第13話 「その二人は互いを友達だと思っていない」
瀬戸真琴。
文化祭の裏方。
昨日はほとんど喋らなかった男子。
未央にライトを運んだことを感謝されて、ほんの一瞬だけ顔を上げていた生徒。
教室の後ろで、瀬戸は固まっていた。
自分の名前が出たことに、すぐには反応できないようだった。
画面には詳細が表示される。
> 瀬戸真琴 → 橘未央
> 親切 21%
> 信頼 18%
> 好意 42%
> 依存 71%
> 執着 94%
> 友情値 94%
教室中の視線が、瀬戸に向かう。
瀬戸の顔がみるみる白くなる。
「……違う」
小さな声だった。
誰かが聞き返す。
「何が?」
「違う。俺は、未央さんを……そんな」
瀬戸の声はかすれていた。
黒川が立ち上がる。
「おい、瀬戸。お前、未央に何かしたのか」
「してない」
「執着九十四って出てんだぞ」
「知らない!」
瀬戸が初めて声を荒げた。
その声は、普段の彼からは想像できないほど鋭かった。
教室が静まる。
瀬戸自身も驚いたように口を閉じた。
理沙が慎重に言う。
「瀬戸くん。未央と、何かあった?」
「何もない」
「本当に?」
「未央さんは……」
瀬戸は言いかけて、止まった。
その止まり方が、不自然だった。
透真は立ち上がった。
「続けろ」
瀬戸が透真を見る。
その目には、怯えと敵意が混じっていた。
「雨宮には関係ない」
「未央が消えてる。関係ある」
「お前に何がわかるんだよ」
瀬戸の声が低くなる。
「未央さんに声かけられても、平気で無視できるようなやつに」
教室の空気がわずかに揺れた。
理沙が透真を見る。
凛も、少しだけ目を細めた。
透真は瀬戸を見たまま動かなかった。
「見てたのか」
「見てたよ」
瀬戸は言った。
「昨日だけじゃない。前から。未央さんが雨宮に話しかけても、雨宮はいつも嫌そうな顔してた。未央さんはそれでも普通に笑ってた」
瀬戸の声には、怒りがあった。
「なんでだよ」
「何が」
「なんで、そんなふうにできるんだよ」
瀬戸は拳を握りしめる。
「未央さんに優しくされて、なんでそんな顔できるんだよ」
その言葉で、透真は理解した。
瀬戸にとって、未央の優しさは特別なものだった。
だから、それを拒む透真が許せない。
自分が欲しくて仕方なかったものを、いらないものみたいに扱う人間が許せない。
「瀬戸くん」
理沙が言う。
「未央は、あなたに何をしたの」
「何もしてない」
瀬戸は即座に答える。
しかし、それは否定ではなく、むしろ肯定に近かった。
何もしていない。
未央にとっては、たぶん本当に何もしていないのだ。
ライトを運んだ礼を言った。
目が合ったときに笑った。
困っていそうなときに声をかけた。
それだけ。
未央にとっては、日常の一部。
だが、瀬戸にとっては違った。
「未央さんは、俺の名前を呼んだ」
瀬戸が言った。
「文化祭の準備で、誰も俺に直接頼まなかった。みんな、そこに置いといてとか、誰か運んでとか、そういう言い方だった。でも未央さんは、瀬戸くんって言った」
教室が静まり返る。
「それが嬉しかった?」
透真が聞く。
瀬戸は透真を睨む。
「悪いかよ」
「悪くはない」
「じゃあ何だよ」
「それを友情値九十四にしたのは、お前じゃなくて相関図だ」
瀬戸が黙る。
透真は続けた。
「でも、その数値が完全に嘘なら、お前はそんなに怒らない」
瀬戸の顔が歪む。
「違う」
「何が違う」
「俺は未央さんを困らせたいわけじゃない」
「誰もまだそうは言ってない」
瀬戸は言葉を詰まらせた。
失言。
黒川がすぐに反応する。
「お前、やっぱり未央に何かしたんじゃないのか」
「してない!」
「じゃあなんで困らせたいわけじゃないなんて言うんだよ」
「それは……」
瀬戸は後ずさった。
理沙が机に手をついて立ち上がる。
「瀬戸くん。未央の居場所について、何か知ってる?」
「知らない」
「本当に?」
「知らない!」
叫びに近かった。
しかし、透真には瀬戸が嘘をついているようには見えなかった。
少なくとも、未央の現在地については知らない。
ただし、未央に対する感情を隠していた。
それが相関図によって暴かれた。
「第四問は、友情値が最も高い二人を答えよ、だ」
葛西が言った。
葛西はまだ顔色が悪いが、委員長として場を整理しようとしている。
「瀬戸から未央への友情値が一位なら、答えは瀬戸と未央でいいのか?」
「ただし、その二人は互いを友達だと思っていない」
羽田が文面を読み上げる。
「未央ちゃんは瀬戸くんを友達だと思ってた?」
その問いに、瀬戸が息を呑んだ。
誰も答えない。
答えられない。
未央は、瀬戸をクラスメイトとして見ていた。
