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6話 不穏な便りと

上げたら下げたい × 実はヤバい女 …ファイッ!


「…!」

『…なにか、言ってください』

「っ、めちゃくちゃ可愛い、です」

『…どうも』



 白い、ワンピースタイプのセーラー服。白い帽子に水色のリボン。手には革の四角いスクールバッグ。

 くるりとターンして微笑む。

 空気を含んだスカートがふわりと膨らんで…。


「まっっって…」

『…』

「むり…」

『もう、大げさすぎ!』

 右手で顔を覆い、左手を突き出してストップのジェスチャー。

 やばい。マジで俺の癖にドストレートで突き刺さった…!


『も~、描かないんならわたし温室行っちゃいますよ?』

 呆れ顔の柚乃ちゃんがたぷたぷと端末を操作して表情と同じく呆れた様子のメッセージを送る。

「か、描きます!描くからほんと、30秒、いや1分待って…!」

『しょうがないなあ』

 与えられたタイムリミットを目いっぱい使って深呼吸。

 脈を落ち着かせるんだ。ビークール…。

 目を閉じて天を仰ぎながら深呼吸を繰り返す俺に、奇行に呆れるような生温い視線。

「…よし」

 目にぎゅっと力を入れ、ペンを握った俺に柚乃ちゃんも端末をしまってポージング。

 リクエストした通り。桜並木に微笑むセーラー服の美少女! (背景の桜並木は脳内で補完)


 じっくり目に焼き付けつつ、ざっくり下書きを描いていく。

 首の角度。手の位置、指先の繊細さ。

「…」

 急遽設置した扇風機の風を受けて靡く髪の一筋に至るまで。

 伏せられたまつ毛の一本一本まで。

「…」

 あ、柚乃ちゃんってここに小さいほくろあるんだ。可愛い。

 小さな丸い耳が少し赤みを帯びて…。


「あっ」

『今日はこれでおしまい!』

「そんな…」

 ふっと顔をそむけた柚乃ちゃんが身を翻す。

 揺れるスカートの波が視界の端に消えて、がっくりと肩を落とす。

「…いや、今日の分は、だからな。うん」

 柚乃ちゃんが温室の方に去っていく小さな足音を聞きながら、あたりを付けたキャンパスに線を重ねていく。

 やわらかく、あたたかい。

「はは…」

 たのしいなあ。

 いつもと同じ、慣れて染みついた感覚のはずなのに。

 柚乃ちゃんを描くペンが、腕が。

 軽くて弾む。

「…」

 BGM代わりのサブスクなんてページすら開かないまま、液タブに没頭し続けた。








「いま、なんて…?」

 聞き間違いだと思いたかった。


「…ミラー嬢の現状を確認して欲しいの」

「それは、あの?」

「あの、というのが何を指しているのかは知らないし聞かないけれど…。ユノ・ミラー嬢よ。学院の後輩だった」

 思い返すだけでも忌々しい、後輩だったなんて認めたくもない女の名前。

 聞きたくなかった。

 特に、それをシアの口からは2度と。

 けれど残酷にも薔薇色の唇が紡ぐのは聞きたくなかった話ばかりで。


「あんな風にお別れすることになってしまったけれど、わたくし、もっと違う形で彼女とちゃんと話してみたかったの」

「あのときだって、彼女はびっくりしていたし…」

「わたくしへの嫌がらせの件だって、彼女がしたことではなかったのではないかしら」

「あるいは、わたくしが過剰に捉えていただけだったのではないかしら」

「なんて」

「最近、ずっとそう思うの」

「いまではもう、遅いだろうけれど…。でも、彼女が今どうしているかだけでも知れたら、と思って」

 せめて、彼女が平穏に暮らしていたら、万が一にもあの夜のことで不当に扱われたりなんてしていなければいいと思って。


 嗚呼。

 そんな、慈悲深くも清らかな心根の貴女だから。だから。

「…」

「だめ、かしら」

「…いいえ。いいえ、貴女がそれを望むなら」

「そう。…じゃあ、お願いね」

「ええ」

 伏せられたまつ毛の影にすらうっとりとする。

 そっと小さく頷いて踵を返す。その背に天上の音色がかけられる。

「ねえ、ユリイカ」

 いつだってその美しい声で呼んでくれるから。

 だから、嫌いだった名前も、貴女が呼んでくれるなら何よりも大切な響きになった。

 

