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友情相関図  作者: えんびあゆ


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第22話 「大丈夫。私、ここにいるから」

田辺麻衣は、泣き腫らした目で教室に戻ってきた。


隣には宮野咲良がいた。

少し後ろに、葛西悠真、羽田千尋、黒川奏太が続く。


四人とも息を切らしていた。


咲良は田辺の手首を掴んでいた。

強くではない。

でも、離したらまたどこかへ行ってしまうのではないかと恐れているような掴み方だった。


田辺は教室に入るなり、周囲の視線に肩を震わせた。


昨日、相関図から名前が消された生徒。

過去のメッセージを学校中に晒された生徒。

そして今日、駅のホームから咲良に連れ戻された生徒。


彼女に向けられる視線には、同情と気まずさと、少しの恐怖が混ざっていた。

誰もすぐには声をかけられなかった。

咲良だけが、田辺の隣に立っていた。


「……麻衣、座って」


咲良が言う。

田辺は首を横に振った。


「ここ、嫌」

「じゃあ、廊下でもいい。保健室でもいい。とにかく――」

「保健室も嫌」


田辺の声は小さいが、はっきりしていた。


「先生に聞かれる」


その言葉で、教室が静かになる。


教師に聞かれる。

大人に知られる。


この二年三組では、それが普通の安心ではなく、危険に変わっている。


雨宮透真は、教室の扉を閉めた。

白石理沙、早瀬凛、瀬戸真琴も戻ってきている。

旧体育倉庫から戻ったばかりの四人と、駅から戻った四人。


教室には、再び主要な生徒たちが揃った。

ただ一人、橘未央を除いて。

未央の席は、空いたままだった。

机の上の黄色い星の飾りが、まるで時間だけ止まっているようにそこにある。


「田辺」


透真は呼んだ。

田辺の肩が震える。

咲良が庇うように前へ出た。


「ちょっと、雨宮くん。麻衣、今――」

「鍵を閉めた人物を見たかもしれないって言ったな」


透真が言うと、咲良は言葉を止めた。

田辺が顔を上げる。

目元は赤く、唇は乾いていた。


「……見た、かもしれない」

「どこで」

「昨日の昼」


教室の空気が変わる。

昨日の昼。

未央が消えた時間帯。


「場所は」

「旧体育館のほう」


理沙が息を呑む。

透真は黒板の前に立ち、チョークを持つ。


昨日の昼。

旧体育館側。

鍵を閉めた人物。


「順番に話せ」


田辺は咲良を見る。

咲良は、小さく頷いた。


「大丈夫。私、ここにいるから」


田辺はその言葉に、一瞬だけ泣きそうな顔をした。

けれどすぐに視線を落とし、話し始めた。


「昨日、咲良ちゃんと少し言い合いになって……そのあと、教室にいたくなくて廊下に出たの」


咲良の顔が苦しそうに歪む。


昨日、相関図が咲良と田辺の関係を暴いた。

支配。便利な友達。

その直後のことだ。


「そのままトイレに行こうと思ったけど、人が多くて嫌で。旧体育館のほうなら誰もいないと思って、そっちに行った」

「一人で?」


葛西が聞く。

田辺は頷く。


「旧体育館の近くまで行ったら、誰かがいた」

「誰」


透真が聞く。

田辺はほんの少しだけ怪訝な表情を浮かべる。


「顔は見てない」


教室の中に落胆が広がりかける。

しかし、透真は続けた。


「何を見た」

「制服の袖と、手。あと、鍵」

「男か女か」

「わからない。でも……たぶん、男子じゃないと思う」

「なぜ?」

「手が小さかった。あと、袖から見えたカーディガンが……女子のだった気がする」


理沙の顔が強張る。

咲良が小さく言う。


「女子……?」


透真は黒板に書く。


女子生徒。

カーディガン。

鍵。

旧体育館側。


「何をしていた」

「旧体育倉庫の扉を閉めてた。最初は備品を片付けてるのかと思った。でも、その人、閉めたあとに鍵を見て……笑ったように見えた」

「笑った?」