親切にする相手として見ていた。
困っていたら声をかける相手として見ていた。
だが、友達かと聞かれると――おそらく違う。
瀬戸自身も、それをどこかでわかっている。
だからこそ、傷ついている。
「未央さんは……」
瀬戸が小さく言った。
「未央さんは、誰にでも優しいから」
その言葉は、昨日から何度も出てきた。
誰にでも優しい。
褒め言葉のはずだった。
けれど今は、呪いみたいに聞こえる。
「送るしかない」
葛西が言った。
「時間は?」
羽田が確認する。
第四問の制限時間は、一時間。
> 00:18:06
すでにかなり減っていた。
理沙は瀬戸を見る。
「いい?」
瀬戸は答えない。
「あなたを犯人だと決めつけるわけじゃない。でも、この問題の答えはたぶん……」
「送ればいいだろ」
瀬戸は吐き捨てるように言った。
「どうせそうなんだろ。未央さんにとって、俺なんてただのクラスメイトで。俺が勝手に大事にしてただけなんだろ」
「瀬戸くん」
「送れよ!」
瀬戸の声が教室に響く。
理沙は唇を噛み、回答欄に文字を打った。
> 瀬戸真琴、橘未央
送信。
数秒の沈黙。
画面が黒くなる。
> 正解。
誰も喜ばなかった。
瀬戸は俯いたまま、両手を握りしめている。
続けて、メッセージが表示された。
> 友情値とは、友情の美しさを示すものではない。
> その人が、どれだけ相手に縛られているかを示すものだ。
教室の全員が、その言葉を見る。
さらに相関図が更新される。
> 第五問は、正午に提示する。
> それまでに、橘未央が最後に誰を守ろうとしていたのか考えなさい。
正午。
また時間が区切られた。
カウントダウンは進み続ける。
> 残り時間
> 59:52:48
未央はまだ見つからない。
第四問には正解した。
けれど、また新しい線が露わになっただけだった。
瀬戸真琴から橘未央へ。
> 執着 94%
透真は瀬戸を見た。
瀬戸は椅子に座ったまま、机の一点を見つめている。
彼は犯人かもしれない。
犯人ではないかもしれない。
だが一つだけ確かなことがある。
未央の優しさは、また誰かを縛っていた。
「雨宮くん」
理沙が低く呼んだ。
透真は彼女を見る。
「次は、未央が守ろうとしていた人」
「そうだな」
「芽衣さんじゃないの?」
「違うだろうな」
「どうして」
「芽衣はもういない。未央が今、守ろうとしている相手が別にいる」
理沙の顔が強張る。
「誰?」
透真はすぐには答えなかった。
教室を見渡す。
凛。
理沙。
瀬戸。
咲良。
葛西。
羽田。
黒川。
未央が最後に守ろうとしていた人物。
それを知るには、未央がなぜ自分から消えたのかを考えなければならない。
昨日まで透真は、未央が被害者だと思っていた。
少なくとも、そういう形でゲームは始まった。
だが、問題が進むほど、別の可能性が浮かぶ。
未央は、ただ連れ去られたのではない。
自分の意思でどこかへ向かった。
誰かに謝るために。
誰かを守るために。
ならば未央は、このゲームの外側にいたわけではない。
透真は静かに言った。
「未央自身に聞くしかない」
「聞けないから困ってるの」
「なら、聞けるものを探す」
「何を」
「未央が残したもの」
その時だった。
理沙のスマホが震えた。
個別通知。
理沙は画面を見る。
目を見開く。
「未央……?」
教室中が反応した。
理沙のスマホに、音声ファイルが届いていた。
差出人は、橘未央のアカウント。
再生時間は、十二秒。
理沙の指が震える。
透真が言った。
「再生しろ」
理沙は唇を噛み、再生ボタンを押した。
雑音。
かすかな息遣い。
そして、未央の声。
『ごめん、理沙』
教室の時間が止まった。
『私、やっぱり……あの子を一人にしたくない』
音声はそこで途切れた。
たった十二秒。
しかし、その中に新しい謎が落とされた。
あの子。
未央が守ろうとしていた相手。
相沢芽衣ではない。
今、生きている誰か。
理沙はスマホを握りしめたまま、震えていた。
「未央……」
瀬戸が顔を上げる。
凛が窓際で目を細める。
透真は、音声の最後に混じっていた小さな音を思い出していた。
金属が擦れるような音。
扉か。
鍵か。
倉庫か。
未央は、どこか閉じられた場所にいる。
そして、誰かを一人にしたくないと言った。
教室の中で、友情相関図がまた静かに更新された。
未央の名前から、空白へ向かって一本の薄い線が伸びる。
> 橘未央 → ???
> 保護 87%
透真はその線を見つめた。
ここからが正念場だ。
過去の相沢芽衣ではなく、今この教室にいる誰か。
未央が最後に守ろうとしている人物を探さなければならない。




