表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
友情相関図  作者: えんびあゆ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/38

第24話 「それを私が言ったら、つまらないでしょ」

旧校舎の空気は、昼間でも冷たかった。


廊下の窓から光は入っている。

けれど、その光は床まで届く前に、古いガラスと薄い埃に濁らされているようだった。


二年三組の生徒たちは、誰も話さずに歩いていた。


先頭に雨宮透真。

そのすぐ後ろに白石理沙、早瀬凛。

少し遅れて宮野咲良と田辺麻衣。

葛西悠真、羽田千尋、黒川奏太、瀬戸真琴が続く。


文化祭前の学校とは思えない行列だった。

向かう先は、旧校舎三階の視聴覚準備室。

そこに桃井紗季がいるかもしれない。


桃井紗季。


今まで、友情相関図の中心にはいなかった名前。

クラスにはいた。

でも、誰も大きく意識していなかった。


写真や動画を撮るのが好きで、文化祭の記録係に近いことをよくしていた女子。

田辺と同じ係だったことがある。

未央がかつて、芽衣と田辺を繋ごうとしたとき、その周辺にいた人物。


そして今、相関図は彼女を示した。


> 桃井紗季 → 相沢芽衣

> 記録 83%


> 桃井紗季 → 白石理沙

> 怨恨 69%


> 桃井紗季 → 橘未央

> 代行 72%


鍵を閉めた人物は、今この中にはいない。


さらにヒント。


> 鍵を閉めた人物は、友情相関図に名前を載せてもらえなかった。


名前を載せてもらえなかった。

その言葉は、相沢芽衣だけでなく、桃井紗季にも当てはまる。


いや、もっと正確に言えば。

相関図の外側にいた者すべてに当てはまる。


クラスの中心で笑う未央。

その未央の隣にいた理沙。

咲良のグループ。

黒川たち男子グループ。

委員長の葛西。

情報を拾う羽田。

孤立していた凛。

未央に執着していた瀬戸。


それらは、相関図に描かれるだけの存在感を持っていた。


だが、桃井は違った。


記録する側。

撮る側。

見る側。


誰かの関係を写真や動画に残しながら、自分自身はその関係の線の中に入っていなかった。


透真は、そこにわずかな既視感を覚えていた。

観察者。

誰にも深く関わらず、教室の端から人間関係を見ている者。


自分も同じだ。


ただ、透真は見るだけだった。

桃井は記録した。

その違いが、今の事件に繋がっているのかもしれない。


階段を上がる途中、田辺麻衣が小さく咲良の袖を掴んだ。

「……咲良ちゃん」

「大丈夫」

咲良は即座に言った。


その声は、少し震えていた。

けれど、田辺の手を振り払わなかった。


「私、いるから」


田辺は小さく頷く。

それを見て、凛が少しだけ目を伏せた。


去年、芽衣に対して起きなかったこと。

あのとき間に合わなかったもの。


それが今、遅れて別の形で起きている。

透真は、階段の踊り場で一度立ち止まった。


「視聴覚準備室に着いたら、勝手に喋るな」


黒川が眉をひそめる。

「また命令かよ」

「桃井が本当に鍵を閉めた人物なら、追い詰めすぎると逃げる。あるいは、スマホで何かする」


羽田が頷く。

「相関図アカウントに関わってる可能性もあるしね」

「主催者ではないって出てたけど」

葛西が言う。


「主催者じゃなくても、端末を持ってる可能性はある」

透真は続けた。

「最初に話すのは田辺」

田辺がびくっとする。


「私?」

「桃井を見たのはお前だ。しかも、田辺と桃井には去年から接点がある」

「でも……」


田辺は不安そうに咲良を見る。

咲良は少し迷ったあと、頷いた。

「私も隣にいる」


「その次は羽田」

透真は言った。

「桃井が動画や編集に関わっていたかどうか、確認できるのはお前だ」

羽田は硬い表情で頷く。

「わかった」


「白石は喋るな」

理沙が顔を上げる。

「どうして」

「桃井はお前に怨恨を持っている表示が出ている。お前が最初に喋ると拗れる」

「……わかった」

理沙は反論しなかった。

それが逆に、彼女の疲労を示していた。


