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友情相関図  作者: えんびあゆ


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12/38

第12話 「嫉妬とか支配とか、そんなの友情じゃない」

翌朝の二年三組は、昨日とは別の教室になっていた。


黒板にはまだ、文化祭用の「喫茶・星空カフェ」という文字が残っている。

窓際には、切りかけの星形の画用紙。

教室の後ろには、組み立てかけの段ボール。

机の上には、値段を書きかけのメニュー表。


それらは昨日と何も変わっていない。

けれど、教室に入ってくる生徒たちの顔が違っていた。


誰も、大きな声で挨拶をしない。

誰も、文化祭の準備を始めようとしない。

誰も、未央の席を見ようとしない。


橘未央の机だけが、ぽっかりと空いている。

その机の上には、昨日のまま黄色い星の飾りが置かれていた。

雨宮透真は、朝のホームルームよりかなり早く教室に来ていた。

眠れたかと聞かれれば、答えはわからない。


布団には入った。

目も閉じた。

けれど、頭の中ではずっと線が動いていた。


橘未央。

相沢芽衣。

白石理沙。

早瀬凛。

葛西悠真。

宮野咲良。

羽田千尋。

黒川奏太。


そして、未央から自分へ向かう赤い線。


> 救済者 92%


何度考えても、気分のいい言葉ではなかった。


救済者。


自分はそんなものではない。

未央を救いたいと本気で思っているかどうかさえ、まだわからない。


だが、未央がどこかに閉じ込められているかもしれないという事実だけは、消えない。


昨日の短い動画。

暗い床。

制服の袖。

星のヘアピン。


あれが本当に未央なら、時間は残酷に減り続けている。


それに友情値という言葉は、たぶん本当の測定値ではない。

誰かが、感情の強さをそれらしい数字に変換している。

だが、数字が嘘でも、感情が嘘とは限らない。


透真はスマホを開いた。


カウントダウンは、昨日よりずっと少ない数字になっていた。


> 残り時間

> 60:13:42


七十二時間のうち、すでに十一時間以上が消えている。


昨日の夜、匿名アカウントから提示されたメッセージ。


> 第四問は、明朝七時に提示する。

> それまでに、相沢芽衣が最後に望んだ関係を思い出せ。


明朝七時。


もうすぐだった。

教室の扉が開く。

白石理沙が入ってきた。


昨日より顔色が悪い。

眠っていないのだろう。

けれど、目だけは強かった。


理沙は未央の席を見て、ほんの一瞬だけ足を止めた。

それから透真の席の近くまで来る。


「早いのね」

「お前もな」

「眠れなかった」

「だろうな」


理沙は少しだけ眉をひそめた。


「そういうところ、もう少し言い方を考えたら?」

「今さらだろ」

「それもそうね」


理沙は、透真の前の席に座った。


そこは本来、別の生徒の席だった。

けれど今の理沙は、そんなことを気にしていないようだった。


「未央からの連絡は?」


透真が聞く。


「ない」

「動画も?」

「ない」

「匿名アカウントは?」

「七時まで何も」


理沙はスマホを握りしめる。


「昨日の夜、ずっと未央に電話した。メッセージも送った。でも既読はつかない」

「犯人がスマホを持ってる可能性は」

「ある」

「未央本人が持ってない可能性も」

「わかってる」


理沙の声が少しだけ強くなった。


わかっている。

けれど認めたくない。


その程度の強さだった。

教室には少しずつ生徒が集まってくる。


羽田千尋は目の下に薄い隈を作っていた。

入ってくるなり、自分の席ではなく黒板の前に向かい、昨日書き残した時系列を確認する。


葛西悠真は、文化祭実行委員のファイルを抱えていた。

昨日、自分の名前を第三問の答えとして送った男。

顔つきは固いが、逃げるつもりはなさそうだった。


宮野咲良は、いつも一緒にいる女子たちと距離を置いて入ってきた。

