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7話 この行いは正義だと

急転直下。

ちゃんとハッピーエンドです。


 少女の足取りを追う内にたどり着いた、ひとつの答え。

 数百年の時を経てなお色濃く残る不可侵領域。魔女の森。


「…死んでいるだろうな」

 まず間違いなく。

 日が経っているせいであやふやな目撃情報をもとに立てた推測。けれど、おおよそ当たっているだろう。


「まるで幽鬼のような雰囲気の、足取り不確かな少女だった」

「ああ。声をかけてみたが反応がないみたいで…。ありゃあ無視じゃなく聞こえてなかったんだろうさ」

「まだ若いのにねえ」

「何かよっぽどのことでもあったんですかい?」


 というのが、目的の少女が通ったであろう道のりで得た聞き込み情報だった。





「団長。どうします…?」

「さすがに魔女の森に入ったら俺たちだって無事で済むかどうか…」

 普段とは打って変わって弱気な団員達。

 普段なら自分とて、ここで捜査は打ち切りにして帰還を選んでいただろう。

 だが。


「森に入る」


 そうすっぱりと言いきって振り返る。

「お前たちは残っていていいぞ。どのみち、1人は馬車の管理に残らなければならないからな」

「そ、そんな」

「…あのお嬢様が、対面で話をしたいと望んでいる。ならば全力で叶えるのみ。もとよりこの命はお嬢様に捧げている」

「そう、ですよね…」

 表情を暗くして口をつぐむ。

 ここに至るまでに既に数日経っている。さっさと用を済ませようと森の方へ足を踏み出せば

背にかかる声。


「お、俺!俺も行きます!」

「俺も…!」

「…俺は、団長の意思に従います」

「団長の元が我らの居場所です」

「じゃあ、全員行くってことで~」


「お前たち…」

 小鹿のように震える者もいれば、いつも通りの泰然とした者もいる。

 まったく。しょうがない奴らだ。


「…誰かひとりは残れ。荷の管理がある」

「っはい!」




 何やら離れた場所でわちゃわちゃと輪になって盛り上がったかと思うと、4人がこちらに駆け寄ってくる。

「俺たちがご一緒します!」

「行きましょう!」

「…わかった。気を抜くなよ」

「はい!」


 まあ、合わせて5人もいれば大丈夫だろう。

 少女の生死は期待できないが、その様かあるいは遺品の1つでも持ち変えれれば。


 意気込みとは真逆に不安げな部下の瞳など意にも介さず、森の中へと踏み込んだ。








『!』

 快適な温室のなか。

 待ちに待った日が来たことに、柚乃は嬉しさを隠せずにいた。


『やった~!』

 図鑑を見て一目惚れし一生懸命大切に大切に育ててきた、鉢植えの小さな芽。

 それが長く伸びて蕾を付け、とうとう大きく花開いた。

 淡い緑色の蕾からは想像しがたい、ピンクからグレーがかった白へ変わる花弁。


『ふふっ』

 思わず緩む口元もそのままに花の近くで大きく息を吸い込めば、すっきりと甘い香りが鼻腔いっぱいに広がる。

 その香りに酔いしれるように目を閉じて、湧き上がる感情を体いっぱいで味わう。


 嬉しい。

 でもそれはけして、花が咲いたからというだけじゃない。


 芽が出たのを2人でお祝いした日の夜。

 ベッドの中でひとり、決めていたことがある。


 うぬぼれじゃなければ、私を好きでいてくれている人。

 この家も生活も。

 いつだって私なんて好きに出来たはずなのに、そうはしなかった人。

 …鏡見柚乃わたしを見て、ありのままを慈しんでくれる人。


 この蕾がいっとう美しく咲いた日に、ちゃんと想いを伝えようと。



『…っ』

 胸がいっぱいになって、目の奥にジンと熱が宿った気がして指先で触れる。

 指先は濡れなかった。




 棘の少ない、天使の名前を冠した美しい花。

 まさしく大輪の花であるそれを鉢植えごと抱えて持ち運ぼうとして、さすがに重さに断念。

 無理に持って途中で抱えきれずに落下、なんてことになったら目も当てられない。

 柚乃はそうっと鉢植えをテーブルへ降ろして、今度は温室の入口にある小型の台車を転がしてきた。

 慎重に、慎重に。

 ことさらゆっくり、そうっと鉢植えを台車に載せる。


 軽く服をはたいたらすぐに歩き出す。


『、早く伝えなきゃ!』

 ころころと台車を転がす軽い足取りは、まるで弾むよう。

 ひらひらとリボンを靡かせながら上に向かった。







 鬱蒼とした深い森。

 どのくらいの時間が経ったか、どの深さまで足を進めたか。

 まったくわからない。

「…っ」

 そもそも、自分は前に進んでいるのか?

