第23話 「そして、自分が信用されていないことを知った」
「誰だ」
透真は聞く。
羽田が答えた。
「クラスの女子。今は別グループにいるけど、去年は田辺さんと同じ係だった子。あんまり目立たないけど、スマホとか動画編集が得意」
「……」
透真は考える。わからない。
そんな女子がクラスに居たのだろうか?
もし、居たとしたら相当に目立たないし。
それに、今までクラス写真を何枚か見てきたが"桃井"という人物が、写真に載っていた記憶は無い。
「今日は?」
葛西が教室を見回す。
桃井紗季の席は、空いていた。
「欠席?」
咲良が言う。
羽田がスマホでクラスの連絡を確認する。
「遅刻扱い。朝からまだ来てない」
透真は黒板に名前を書く。
桃井紗季。
「理沙さんには、まだ言わない」
透真はその言葉をもう一度反芻する。
「白石。桃井と何かあったのか」
理沙は目を伏せる。
「去年、少しだけ話した」
「何を」
「芽衣さんのこと」
凛が顔を上げる。
「桃井さんと?」
「桃井さんは、田辺さんと同じ係だった。未央は、田辺さんが芽衣さんと話せるかもしれないって言ってたけど、田辺さん一人では動けない。だから、田辺さんの近くにいる桃井さんにも話を聞こうとしていた」
「未央が?」
「うん。でも、未央は途中でそれをやめた」
「なぜ」
理沙は苦しそうに言った。
「私が、止めたから」
また、理沙。
また、消された線。
凛の表情が険しくなる。
「どうして」
「桃井さんは、何でも記録する子だった。写真も動画も、会話も。私は、未央が桃井さんに近づいたら、芽衣さんのことが余計に広がると思った」
「それで?」
「未央に言った。桃井さんには話さないほうがいいって。あの子は、悪気なく何でも残すからって。他人の記録はする癖に自分の記録は何一つ残さないって」
「それ、桃井にも聞こえた?」
透真が聞く。
理沙は顔を上げる。
「え?」
「その言葉を、桃井は聞いていたのか」
理沙の顔から血の気が引いた。
「……わからない」
「たぶん聞いていたな」
透真は言った。
「そして桃井は、自分が信用されていないことを知った」
羽田が息を呑む。
「待って。桃井さん、去年の裏アカに関係してるって噂あった」
「何だって?」
葛西が聞き返す。
「確証はない。でも、芽衣さんの動画が切り取られて広まったとき、編集したのは桃井さんじゃないかって言われてた。本人は否定してたし、誰も追及しなかったけど」
「誰も追及しなかった」
透真は繰り返す。
「またそれか」
羽田は顔を伏せた。
相関図が更新された。
全員のスマホに、新しい線が表示される。
そこには今まで表示されなかった線――桃井紗季が追加されていた。
> 桃井紗季 → 相沢芽衣
> 記録 83%
> 桃井紗季 → 白石理沙
> 怨恨 69%
> 桃井紗季 → 橘未央
> 代行 72%
代行。
その言葉に、透真は目を細める。
「代行?」
理沙が呟く。
次の瞬間、匿名アカウントからメッセージが届いた。
> 近づいている。
> でも、桃井紗季は主催者ではない。
教室にざわめきが走る。
桃井は鍵を閉めた人物かもしれない。
だが、主催者ではない。
つまり。
「二人いる」
透真は言った。
理沙が彼を見る。
「何が」
「主催者と、実行者」
透真は黒板に書く。
主催者。
実行者。
介入者。
「このゲームを始めた人物と、未央を閉じ込めた人物は別だ」
教室が静かになる。
これまで、全員が漠然と同じ人物を想定していた。
相関図を送った人物。
未央を失踪させた人物。
未央を第二備品庫へ入れた人物。
鍵を閉めた人物。
だが、そうとは限らない。
理沙が震える声で言う。
「じゃあ、未央は……」
「最初は自分で動いた。誰かの言葉に導かれて旧体育倉庫へ来た。第二備品庫に入った。そこで誰かが鍵を閉めた」
透真は続ける。
「でも相関図ゲームは、それとは別に動いている」
「別に?」
「いや」
透真は少し考え直す。
「最初は同じ計画だったかもしれない。だが途中から、別の誰かが介入した」
その言葉は、教室中に冷たい波のように広がった。
二人目の主催者。
あるいは、主催者の計画を利用した人物。