「なあに?シア」

 醜い内心なんておくびにも出さずに、ゆっくりと振り返る。


 シア。

 エリーシア。

 私の大切で大好きな親友。

 そして、私の神様。


「…ううん。なんでもないわ」

「そう?…じゃあ、いい知らせを持ってまた来るわ」

「ええ。待ってる」






「チッ…」

 ああ、本当に忌々しい。

 もう半年も経って、どうしてまた。

 どうでもいい駒を使ってまで、とても回りくどい迂遠な真似をしてまで、時間をかけて策を罠を巡らせて潰してやろうとして。

 ちゃんと結実したはずだったのに。


「…、」

 噛んだ手袋のレースがブチリと切れる。

 ああ、いけない。

 するりと抜き取った手袋をポイっと下げ渡す。

「捨てておいて」

「かしこまりました」

「ああそれと…」

 恭しく腰を折った侍従が下がろうとするのを声だけで引き留める。

「クレイグを呼んでおいて。それと団員を…そうね、5人もいればいいかしら。手を空けさせておいて」

「かしこまりました、お嬢様」


 ユリイカ・ダルツ。私の名前。

 西の国境を守り、有事の際には国の剣となり盾となる。私設騎士団を抱える許可を持つ4つのDを戴く伯爵家のうちのひとつ。

 ダルツ伯爵家に私は生まれた。


 大嫌いだった。

 ぶ厚くなっていく手のひらも、筋肉に覆われていく体も。

 それを私に強いる両親、兄、家臣、領民。

 そして、国。


 それがぐるりと変わったのは、エリーシアと出会った日。

 神すら恨んだ私に、本当の神様が微笑んだ日。




 メイドに用意させた白ワインを嗜みながら、吸いもしない葉巻を切って火をつける。

 くゆる煙を眺めていれば、コンコンと力強いノック。

「入りなさい」

「失礼いたします」


 鎧を省いた騎士服。

 盛り上がった筋肉は私の脚よりも太いだろう。…訓練だけではない、実戦で磨き上げた巨躯。

「西方守護区、第5騎士団団長クレイグ。ただいま参りました」

 領主であるお父様、先代領主のお祖父様、次期領主の長男、備えの次男に続いてこの地で5番目の権力者である私の持つ私設騎士団。

 まあ、規模も権限も大きく劣る騎士団とは名ばかりの集まりだけれど。

「仕事よ」

「はっ」

「…半年ほど前、貴族学院を放校処分になったユノ・ミラー。彼女のその後の動向を調べて」

「承知いたしました」

「それと…」

 従順にこうべを垂れる騎士団長イヌ

 感情のままに声を乱さないように、努めて冷静に。


「場合によっては私がじかにお話したいから、そのつもりでね」


 もし、あの子を苦しめたあの女がのうのうと幸せを享受していようものなら…。

 ああ、ああ、嗚呼…!