 変わらない景色は、ぐるぐる同じ場所を回っているからなのかもしれない。

「はあ、はあ…」

 でも確かなことが、ひとつだけある。

「…くそ」


 もう、ここには自分一人しかいないということ。




 正直に言って、甘く見ていた。

 気の遠くなるような年月としつきを不可侵領域として定められ、人間、いや、いかなる生物をも立ち入らせない「魔女の森」。

 その意味を、まるで考えていなかった。


 その対価か。

 連れ立っていたはずの部下は1人、また1人と姿を消した。


 足を踏み入れるまでの、楽観的とすら言える感情は今や欠片もない。



 ひとつ踏みしめるたびに頭の中をかき混ぜられるような不快感と鈍痛。

 耳を抜ける怪しげな音は木々と風の悪戯か。…肌を撫ぜる生暖かくひんやりとした空気は、風というほどのまとまった指向性は感じないけれど。


「は、は、は…」


 息が苦しい。

 平坦なはずなのに、心臓が負荷を訴えて弾む。


「どうして…、いや、おれは…」


 うねるような坂道に足が上がらなくなってくる。

 灼熱の日差しがじりじりと身をく。


「れ、ういり、る、」


 まつ毛も凍る冷たさに舌が縮む。


 気を抜けば転がり落ちそうな下り坂だ。


 草がこちらを嘲るようにを伸ばしてくる。


 暗い。


 いや、目が開けられぬほどに眩い。


 頭髪がじりじりと不快なにおいを出して燃え、

 凍るまつ毛のせいで目が開けづらい。


 ギリギリと万力で締め上げられるような頭痛。


 上下左右に攪拌されせり上がる胃液が喉を焼く。





 思考すら曖昧で滅茶苦茶に乱された先、まるでそれだけをインプットされた機械のように亀の歩みながらも進み続ける騎士団長クレイグのうつろな目に、奇妙な四角が映りこむ。


「…ぁ」


 口元から涎なのか胃液なのか判断もつきにくい液体を垂れ流しながら、自らが幽鬼のようにふらつくその足が。

 ようやく止まった。


「…は、はは」


 まるで蜜に吸い寄せられる虫のように、反射的にその四角い何かに近づいていく。

 足がもつれ、転びそうになりながら張り付いた先で見えたもの。


「~~~!!!!!」


 目の奥がカッと赤く染まった。







 ジュンさんの部屋を軽く覗いてみたけれど、すっごく集中していて邪魔できない雰囲気だった。

 仕方なくリビングまで台車を転がして、キレイに拭いたテーブルの上へ鉢を置く。


『ふふ。ジュンさん、どんな反応するかなあ…!』

 わくわくしながら花をつつく。

『緊張してきちゃった…』

 ふう、と熱い息を吐いては意味もなく前髪を整える。


 きっとすっごくすっごく喜んでくれるんだろうな。

 それで、また2人でお祝いするんだ。

 …ご飯のあとに言うべき?それとも、花を差し出しながら伝えるべき?!


『~!』

 考えるだけで耳の先まで赤くなっちゃう。



 前世まえも、学院まえも。

 こんなにこころがぎゅってして、でも楽しくて幸せで、待ち遠しい時間を感じたことはないのに。



『でも、』

 ふふふ。また笑みがこぼれる。

 心臓が高鳴って、叫び出したいくらいにもぞもぞむずむずしてる。


『でも』

 まだかな。

 まだかな。


『でも!』




 沸騰しそうに熱くなって、思わず目の前の鉢を抱いて花に顔をうずめる。


『これがきっと、本当の…』






 謎の箱の中に、少女おんながいる。

 見たこともない美しい花を抱えて。


 伸ばした手が、見えない何かに阻まれる。


 信じられないくらいに透き通った硝子が、箱の向こうとこちらを隔てている。

 それを理解せぬままに、衝動的に振りかぶった手がそれを砕く。




 ああ。

 忌々しい。


 あの方の憂いの種が、幸せそうに笑っている。


 壊さなければ。

 この手で。

 あのしあわせを摘み取らなければ。


 でなくば、俺は。




 ガシャン!!

 けたたましい音が鳴って、整頓されたリビングにガラスの破片が飛び散る。


「ヴヴ…」

『!?』

 唸るような低音にギラつく瞳。

 全身ドロドロでみすぼらしく荒れ果てた、獣の声をした人間。

『っ、』

 喉の奥でつかえた声が、頭の中で響く。



 怖い。

 誰?

 どうして。

 たすけて!



 そんな感情が降っては積もり、発せられないままに伸びてきたけだものの手が彼女を掴む。

『、』

 息を詰める彼女に、ギラついた目が鋭く射抜く。


「…、……!」

 声にならぬ叫びがビリビリと空間を震わせ、その尋常ならざる気迫に肩が跳ねる。

 手の力が抜け、大切に抱えていたはずの鉢植えが落下して割れる。こぼれた土が辺りを汚す。

『い、いや…っ』

「…ぃ、ごっいにぃ…」

『あ、ああ…!』

「コッチに来い…!!!!」


 無理矢理に裂いた声が喉を通ってリビングに木霊こだました。









「っくぅ~!」

 今日も今日とて、集中しすぎて体中がバキバキだ。


「でも、そのおかげでもうほぼ完成だな…!」

 あとは時間を置いて見直せばいい。

 ツンとする目薬をして、目薬なのか涙なのか分からない水をティッシュに吸わせてゴミ箱へ。

「っはあ。あ~、効く…」

 ゴキゴキと背と肩を鳴らしながら立ち上がって、すっかり乾燥しきったマグカップを片手にリビングへ。


「スポドリか水か…」

 なんて疲れと達成感からくる心地よい重みを味わいながらリビングにたどり着いたとき。

 その異様な風景に思わず思考が停止した。



 無残に割られた窓。

 割れた破片や窓枠にこびりついた赤。


 柚乃ちゃんが選んで大切にはぐくんでいた、鉢植え。

 …踏みにじられた、白い花弁。



「……は?」


 すべてがまず初めに絵として脳を過ぎて、次に情報として咀嚼される。

 遅れて理解した。



 ここに、招かれざる客が来たこと。

 こともあろうにその人物は柚乃ちゃんを見つけ、おそらく、いや確実にさらった。

 きっと大きな音も鳴っただろうし、柚乃ちゃんは助けを求めたはず。


 でも、連れ去られた。


 なぜ?








「…俺が、呑気に絵なんか描いてたからだ」







 その時、俺を支配した暴力的なまでの感情をどう表せればいいだろう。

 怒りというには陳腐で、激怒というには冷たい。


「…」


 ゆだる思考を捨て、俺は静かに部屋に戻りペンを握った。



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