黒川が声を上げる。

「顔見てないんだろ?」

「口元だけ、一瞬」

田辺は震える声で言った。


「怖くなって、隠れた。そしたら、その人がスマホで何か打ってた」

「メッセージか」

「たぶん」

「そのあと」

「その人がいなくなってから、私も戻った。でも教室に戻るのが怖くて、しばらく廊下にいた」

「なぜ昨日言わなかった」


透真が問うと、田辺は顔を伏せた。


「私、自分のことで頭がいっぱいだった。相関図にあんなこと出されて、みんなに見られて、咲良ちゃんにも責められて……」

「私、責めたつもりは」


咲良が言いかけて、口を閉じる。

田辺は続けた。


「それに、未央ちゃんが消えたことと関係あるなんて思わなかった。ただ、誰かが倉庫の鍵を閉めてただけだと思った」


それは不自然ではない。


昨日の時点で、田辺は自分の関係が晒された直後だった。

未央の失踪は怖かったとしても、自分の足元が崩れているとき、人は他人の異常まで見られない。


「そのカーディガン」


理沙が言った。

声が震えていた。


「色は覚えてる?」


田辺は少し考える。


「薄い……ベージュか、グレーっぽい色」


理沙の顔から血の気が引く。

未央のカーディガン。


昨日、未央が持っていた薄いベージュのカーディガン。

美術準備室で水色の絵の具がついていたもの。

田辺の証言と一致する。


「未央自身が閉めた?」


黒川が言った。

「自分で入って、自分で鍵を閉めたってことか?」

「外から閉めてたんだろ。少しは頭を使え」

透真がそう答えると黒川は少しだけ顔が歪んだ。


「田辺は旧体育倉庫の扉を閉めていた人物を見た。第二備品庫とは別だが、少なくとも誰かが未央のカーディガンを使っていた可能性がある」

「未央のカーディガンを?」


咲良がぞっとした顔をする。


「じゃあ、その人が未央のふりをしてたってこと?」

「ふりか、証拠を混乱させるためか」


理沙が唇を噛む。


「でも、未央のカーディガンはどこにあるの?」


透真は答えない。

まだ見つかっていない。


未央が着ているかもしれない。

誰かが持っているかもしれない。

第二備品庫の中にあるかもしれない。


「女子生徒で、未央のカーディガンを持てた人物」

羽田が言った。

「未央ちゃんの近くにいた人ってこと?」


視線が自然と理沙へ向く。

理沙が顔を上げる。


「私じゃない」

その声は、冷たかった。

けれど、完全な余裕はない。


彼女は第六問の答えだった。

未央を第二備品庫へ導いた人物。

本人が意図したかどうかに関係なく、相関図はそう判定した。


次に鍵を閉めた人物が女子で、未央のカーディガンを持っていたとなれば、理沙への疑いが濃くなるのは当然だった。

だが、匿名アカウントはこう言っていた。


> その人物は今、君たちの中にいない。


旧体育倉庫にいた四人の中にはいない。

理沙はそこにいた。


つまり、理沙ではない。

少なくとも、相関図のルールに従うなら。


「今、旧体育倉庫にいた四人以外で、女子」


透真は黒板に候補を書き出す。


咲良。

羽田。

田辺。

その他。


田辺は目を見開いた。


「私じゃない!」

「候補として書いただけだ」

「違う!私、見ただけで――」

「わかってる」


透真は短く言った。


「今のところ、田辺が自分の目撃証言で自分を疑わせる理由は薄い」


田辺は少しだけ息を吐いた。

咲良が田辺の腕にそっと触れる。

田辺はその手を振り払わなかった。


それを見て、凛が少しだけ目を伏せた。


去年、芽衣に対して本当は起きるかもしれなかった光景。

それが今、遅すぎる形で目の前にある。


「咲良」


透真が呼ぶ。

咲良は肩を震わせる。


「私も違う」

「昨日の昼、どこにいた」

「教室。最初は星の飾り作ってた。相関図が来たあとも、ほとんど教室にいた」

「証言者は?」

「みんな見てたでしょ」

「騒ぎの途中で席を外したか」

「……少しだけ」


教室がざわつく。

咲良は慌てて続けた。


