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友情相関図  作者: えんびあゆ


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第16話 「私が最初じゃない」

凛もまた、透真を見ていた。

彼女の目に浮かんでいるのは、少し意外そうな色だった。


「席替えのあと、何があったの?」

理沙が促す。

葛西はファイルから別の紙を出した。


「文化祭の係分け。芽衣さんは、最初は凛と同じ小道具係だった。でも席替え後に、接客練習のほうにも入ることになった」

「誰が決めた」

「……俺と、榊原先生」

「理由は?」


葛西は苦しそうに言った。

「人と話す機会を増やしたほうがいいと思った」


凛が目を閉じる。

「芽衣、人前で話すの苦手だった」

「知ってる」

葛西は言った。


「でも、だからこそ慣れたほうがいいって……」

「誰のために?」


凛の問いは静かだった。

葛西は答えられない。


「芽衣のため?」

凛は続ける。

「それとも、クラスのため?」

教室の中に、また沈黙が落ちる。


透真は葛西を見た。


葛西は本当に、芽衣のためだと思っていたのだろう。

あるいは、そう思おうとしていた。

そして、それ以上の思考を停止していた。


クラスに馴染ませる。

人と話す機会を作る。

孤立を防ぐ。


言葉だけなら、正しい。

けれどその正しさは、芽衣の恐怖を見ていない。

未央の善意と、どこか似ている。


「未央はその係変更に関わっていたか」

透真が聞くと、理沙が答えた。


「たぶん、反対した」

「たぶん?」

「はっきりとは覚えてない。でも未央は、芽衣さんには小道具のほうが向いてるんじゃないかって言ってたと思う」

「榊原は?」

「いろんな役をやってみるのも大事だって」


理沙の声が少し沈む。

「未央は、それ以上強く言えなかった」

「なぜ」

「先生が言ったから。葛西くんも、クラスに馴染むためだって言ったから。未央は、正しいことっぽい言葉に弱い」


その言葉は、未央のことをよく知っている人間の言葉だった。

透真は理沙を見る。


親友? 43%。


相関図は疑問符をつけた。

けれど、理沙が未央を見ていた時間まで否定できるわけではない。


「その接客練習で、何かあったのか」

透真が聞く。


今度は羽田が顔を上げた。

「写真がある」

彼女はスマホを操作し、教室の大型モニターに去年の写真を映した。


旧校舎二階の特設迷路。

飾りつけられた教室。

生徒たちが客役と案内役に分かれている。


写真の一枚に、相沢芽衣が写っていた。


彼女は案内役のプレートを首から下げている。

表情は硬い。どう考えても適役とは思えない。

その隣で、咲良が別の女子と笑っている。


芽衣だけが、少し距離を置いている。


「この日」

羽田が言った。


「芽衣さんが接客練習で失敗した。台詞が飛んで、男子が笑って、それがグループチャットに流れた」

「誰が流した」


透真が聞く。

羽田は少し言いよどむ。


「……私」


教室の視線が羽田に集まる。

羽田はスマホを握りしめた。


「笑うつもりじゃなかった。文化祭準備の記録として動画を撮ってただけ。でも、その中に芽衣さんが固まってる場面が映ってて、誰かが『これ可愛い』って言って、それで……」

