関図に載れなかった自分を見せるために?」
桃井の笑みが止まる。
初めて、彼女の表情が揺れた。
「雨宮くんは、嫌なこと言うね」
「よく言われる」
「でも、半分正解」
「残り半分は?」
「頼まれたから」
空気が凍った。
透真は目を細める。
「誰に」
桃井は答えない。
「主催者か」
「……」
「桃井、お前は主催者じゃない。けれど、誰かに頼まれて鍵を閉めた。もしくは、主催者の計画に乗った」
桃井はスマホを握りしめた。
その反応で十分だった。
「誰だ」
透真が問う。
桃井は、ゆっくり視線を動かした。
その視線は、白石理沙へ向かった。
理沙の顔が青ざめる。
「私じゃない」
桃井は微笑む。
「理沙さんじゃないよ」
理沙が息を呑む。
「でも、理沙さんが始めた」
教室から来た全員の視線が、理沙へ突き刺さった。
理沙は目を見開く。
「何を……」
「友情相関図」
桃井は言った。
「最初に作ったのは、理沙さんと未央さん。去年の手書きの相関図じゃなくて、今回のゲームのほう」
「違う!」
理沙は叫んだ。
だが、その否定は今までで一番脆かった。
透真は理沙を見る。
彼女は震えていた。
怒りではない。
恐怖。
隠していたものが、ついに外へ出される恐怖。
「白石」
透真は言った。
「違うなら、説明しろ」
「私は……」
理沙の声が出ない。
桃井が楽しそうに続きを言う。
「未央さんを殺すためじゃないよ。理沙さんはそんなことしない。これは告発ゲームだった。芽衣さんのことを忘れたクラスに、もう一度思い出させるための、ね」
凛が息を呑む。
葛西が呆然とする。
羽田が小さく「嘘」とつぶやく。
「理沙さんは、未央さんと一緒に考えた。未央さんを一時的に隠して、みんなに問いを出す。相関図を見せる。クラスの線を暴く。最後に、みんなで芽衣さんのことを思い出す」
桃井の声は、やけに滑らかだった。
「でも、理沙さんは途中で怖くなった。未央さんも揺れた。だから私が手伝ってあげた」
「手伝った?」
透真が聞く。
「うん。未央さんが逃げないように」
理沙が叫んだ。
「違う!私は、未央を閉じ込めてなんて頼んでない!」
「だから言ったでしょ。理沙さんじゃないって」
桃井は首を傾げる。
「私は、別の人に頼まれた」
「誰だ!」
黒川が怒鳴る。
桃井はスマホを操作した。
全員のスマホが震える。
匿名アカウントから、新しいメッセージが届いた。
> 第七問の答えをどうぞ。
> 第二備品庫の鍵を閉めた人物は誰か。
回答欄。
残り時間。
> 00:38:09
透真は桃井を見る。
「答えは桃井紗季だな」
桃井は何も言わない。
ただ、待っている。
透真は続けた。
「だが、鍵を閉めた人物を答えても、主催者はわからない。お前を動かした人物も、また隠れる」
桃井は小さく笑った。
「雨宮くんは、本当に見てるだけなんだね」
「何?」
「みんなのことはよく見るのに、自分のことは見ない」
透真の胸の奥が、わずかに冷える。
桃井は薄ら笑いを浮かべながら続ける。
「このゲーム、雨宮くんにも問題があるんだよ」
次の瞬間、全員のスマホが再び震えた。
画面が切り替わる。
第七問の表示が消え、新しい文字が現れる。
> 特別問題。
> 雨宮透真が、最初に友達を信じなくなった理由を答えよ。
教室の誰もが、透真を見た。
理沙も。
凛も。
咲良も。
田辺も。
葛西も。
羽田も。
黒川も。
瀬戸も。
桃井さえも。
透真は画面を見つめた。
自分の名前。
自分に向けられた問題。
「雨宮くん、みんなに教えてあげなよ。なんで友達を信じないのか?心の底ではこのゲームを楽しんでいるんでしょ?」
今度は逆に透真が追い詰められた。
相関図が、ついに透真自身を盤面に置いた。
胸の奥に、古い記憶が沈んでいる
中学時代。
親友だと思っていた相手。
心配だからと秘密を話された日。
善意という名前の裏切り。
透真は、静かにスマホを握りしめた。
桃井が言った。
「ねえ、雨宮くん」
その声は、どこか楽しそうだった。
「今度は、あなたの線を見せてよ」
旧校舎の視聴覚準備室に、誰の声もなかった。
カウントダウンだけが、静かに進んでいた。