「でも旧体育館じゃない!廊下に出ただけ。麻衣を追いかけようか迷って……でも行けなくて、すぐ戻った」


田辺が咲良を見る。

咲良は苦しそうに言った。


「ごめん。あの時、本当は追いかけようとした。でも、怖くて戻った」


田辺は何も言わなかった。

だが、その表情はさっきより少しだけ柔らかかった。


「羽田」

透真は次に羽田を見る。


「昨日の昼は」

「私は教室でスマホ見てた。相関図のURLとか調べてた」

「ずっと?」

「ずっと……ではない」

「どこへ行った」

「トイレ」

「旧体育館側?」

「違う。廊下の普通のトイレ」

「証明できるか」


羽田は一瞬黙る。

「……できない」

黒川が眉をひそめる。

「羽田、お前まさか」

「違う!」

羽田の声が鋭くなる。


「私じゃない。未央ちゃんのカーディガンなんて持ってないし、旧体育倉庫の鍵なんて知らない」

「でも、相関図とか匿名アカウントとか、そういうのに一番詳しいのは羽田だろ」

黒川が言う。


羽田の顔が青ざめる。

「詳しいから犯人って、短絡的すぎ」

「でも、お前ならできそうじゃん」

「できないよ!」


羽田は机を叩いた。

「私、そんなプログラム作れない。SNS調べたり、投稿時間見たりはできるけど、クラス全員のスマホに同時送信とか、動画をリアルタイムで出すとか、そんなの無理」

「じゃあ誰ならできるんだよ!」

「知らない!」

羽田は叫んだ。


その声には、怒りより恐怖が強かった。

情報に強いというだけで、今度は自分が疑われる。


昨日、彼女が誰かの噂を拡散した側だったように、今日は彼女自身が噂の中心に立たされる。

相関図は、役割を入れ替える。


加害者だった者を被疑者に。

傍観者だった者を告発者に。

被害者だった者を次の加害者に。


透真は黒板の候補を見た。


咲良。

羽田。

田辺。

その他。


決定打がない。

その時、田辺が小さく言った。


「……声」

全員が彼女を見る。


「声?」

透真が聞く。


「その人、スマホで何か打ったあと、少しだけ電話してた」

「何て言っていた」

「はっきりは聞こえなかった。でも、声は聞いた」

「女子の声?」

田辺は頷いた。


「たぶん」

「誰の声かわかるか」


田辺は咲良を見た。

次に羽田を見る。

理沙を見る。

凛を見る。


そして首を横に振った。

「この中の人じゃないと思う」

教室に沈黙が落ちる。

この中の人じゃない。


つまり、主要メンバー以外の女子。

あるいは、田辺が普段あまり声を聞かない人物。


「その電話の内容は?」


理沙が聞く。

田辺は記憶を探るように目を伏せる。


「『これでいいんだよね』って言ってた気がする」


透真の背筋が冷える。

「それだけか」

「あと……『理沙さんには、まだ言わない』って」


理沙の顔が凍りついた。

教室中の視線が、再び理沙へ向かう。


「理沙さんには、まだ言わない」

透真は繰り返した。


鍵を閉めた人物は、理沙を知っている。

そして、理沙に何かを言う予定がある。

だがまだ言わない。


つまり、理沙は完全な無関係ではない。

理沙自身が鍵を閉めたわけではないとしても、鍵を閉めた人物は理沙と関係がある。


「白石」

透真は言った。


「心当たりは」

「ない」


理沙の声は硬い。


「本当に?」

「ない!」


理沙は叫びに近い声で言った。

「私は未央をここへ導いたかもしれない。でも鍵なんて知らない。誰かに頼んでもいない。理沙さんにはまだ言わないって、そんなの……」

そこで理沙の言葉が止まった。


透真は見逃さない。

「思い出したか」

「……違う」

「何が」

「違うと思う」

「誰だ」

理沙は唇を震わせた。


「……桃井さん」


初めて出る名前だった。


葛西が眉をひそめる。

「桃井?」


羽田が反応する。

「桃井紗季?」


理沙は小さく頷いた。

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