「グループに流した」


透真が言う。

羽田は頷いた。


「そのあと、切り取られて、変な字幕つけられて、別のところに回った」

「別のところって」

「裏アカ」


羽田の声は小さかった。


「芽衣さんが裏で悪口を書いてるって噂が出たのは、その少し後。接客練習の動画が広まって、芽衣さんを笑っていい空気ができてから」


凛の顔が、無表情になっていく。


「羽田さん」

凛が言う。


「その動画、まだ持ってるの」

羽田は首を横に振った。

「消した」

「いつ」

「去年」

「噂になった後?」


羽田は答えない。

凛は小さく笑った。


「そっか」


その笑いは、怒りよりも冷たかった。

羽田は唇を噛む。


「私が最初じゃない」


そう言ってから、すぐに顔を歪めた。

昨日の田辺と同じ言葉。


私だけじゃない。

私が最初じゃない。


羽田は自分でそれに気づいたのだろう。


「ごめん」

誰に向けた謝罪なのか、わからなかった。


教室の空気が重くなる。

透真は黒板に書き足した。


席替え。

係変更。

接客練習。

動画拡散。

裏アカ。

噂。


線が増えていく。

相沢芽衣は、ある日突然消えたわけではない。

少しずつ削られていった。


隣の席を失い、

得意ではない場所に立たされ、

失敗を笑われ、

動画が拡散され、

噂が生まれ、

――誰も止めなかった。


その一つ一つは、小さい。

誰か一人を犯人にするには弱い。


だが、重なると人を消す。


「未央は、その動画を見たの?」

理沙が羽田に聞いた。

「見たと思う」

「その時、何て言ってた?」

羽田は考える。


「消したほうがいいって。芽衣さんが嫌がるからって。あと……」

「あと?」

「笑いにしちゃだめだよって」


凛の目が少し動いた。

羽田は続ける。


「でも、私たちその時は、そんな大げさなことじゃないと思ってた。文化祭前で、みんなテンション高かったし。芽衣さんも怒ってなかったし」

「怒れなかっただけだ」

凛が言った。

羽田は何も言えなくなる。


透真は理沙を見た。


「未央はその後、芽衣にどう関わった」

「謝りに行ったと思う」

「思う?」

「私には、全部は話してくれなかった」


理沙の声に、悔しさが混じる。


「未央は、芽衣さんのことになると、私に隠すことが増えた」

「なぜ」

「私が嫌な顔をしたから」


理沙は自分でそう言った。


「未央が芽衣さんのために動くたび、私は平気なふりをした。でも本当は嫌だった。未央が私の知らないところで誰かに必要とされるのが嫌だった」


咲良が理沙を見る。

黒川も、羽田も、葛西も黙っている。

理沙は続けた。


「未央はそれに気づいてたと思う。だから、だんだん私に話さなくなった」


親友なのに。

その言葉は、誰も口にしなかった。


だが、教室の中に確かにあった。

透真は黒板の「未央が守ろうとした“あの子”」を見る。

芽衣の過去を辿れば辿るほど、未央の現在に近づく。


未央は、去年救えなかった芽衣の姿を、今の誰かに重ねている。


――では、その誰かは誰か。


接客練習で笑われた芽衣。

動画を拡散された芽衣。

誰にも助けてと言えなかった芽衣。

凛から離された芽衣。


今の二年三組で、それに近い位置にいる人物。

透真の視線は、自然と咲良へ向かった。

咲良は、すぐに気づいた。


「何」

「田辺は今日来てるか」


咲良の顔が変わる。


「……来てない」

「連絡は?」

「した。でも既読つかない」


教室の空気が揺れる。


「田辺麻衣」


透真は黒板に書いた。


「昨日、名前が消えた。学校中に過去のメッセージが流れた。咲良のグループからも離れた。今日、欠席」


咲良の顔が青ざめる。


「やめて!」

「何を」

「麻衣が未央の言う“あの子”みたいに言わないで!」

「可能性の話だ」

「そんなの嫌だ!」


咲良は叫んだ。


「私、昨日止めればよかった。追いかければよかった。でも、怖かった。麻衣に『咲良ちゃんだって言ってた』って言われて、私も晒されるかもって思って……動けなかった」


声が崩れる。


「私、また同じことしてるの?」


誰も答えられなかった。

凛が咲良を見る。

その目には、責める色はなかった。


「まだ間に合うかもしれない」


凛は言った。

咲良が顔を上げる。


「え?」

「昨日の芽衣には、間に合わなかった。でも田辺さんには、まだ間に合うかもしれない」


咲良の目に涙が浮かぶ。

その時、スマホが震えた。

全員ではない。

咲良のスマホだけだった。


咲良は怯えたように画面を見る。

田辺麻衣からのメッセージ。

本文は短かった。


> ごめん。

> 学校、行けない。


それだけ。

だが、添付されていた写真を見た瞬間、咲良の顔から血の気が引いた。


「麻衣……」


写真には、駅のホームが写っていた。


時刻表示。

人の少ない朝のホーム。

そして、画面の端に、田辺の靴が少しだけ映っている。


教室中が静まり返る。

咲良の手が震える。


「どうしよう」


その声は、幼い子どものようだった。

透真はすぐに言った。


「電話しろ」

「え?」

「今すぐ、早く」


咲良は震える指で通話ボタンを押した。


呼び出し音。


誰も動かない。


呼び出し音。


咲良の唇が震えている。


呼び出し音。


そして。


『……もしもし』


田辺の声がした。

咲良は泣きそうな声で叫ぶ。


「麻衣!今どこ!?」


『……駅』


「どこの駅!?迎えに行くから!」