視聴覚準備室の前に着く。


古いプレート。

曇ったガラス窓。

中は暗い。


扉は少しだけ開いていた。

羽田が小さく息を呑む。


「いるかも」


透真は扉に手をかけた。


ゆっくり開く。


視聴覚準備室には、古い機材が詰め込まれていた。


ビデオカメラ。

壊れた三脚。

古いプロジェクター。

モニター。

コードの絡まった箱。

使われなくなったノートパソコン。


そして、窓際の机に、一人の女子生徒が座っていた。


桃井紗季。


肩までの髪を小さく結び、膝の上にスマホを置いている。

目立つタイプではない。

教室にいても、誰かの視界の端にいるような生徒だった。


だが今、彼女は全員の視線を受けていた。

桃井は驚かなかった。

むしろ、来るのを待っていたように顔を上げた。


「遅かったね」


その声は、思ったよりも落ち着いていた。

田辺が咲良の後ろで身を強張らせる。

透真は一歩入る。


「桃井紗季」

「うん」

「第二備品庫の鍵を閉めたのはお前か」


田辺に話させる予定を、透真は変えた。

桃井の目を見た瞬間、回り道は不要だと判断した。

彼女は逃げる気がない。

むしろ、聞かれたがっている。


桃井は少しだけ笑った。

「そうだよ」


教室から来た全員が息を呑んだ。

あまりにもあっさりした肯定だった。

理沙が一歩踏み出しかける。

透真は手で制した。


「未央は中にいるのか」

桃井は首を傾げた。

「いると思う?」

「質問に答えろ」

「たぶん、いるよ」


理沙が息を呑む。

「たぶんって何!?」


桃井は理沙を見る。

その目に、感情が浮かんだ。


怨み。

憧れ。

軽蔑。

それらが薄く混ざったような目。


「理沙さん、怒るんだ」

「当たり前でしょ!未央を閉じ込めたの!?」


「閉じ込めたのは、私」

桃井は静かに言う。

「でも、未央さんをそこまで連れていったのは理沙さんでしょ」


理沙の顔が強張る。

凛が低く言った。

「そういう言い方、やめなよ」


桃井は凛を見る。

「早瀬さんも怒るんだ」

「怒るよ」

「芽衣さんのときは、怒りきれなかったのに?」


凛の目が鋭くなる。

咲良が田辺の手を握り直した。

黒川が一歩前に出る。


「おい、ふざけんなよ。未央が本当に中にいるなら、鍵を出せ!」

「いつもクラスの中心で笑ってる黒川くんも怒るんだね」

「当たり前だろ!未央の命が掛かっているんだ!」


やれやれ、といった仕草で桃井は答える。


「今は出せない」

「何でだよ」

「ルールだから」


桃井はスマホを持ち上げた。


「第七問に答えたら、開く」

「あなたが出題してるの?」

羽田が聞く。


桃井は首を横に振る。

「違う。私は主催者じゃない」

「じゃあ誰」

葛西が聞く。


桃井は笑った。

「それを私が言ったら、つまらないでしょ」

「遊びじゃない!」

理沙が叫ぶ。


「未央が中にいるの!体調が悪そうだった!返事もない!なのに、つまらないって何!?」

桃井は理沙を見つめた。

「理沙さんは、未央さんが苦しんでるときだけ怒るんだね」

理沙の顔が白くなる。


「芽衣さんのときは?」

「……」

「田辺さんのときは?」

田辺がびくりとする。

「私のときは?」

その言葉で、空気が変わった。


桃井自身のとき。


透真は、そこを逃さなかった。

「お前も、相関図から消された側だと思っているのか」


桃井は透真を見る。

初めて、少し興味を持ったような目だった。


「わぁ、雨宮くんには、やっぱりわかるんだ」

桃井は近づき、透真の顔を覗き込んだ。


「私、思ってたんだ。雨宮くんは私に似てるって。クラスの端っこで醒めた顔して誰とも関わらずに観察してる」

「……」

「空気のように、そこに存在しているのに誰も気にしない。誰にも話しかけられない。まるでそこに存在していないかのように扱われる。ただ人間観察してるだけ」


そんな桃井の語りには一切触れず、透真は口を開く。


「答えろ」


――数秒の無音。


「そうだよ」

桃井は頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