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友情相関図  作者: えんびあゆ


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20/38

第20話 「私、もう、誰を助ければいいのかわからない」

透真は紙の相関図を見た。


田辺から理沙へ伸びていた線。

理沙が消した線。

未央が何も言わなかった線。


その線がもし残っていたら、何か変わったのか。


理沙が田辺と話していれば、田辺は咲良のグループから離れて芽衣に手を伸ばせたのか。

芽衣は少しでも孤立しなかったのか。

未央は一人で抱え込まずに済んだのか。


わからない。


たった一本の線で、すべてが変わるとは思えない。

けれど、線を消した事実は残る。

そして未央は、その消された線を覚えていた。

だから一週間前、旧体育倉庫でこの相関図を見つけたとき、思ったのだろう。


また同じことになるかもしれない、と。


「田辺が今日、一人になった」

透真は言った。

「去年、未央は田辺を芽衣と繋ごうとして失敗した。理沙への線も消えた。そして今回、田辺の名前が消えた」

理沙が顔を上げる。


「未央が守ろうとしていたのは、田辺さん?」

「可能性は高い」

「でも、あなたはさっき違うかもしれないって」

「田辺だけではない、という意味だ」


透真は紙の相関図を見る。

「未央は田辺を守りたい。同時に、田辺を追い詰めている咲良も守りたい。咲良を責めれば、咲良が壊れる。田辺を放っておけば、田辺が壊れる。去年の芽衣と同じ構図だ」


凛が言った。

「みんなを守ろうとして、誰の味方にもなれなくなる」

「そうだ」

透真は頷く。

「それが未央の善意だ」

理沙は、苦しそうに目を閉じた。


その言葉は、未央を責めているようで、未央を理解しているようでもあった。

未央は悪意で人を傷つけたわけではない。


むしろ逆だ。

傷つけたくなかった。

誰も一人にしたくなかった。

誰も悪者にしたくなかった。


だから、全部を繋ごうとした。


でも、人間関係は糸のように綺麗には結べない。

無理に結べば、どこかが引きつれる。

誰かが息をしづらくなる。


旧体育倉庫の中で、四人のスマホが同時に震えた。

匿名アカウントからの通知。


> 第五問。

> 橘未央が本当に守ろうとしていた人物は誰か。


ついに問題が提示された。

画面には回答欄が表示される。


残り時間。


> 00:41:26


続けて、相関図が更新された。

未央から田辺麻衣へ。


> 罪悪感 62% → 保護 72%


未央から宮野咲良へ。


> 友達 58% → 保護 65%


未央から白石理沙へ。


> 親友? 43% → 隠された依存 61%


未央から早瀬凛へ。


> 心配 82% → 未完の謝罪 79%


そして、未央から空白へ伸びていた線がさらに濃くなる。


> 橘未央 → ???

> 保護 87%


名前はまだ表示されない。


理沙が画面を見る。

「田辺さんじゃないの……?」


凛が言う。

「咲良さんでもない」


瀬戸が低く呟く。

「じゃあ、誰なんだよ」


透真は画面を見つめた。

未央が本当に守ろうとしていた人物。


田辺を守りたい。

咲良も守りたい。

理沙を傷つけたくない。

凛に謝りたい。

芽衣を忘れたくない。


それらはすべて本当だ。

だが、「本当に守ろうとしていた人物」と問われている。

このゲームは、単純な正解を求めているようで、その裏で別の答えを要求してくる。


第一問は凛。

第二問は芽衣。

第三問は葛西。

第四問は瀬戸。


どれも、表面的には一人の名前だった。

だが答えたあとに、本質は別にあったことが示された。


第五問も同じだ。


田辺と答えれば、たぶん一部正解だろう。

咲良と答えても、完全に間違いではない。

理沙も、凛も、未央の守りたい相手だった。


だが、相関図が隠している空白の線は、別のものを指している。


「未央は」

透真はゆっくり言った。

「誰か一人を守ろうとしていたんじゃない」

理沙が顔を上げる。


「どういうこと?」

「未央が本当に守ろうとしていたのは、誰か一人じゃない。『誰も悪者にしない関係』だ」

「それ、人じゃない」

「だからこの問いは罠だ」


凛が目を細める。

「また?」

「そうだ。相関図は、人間関係の問題を一人の名前に押し込めようとしている。第三問と同じだ」


透真はスマホの回答欄を見る。

だが、まだ送らない。

「でも、回答欄は人物名を求めてる」

理沙が言う。


「違う。『人物』とは書いてない」

画面には、こうある。


> 橘未央が本当に守ろうとしていた人物は誰か。


人物とは書いてある。

透真は自分の言葉を訂正するように目を細めた。

「いや、人物と書いてあるな」

「じゃあ」

「だからこそ、犯人は俺たちに誰かを差し出させたい」


理沙は唇を噛む。

「でも答えなきゃ、また誰かが消える」

「そうだ」

「なら、誰を答えるの」

透真は、紙の相関図を見た。


消された線。

未央の善意。

誰も悪者にしないために、誰かが悪者にならないまま傷ついた。


その結果、相沢芽衣は消えた。

今回、未央が同じことを繰り返したくなかったなら。


未央が本当に守ろうとしていたのは。


「未央自身だ」


透真は言った。

三人が同時に彼を見た。

理沙が困惑した声を出す。


「未央自身?」

「ああ」

「未央が、自分を?」

「未央は去年、誰かを助けようとして失敗した。芽衣を救えず、凛を傷つけ、理沙から目を逸らし、田辺との線も消えた。今回また田辺が一人になり、咲良も壊れかけている。未央はまた全部抱えようとした」