 想像だけでも頭が沸騰しそう。





 完璧なエリーシアに劣等感を抱いて、愛するどころか傍にもいられない王子も。

 だとしても、次代の国母になるエリーシアの内定婚約者という王子にちょっかいかける身分知らずの小娘も。

 分不相応にもエリーシアを差し置いて小娘が妃になるのではと噂する愚かな生徒たちも。

 私の甘言に乗って簡単に手を汚す駒どもも。


 全員、さっさとくたばればいい。

 私のシアをほんの少しだって曇らせる塵屑ども。


 でもまあ、とりあえずはあの小娘。

 シアに憂いを抱かせる、あの小娘を始末しなければ。

「委細、おまかせください」

「ええ、任せたわ。…人員は5人ほど空けさせたから」

「はっ」

「それだけよ。もういって」


 ぐっと身をかがめて、来た時よりも音を殺して去っていく。

 その背を見送るでもなく、ぼうっと窓の向こうを眺めて。


 バシャリ。

 グラスにたっぷり残ったワインを絨毯に盛大に振りかけて部屋を出た。メイドに声をかけるのも忘れず。

「ああ、そこのあなた。部屋を片付けておいて」

「かしこまりました」


 大丈夫よ、シア。

 私がきっと、あなたの憂いを晴らすから。










 その日、ミラー家に訪ねてきた客人をなんと表したらいいだろうか。

 客人。

 いいや、彼らはけしてそんな歓迎すべき隣人ではなかった。


「…なるほど」

 ずんと深く静まり返った一室に低い声が落ちる。

 向かい合う中年の男が額から大粒の汗を流す。


「庇い立てしているわけではなく?」

 反論も偽証も許さない冷徹な眼差しが貫く。

 鈍く光る鎧に身を包んだ、身の丈も大きい騎士。後ろに控えた部下らしき騎士たちとは一線を画す威圧感。

 まるでこの家の主人が逆転したかのような、圧倒的な生物としての強度の差。


「は、はい。もちろんでございます」

「陛下に誓って…」

 汗みずくの中年の男、寄り添うのは小刻みに震える中年の女。

 震える男女は調べた限りの年齢よりも老け込んで見えた。


「娘は、いえ、あのユノはもう、この家から出しました…」

「わ、わずかですが路銀は渡してありましたので、それでどこかの町にでも行ったかと…」


 ハリス・ミラーとサシャ・ミラー。

 世襲により準男爵の爵位をいただくが、貴族ではなく平民の家系。

 本来であれば貴族学院に娘を通わせるなど出来ないはずだが…。

「…まあいい」

 放逐された悪辣な平民の娘の内情など、心底どうでもいい。

 自分はただ、自分や仲間を拾い上げてくれた敬愛すべきお嬢様の望みを果たすまでのこと。

 それが、あの方が掌中の玉のごとく大切に慈しむ女性ヒトの願いを間接的に叶えることでも。


「失礼する」



「…」

 集めた情報をまとめた資料に大きくバツ印をつける。

 彼らは遅くにできた待望の第一子として娘をかなり溺愛していたそうだが…。

 調べた限りでも、実際にあってみても、あの夫妻が娘を匿っている様子はない。

 いかにも愚鈍そうな夫婦だった。我々の目を欺いて愚かな小娘を養うほどの器量はない。

 …公爵家を、国を、敵に回してでも娘を守るといった気概が彼らにはない。それがいいとも悪いとも言わない。自分なら、と思うだけで。


「次だ」

「はっ」

 御者に指示を出して馬車に乗り込み、家を去る。

 次に向かうべきは娘の最終目撃場所。


「…ふん」

 さっさと死んでいればいい。

 その亡骸か遺品か、あるいは凄惨な死に様をお嬢様へ持ち帰る。そうすればお嬢様の憂いも今度こそ消えてなくなるだろう。


 馬車から覗く向こう側の景色は皮肉なほど澄んでいた。








「っくしゅん」

 むずがる鼻にティッシュをあてて首を傾げる。

「?…なんか、だれか噂してる?」

 そんなわけないか。と自己解決をして丸めたティッシュをゴミ箱に放る。

 ナイスシュート。


 あまりにも最高の被写体とシチュエーションに筆がノリまくり、気づけば食事も忘れて没頭していた。

 あらかじめ柚乃ちゃんには、3度声をかけても反応がなかったらしばらくは食事をズラしてとるとは伝えていたので問題ない。

「、っぐ~!」

 ついでに過集中から解き放たれたので椅子に座ったまま大きく伸びをすれば、バキバキと体が嫌な音を立てる。

 首も背中も痛い。

 加えてぐうと腹の虫が鳴けば、もう、気を取り直してペンを握るというフェーズは消えてしまった。

「…ご飯食べよ」



 リビングに赴き、まずはスポーツドリンクをイッキ。

 お腹もそうだけれど、喉もかなり乾いていたようであっという間に500ミリリットルのペットボトルが空になった。

「今日のご飯は、っと」

 軽くゆすいだペットボトルをゴミ袋に放り、再度冷蔵庫を開けてラップのかかったお皿を取り出す。


 大根サラダにカットフルーツ。メインは…。

「お。やった」

 よく味のしみた大根をつまんでパクリ。

「柚乃ちゃんのこの豚肉と大根の炒め煮?めっちゃ好き~」

 行儀悪くも摘まみ喰いしたお皿をレンジで温め、食卓へ。

 彩りも味も最高の食事。

 これが仕事の後に食べられるってほんとに恵まれているよなあ。一生感謝だわ、うん。

「いただきます」




「ごちそうさまでした」

 あっという間に食べ終わり、お皿を片づける。


 さて、作業に戻るべきか。あるいは一旦仮眠でも取るべきか…。


 少し考えたものの、数秒で切り替える。

「いや、ストレッチしてから風呂だな」

 まずは集中して変に固まった筋肉をほぐして姿勢を正し、清潔にするところから。

 回した方がぱきりと音を立てた。



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