理沙は何も言わなかった。
だが、その顔は蒼白だった。
透真は、その表情を見た。
理沙は何かを知っている。
相関図ゲームの根っこに、理沙が関わっている。
未央を導いたこと以上の何かを。
しかし今、それを問い詰める時間はない。
第七問の制限時間は残り一時間を切っている。
「桃井紗季を探す」
葛西が言った。
「連絡先は?」
羽田がすぐにスマホを操作する。
「ある。クラスLINEには入ってる。でも既読つかない」
「家は?」
「個人情報だから知らない」
「担任に聞くか?」
黒川が言いかけて、全員が黙る。
大人に話すな。
しかし、未央を閉じ込めた可能性のある生徒が欠席している。
探すには、大人の情報が必要かもしれない。
その時、田辺が小さく言った。
「私、知ってる」
全員が彼女を見る。
「桃井さんの家?」
咲良が聞く。
田辺は首を横に振った。
「行きそうな場所。去年、よく動画撮ってた場所」
「どこ」
田辺は言った。
「旧校舎の視聴覚準備室」
羽田が反応する。
「視聴覚準備室……あそこ、古いパソコンとかカメラ機材がある」
透真は黒板を見る。
旧校舎。
視聴覚準備室。
動画編集が得意な桃井。
相関図ゲーム。
第二備品庫の鍵。
線が繋がる。
しかし、匿名アカウントは桃井が主催者ではないと言った。
なら、桃井は誰かの指示で動いたのか。
あるいは、自分の意志で途中から介入したのか。
透真は理沙を見る。
「白石」
「何」
「桃井を動かせる人物に心当たりは」
理沙は目を逸らした。
答えは、まだ言わない。
だが透真は、ほぼ確信した。
理沙は、相関図ゲームの初期段階を知っている。
主催者に近い場所にいる。
そして今、桃井という別の実行者が現れた。
ゲームは二重構造になっている。
理沙が作ったかもしれない告発ゲーム。
そこに介入した桃井。
さらに、その奥にいる主催者。
あるいは。
理沙自身が主催者で、桃井が暴走したのか。
透真は、その可能性を消さなかった。
「行くぞ」
透真は言った。
「視聴覚準備室へ」
理沙が立ち上がる。
「私も行く」
「来い」
凛も無言で続く。
瀬戸も立ち上がった。
咲良は田辺を見た。
「麻衣はここにいて」
田辺は首を横に振る。
「行く」
「でも」
「私が見たんだから。私も行く」
咲良は迷ったが、田辺の手を握った。
「じゃあ、一緒に」
葛西、羽田、黒川も動く。
教室にいた主要メンバー全員が、旧校舎へ向かうことになった。
その時、全員のスマホが震えた。
> 第七問のヒント。
> 鍵を閉めた人物は、友情相関図に名前を載せてもらえなかった。
透真は立ち止まった。
名前を載せてもらえなかった。
それは、相関図から消された人物。
相沢芽衣のことを思わせる言葉。
だが桃井紗季は、これまで主要な相関図にほとんど表示されていなかった。
クラスにはいた。
でも物語の中心から外されていた。
いや、あえて外れていたのだろうか。
ふと思い返してみると、文化祭の準備の最中も、スマホで教室の風景を撮影していたような気がする。
それに対して、誰もその視線を気にせず、記録することを許していた。
誰にも見られていなかった人物。
見られないまま記録し続けた人物。
空気のように透明で存在感の無い人物。
透真は、ふと寒気を覚えた。
友情相関図は、クラスの中心にいる者だけを暴くのではない。
相関図に載れなかった者の怒りも、そこにある。
旧校舎へ続く廊下は、昼の光の中でも暗かった。
二年三組の生徒たちは、誰も話さずに歩く。
その先に、桃井紗季がいるかもしれない。
未央を閉じ込めた鍵の答えがあるかもしれない。
そして、そのさらに奥に。
本当の主催者がいるかもしれない。
透真は歩きながら、理沙の横顔を見た。
彼女は唇を強く結んでいる。
何かを恐れている顔だった。
未央の安否だけではない。
自分が隠してきたものが、もうすぐ全員の前に出されることを恐れている。
透真は確信を深めた。
第七問の先で、白石理沙を疑うことになる。
そしておそらく、彼女はただの協力者ではない。
旧校舎の扉が、ゆっくりと開いた。
その向こうで、古い校舎の空気が、ひやりと二年三組を迎えた。