昨日、田辺麻衣が飛び出していったあと、咲良のグループは明らかに崩れていた。


黒川奏太は、普段より声が小さかった。

男子グループに何か話しかけられても、笑って流すだけで、いつもの軽さはない。


早瀬凛は最後のほうに入ってきた。

誰とも目を合わせず、窓際に立つ。

昨日と同じ位置。

けれど、そこにいる理由は昨日とは違う。


彼女は逃げているのではない。

見届けるためにいる。


時計の針が、七時を指した。


その瞬間、教室中のスマホが一斉に震えた。

誰かが小さく息を呑む。

匿名アカウントからの新しいメッセージ。


> おはよう。

> 第一夜を越えた二年三組へ。


ふざけたような文面だった。


だが、誰も笑わない。


> 第四問。

> 友情値が最も高い二人を答えよ。

> ただし、その二人は互いを友達だと思っていない。


教室がざわつく。


「友情値……?」

咲良がつぶやいた。


「最も高い二人って、普通に考えたら未央と理沙じゃないの?」

黒川が言う。

理沙の顔がわずかに強張る。


相関図では、未央から理沙への線には疑問符がついていた。


> 親友? 43%


クラス全員がそれを知っている。

だから黒川の言葉は、悪意がなくても理沙を刺した。

羽田がスマホを操作する。


「友情値って、昨日まではラベルごとに数値が出てたけど、総合値みたいなのがあるってこと?」


相関図が自動で更新される。

画面上に、クラス全員の名前が一覧表示された。

それぞれの名前の横に、複数の数値が並んでいる。


好意。

信頼。

依存。

嫉妬。

執着。

罪悪感。

無関心。

利用。


そして、その右端に。


> 友情値


という項目が追加されていた。


「何これ」

羽田が顔をしかめる。

「友情値って、好意だけじゃないの?」


透真は画面を見る。


宮野咲良から未央への友情値。

黒川から未央への友情値。

葛西からクラス全体への友情値。

理沙から未央への友情値。


どれも、単純な「仲の良さ」を示しているようには見えない。

好意や信頼だけでなく、嫉妬や依存も計算に入っている。

むしろ、感情が強ければ強いほど、数値が高くなるように見えた。


「おかしい」

葛西が言った。


「友情値って言葉なのに、嫉妬や執着まで入ってる」

「そういうことなんだろ」

透真は答える。


「この相関図にとっては、綺麗な感情も汚い感情も、人と人を結ぶ線なら全部友情値に含まれる」

「そんなの友情じゃない」


咲良が言った。

声は震えていた。


「嫉妬とか支配とか、そんなの……友情じゃないでしょ」

「でも友達同士にある感情だろ」

透真が言うと、咲良は彼を睨んだ。


「雨宮くんって、本当に嫌なこと言う」

「よく言われる」

「誰に?」

「最近よく聞かれるな」


冗談の形をしていたが、咲良は笑わなかった。

透真も笑わなかった。


友情値が最も高い二人。

ただし、その二人は互いを友達だと思っていない。

これは、かなり悪趣味な問題だった。


昨日の問題は、過去を掘り返した。

今日の問題は、現在の関係を暴く。


誰かが誰かに向ける強すぎる感情。

相手には届いていないのに、一方だけが握りしめている線。


その最も濃いものを探せと言っている。

「一覧、並び替えられる」

羽田が言った。

「友情値の高い順に」

その言葉に、教室の何人かが顔を上げた。


見たい。

見たくない。


両方の感情が同時に広がる。

「やるの?」

咲良が聞く。

「やらないと答えられない」

羽田は言った。


「誰かが消されるよりマシでしょ」


昨日、田辺麻衣の名前が消えた。

その記憶が、教室中に沈黙を作る。


羽田は画面を操作した。


友情値の高い順に、名前が並び替えられていく。

教室の全員が、自分のスマホを見る。


一位。


> 瀬戸真琴 → 橘未央

> 友情値 94%


その瞬間、教室の空気が変わった。

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