透真は続ける。


「でも、本当はもう抱えきれない。だから失踪した。自分を守るために」

理沙は首を振る。

「違う。未央はそんな子じゃない。自分のために誰かを巻き込むなんて――」

「その発想が未央を追い詰めてる」


透真の声が少し強くなった。

「未央はいつも誰かのために動く。だから誰も、未央が自分を守るために逃げた可能性を考えない。未央自身も、そう考えられない。だから『あの子』って言ったんじゃないのか」

理沙が言葉を失う。

「自分のことを、自分として守れない。だから、誰か別の子みたいに言った」

凛が小さく息を呑んだ。


瀬戸が呟く。

「未央さんが……逃げた?」

透真は頷いた。

「逃げたことが悪いとは言ってない。むしろ、逃げるべきだったんだと思う」


その言葉は、旧体育倉庫の中に静かに落ちた。


未央は善意の人だ。

誰にでも優しい。

困っている人を放っておけない。


だが、それは彼女自身を守らないという意味でもある。

未央は他人を一人にしないために、自分を一人にしていた。

そのことに、ようやく気づいたのかもしれない。


理沙の目に涙が滲む。

「私……未央に、逃げてもいいって言ったことなかった」


凛も、写真を握りしめたまま言った。

「私も」


瀬戸はうつむく。

「俺は、未央さんが逃げるなんて考えもしなかった」


透真は回答欄を見た。

答えを送るなら、今だ。

だが、その前に理沙が言った。


「私が送る」

「白石」

「送らせて」


理沙の声は震えていたが、はっきりしていた。

「未央が本当に守ろうとしていたのが未央自身なら、私はそれを認めなきゃいけない」


彼女はスマホを持つ。

回答欄に、文字を打つ。


> 橘未央


送信。


倉庫の中で、時間が止まったように感じた。


一秒。

二秒。

三秒。


画面が黒くなる。


そして、文字が表示された。


> 正解。


理沙は息を呑む。

だが、次の文章がすぐに続いた。


> ただし、半分だけ。


倉庫の蛍光灯が大きく揺れた。


> 橘未央は、自分を守ろうとした。

> けれど、彼女はまだ逃げきれていない。


画面が切り替わる。

短い動画。


暗い床。

古い木材。

金属の棚。

そして、未央の声。


『……ごめん』

かすれた声だった。


『私、もう、誰を助ければいいのかわからない』

映像が揺れる。


一瞬だけ、未央の顔が映った。


青ざめた顔。

乱れた髪。

乾いた唇。


理沙が叫ぶ。


「未央!」


動画の最後、画面の端に何かが映った。


錆びた扉。

白い文字。


> 第二備品庫


動画はそこで切れた。

透真は息を止めた。


第二備品庫。

旧体育倉庫の中に、さらに奥の部屋がある。


瀬戸が顔を上げた。

「奥だ」

「どこだ」

「この倉庫の奥に、もう一つ小部屋がある。古い扉で、普段は使わない」


理沙が駆け出そうとする。

透真が止めた。


「待て」

「何で!」

「鍵が必要かもしれない。罠の可能性もある」

「未央がいるかもしれないの!」

理沙の声は泣き声に近かった。


「だから落ち着け」

透真は瀬戸を見る。

「案内しろ」

瀬戸は頷いた。


四人は倉庫の奥へ向かう。

古いマットを避け、積まれた椅子の隙間を抜け、錆びた棚の奥へ進む。


そこに、扉があった。

薄汚れた鉄の扉。

白い文字で、かすかに書かれている。


> 第二備品庫


理沙が扉を叩く。

「未央!未央、いるの!?」


返事はない。

透真は取っ手に手をかける。

動かない。

鍵がかかっている。


瀬戸が顔を青くする。

「ここの鍵は……知らない」

理沙が扉を叩き続ける。

「未央!返事して!」

倉庫の中に、理沙の声だけが響く。


そのとき、透真のスマホが震えた。

匿名アカウントからのメッセージ。


> よくできました。

> でも、まだ開けてはいけない。


続けて、次の文字。


> 第六問。

> 橘未央を第二備品庫に導いた人物は誰か。


カウントダウンが表示される。


> 制限時間

> 03:00:00


理沙がスマホを見て、顔を歪めた。

「ふざけないで……」

透真は扉を見つめた。


未央は、この向こうにいるかもしれない。

だが開かない。


そして、ゲームは続いている。


未央が自分を守ろうとしたことはわかった。

しかし、未央は自分だけでここへ来たわけではない。

誰かが、彼女をここへ導いた。

透真は、背後にいる三人を見た。


理沙。

凛。

瀬戸。


この中に、その人物がいるのか。

それとも、教室に戻った誰かなのか。

あるいは、まだ相関図に現れていない誰かなのか。


第二備品庫の扉の向こうは、静かだった。


静かすぎた。


透真は初めて、胸の奥が冷えるのを感じた。

未央は、まだ生きている。

そう信じるしかなかった。

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