『来ないで』


「行く!絶対行く!」


『咲良ちゃん、私のこと便利な友達って思ってたんでしょ』


咲良が息を呑む。


「違う……違うよ。違うって言いたいけど、たぶん私、そういうところあった。麻衣に甘えてた。自分が悪者になりたくなくて、麻衣に言わせたりしてた。ごめん」


教室の誰もが、咲良の声を聞いていた。


「でも、今はそんな話じゃない。お願い、そこにいて。私、行くから」


少しの沈黙。

田辺の声が、かすかに揺れた。


『……もう、教室に戻れない……戻りたくない』


「戻らなくていい!今は戻らなくていいから、そこにいて!」

咲良の声は必死だった。

「麻衣がいなくなったら、私、去年と同じことすることになる。お願い。私を許さなくていいから、そこにいて」

電話の向こうで、田辺が小さく泣く声がした。


『……成瀬田駅』


「行く」


咲良は立ち上がった。

葛西もすぐに立ち上がる。


「俺も行く」

「私も」


羽田が言う。


「場所わかる。先生には体調不良の友達を迎えに行くって言えばいい」

「大人に話すなって」


黒川が言いかけたが、透真は首を横に振った。


「未央のことは話さない。田辺のことは話せる」


理沙が頷く。


「そうね。これは未央の居場所とは別」

「別じゃないかもしれない」


透真は言った。

理沙が彼を見る。


「どういう意味?」

「未央が守ろうとした“あの子”が田辺なら、これは第五問の答えに近づいてる」


咲良はスマホを握りしめたまま、教室の扉へ向かう。

その背中を見て、凛が小さく言った。


「今度は追いかけるんだ」


咲良は立ち止まらなかった。


「うん」


その声は震えていた。


「今度は、追いかける」


咲良、葛西、羽田が教室を出ていく。

黒川も迷った末に続いた。

教室に残ったのは、透真、理沙、凛、瀬戸。


未央の空席。

相関図。

カウントダウン。


透真は黒板を見る。


田辺麻衣。

名前が消えた生徒。

今、一人になりかけている生徒。


未央が守ろうとした“あの子”の候補として、最も強い。

だが、何かが引っかかる。

未央の音声。


『私、やっぱり……あの子を一人にしたくない』


やっぱり。

その言葉。


未央は迷った末に、何かを選び直した。

その対象が田辺なら、昨日名前が消えたあとに音声が録られたことになる。


だが、未央の失踪はその前から始まっている。

時系列が合わない。


「違うかもしれない」


透真はつぶやいた。

理沙が振り向く。


「何が?」

「未央が守ろうとしていた“あの子”は、田辺じゃないかもしれない」

「でも、今一人になってるのは田辺さんよ」

「今はな」


透真は未央の席を見る。

「未央が消えた時点で、すでに一人になりかけていた人物がいるはずだ」

凛が静かに言う。

「それは誰?」

透真は、まだ答えられなかった。


その時、瀬戸がぽつりと言った。

「未央さん、一週間前に言ってた」


透真と理沙が瀬戸を見る。

「旧体育倉庫で、写真を見たあとに」


瀬戸は机の一点を見つめたまま続けた。

「『また、同じことになるかもしれない』って」

「同じこと?」

「『誰かを守るつもりで、別の誰かを一人にしてるのかもしれない』って」

理沙の顔が強張る。


「別の誰か……?」

瀬戸は頷く。

「未央さんは、名前を言わなかった。でも、その時スマホを見てた。誰かからのメッセージを」

「誰から」

「見えなかった」


瀬戸は少しだけ唇を噛む。

「でも、未央さんは泣きそうな顔をしてた」

透真は、頭の中で線を引いた。


未央は誰かを守ろうとしていた。

同時に、別の誰かを一人にしているかもしれないと恐れていた。


つまり、守る対象は一人ではない可能性がある。

未央はまた、みんなを救おうとしている。

そしてその結果、誰かを選べなくなっている。


透真は小さく息を吐いた。


未央らしい。

本当に、未央らしい。


だからこそ危険だ。


スマホが震えた。

今度は全員のスマホだった。


> 第五問まで、あと二時間。

> 友情値は、時に鎖になる。

> 依存も、支配も、善意も、全部同じ線の上にある。


続けて、相関図が更新される。

未央の名前から、複数の線が伸びる。


> 橘未央 → 田辺麻衣

> 罪悪感 62%


> 橘未央 → 早瀬凛

> 心配 82%


> 橘未央 → 瀬戸真琴

> 親切 21%


> 橘未央 → 白石理沙

> 親友? 43%


そして最後に、まだ名前のない線。


> 橘未央 → ???

> 保護 87%


透真はその線を見つめた。

未央が守ろうとした相手。


それは、田辺ではない。

凛でもない。

瀬戸でも、理沙でもない。


相関図は、まだ名前を隠している。

教室の外では、咲良たちが田辺を迎えに走っている。


一方で、教室の中には、まだ見えていない線が残っている。

透真は黒板に、もう一つ言葉を書いた。


未央が一人にした相手。

理沙がそれを見て、小さく息を呑む。


「……未央が守ろうとした相手じゃなくて?」

「守る相手と、一人にした相手は違うかもしれない」


透真は言った。


「第五問の答えは、そこにある」


窓の外では、雲が太陽を隠していた。

教室の中が、少しだけ暗くなる。

友情相関図の線は、また静かに揺れていた。


――そして、ある者のスマホには透真が捉えられていた。

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