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5話 ちいさな一歩と

そろそろ…。


『なに描いてるんですか?』

「えっ?!」



『ノックはしたんですけど、ジュンさんすっごく集中してて!ごめんなさい!』

「ああ、いや、大丈夫、です」

『なんで敬語?』

 くすくすと小さく笑う柚乃ちゃんから隠すようにパソコンの画面を背にする。

「あ、えーっと、どうかした?」

『ご飯、出来ましたよ~』

「あ、もうそんな時間か。ありがとう。今行くよ」

 サッと立ち上がってパソコンをスリープに。

 興味津々といった様子の柚乃ちゃんを誤魔化すように急かしつつ、リビングへ。


「お。すっご…」

 テーブルに載ったお皿には艶めく黄色のドレス。

 傍には小鍋。煮詰められたソースらしき、並々の茶色が美味しそうな香りと湯気を立たせている。

『頑張りました!柚乃特性オムライス、ドレスアップ版です!』

「おお~!」

 思わずパチパチと拍手。

 初日の晩御飯だったか。姉貴がよく作ってくれて、妹も俺も大好きなオムライス。もちろんそんな手の込んだものじゃなく、ケチャップライスに平たく焼いた卵を被せるタイプのものだけど。

 こっちでは食べることも見ることもなかったオムライスに、柚乃ちゃんはいたく感激していて。それから毎週水曜日のお昼ご飯はオムライスに決めたんだっけ。

 ちなみに暦は地球規格だ。


「もうプロじゃん。人気のお店で出てくるやつだ…!」

『卵は生クリームも使ってトロトロにしているので、ソースはデミグラスにしました!』

「はいもう美味しい」

 さっそく小鍋からソースをすくいかけて席に着く。

「いただきます」

『どうぞ、召し上がれ』




「ごちそうさまでした」

 手を合わせて礼。

「っはあ~。美味しかった」

 付け合わせのサラダまでキレイに平らげて、空いた皿をシンクへ。

『よかったです。今日のはとっても力作だったので!』

「うん。見た目も味も最高だった。俺も負けてらんないな」

『じゃあ夜は期待しておこうかな~、なんて』

「ん。任せとけ!」

 柚乃ちゃんもずいぶん砕けた対応をしてくれるようになったなあ。笑顔も増えたし、ここを自分の家だと思ってリラックスできているなら何より。

 洗い物をしながら立てかけた端末のメッセージ越しに会話するのもずいぶん板についてきた。


『それで、聞きたいんですけど』

「うん?なんかあった?」

『結局、あんなに集中して描いてたのは誰だったんですか?何のキャラクター?』

「ブッ!?」

 ごきゅ、と変な音が鳴って誤嚥した唾にゴホゴホとせき込む。

 まさか、それを掘り起こされるとは…。

「い、いやあ~」

 やばい。

『見せてもらったアニメとかのキャラクターにはいなかったような…?』

「あー。うん。それは…」

 い、言い辛え~…!

 どの面下げて言えばいいんだ?! あれは初めて君と合った日の、目覚めた君を見た瞬間ときの光景だよ、なんて…。

「は、ははは…」

 言えるわけねえ~!!!


『あ!お仕事とかでした?聞きにくいこと聞いちゃってすみません!』

「いやっ!」

 全然バリバリに私情です!

「ええっと~」

 ティロン。

 水を止め、手を拭いてタブレットを手に取る。

 頼む。どうにかこの状況を切り抜ける最善の一手を…。

『言っちゃいましょうよ~!』

 …。

 黙ってタブレットを閉じた。

 っすぅー…。

「あ~、の、さ…」

 視線の圧を感じ、恐る恐る顔をあげる。

 あれ。なんか思ったのと違う、キラキラした目がこちらを射抜く。

『うんうん』

「あの~」

『うんうん!』

「初めて会った日の、柚乃ちゃん、です…」

 そっと目をそらし、言い逃げる。


 もう絶対気づいてたんじゃん。

 気づいたうえで言わせようとしてるじゃん!

 なんで?!


 混乱と羞恥に震える俺に、ふすっと空気の抜ける音。

 シュポ、といつもの通知が来て。

『はい。知ってました』

「…デスヨネ」

 っはー!絶対に引かれた!確定!

 唯一にして最高の同居人に軽蔑された!

「…ほんとごめん!勝手にあんな、キモイよな…」

 っとに下心野郎がよ!悔い改めろ!

 いつだったか。実家のリビングでキショメッセを送ってきた相手を罵倒する姉貴の姿が脳裏によぎった。


『なんでですか?』

「え、なんでって」

『嬉しかったです。すっごく』

 は。

『ジュンさんにはあんな風に見えてるんだって。わたしのこと』

「…うん」

『ちょっと盛りすぎっていうか、美化されすぎな気もしますけど…』

「っそんなことない!あれでも柚乃ちゃんの可愛さを完璧に表現しきれてなくて…!」

 聞き捨てならない言葉に思わず食い気味に返せば、ガタンと物が落ちる音。

 あわてて視線を向ければ、落とした端末を拾った柚乃ちゃんが真っ赤な耳を隠すように手で弄りながら背を向けている。

「えっ。かわい」


『!』

『、も』

『もう!』

『そういうのいいから!』

 ポンポン送られてくるメッセージ。

 はあー?!こんなん可愛すぎるんだが!?!

「…俺のキモさを包み隠さずに言うけど、実物はマジであれ以上だったから。ほんとに可愛い。マジで天使。画面から飛び出てきた美少女」

『~~~!?』

 俺の方を振り向いた柚乃ちゃんが、慌てて手で俺の口を塞ぐ。

 手、ちっちゃ。

「もがもが」

『もう!もう!』

 真っ赤な顔。潤んだ瞳。


 …はい。降参します。

 俺は柚乃ちゃんが好きです…!








 というじゃれ合いがありつつ。


「えっと、これが俺の描いてる柚乃ちゃんの絵、です…」

 場所をあらため、俺の作業場へ。

 壁掛けの大きなメインディスプレイにイラストの全体図を、左右のディスプレイは参考資料やBGM代わりのサブスクをそれぞれ開いている。

 もちろん手元の液タブには作業中のイラストの拡大部が表示されている。


『すごーい!』

「そ、そうかな…」

 バレた以上、開き直って本人へ大公開することにした俺。

 まあ、出来としてはかなり。というか俺の中でも1,2を争う傑作なので…。未完だけど。

『本当にすごいです!うれしい!』

「…うん」

 きらっきらの表情でそこまで褒められたら悪い気はしない。

 というか、自分を描いてると分かったうえでこんなあからさまな熱量の物を見せられてこの反応。き、期待したい…。


 王子とか言うやつに勝手されて傷ついて、まだたった数ヶ月。

 ここまで気を許してくれているのは、ひとえに俺が同郷の人間で無害だって思ってくれているからなんだってわかっている。

 わかってるのに。

「自覚した途端にこれって、ほんと下心野郎すぎる俺…」

『なにか言いました?』

「ああ、いや。なんでもない」

 自戒のひとりごとを漏らしつつ、不思議そうな柚乃ちゃんに手を振って誤魔化す。

 ああ、そうだ。


「こっちのフォルダとか、今まで描いてきたやつが入ってるんだけど良かったら見る?」

『見ます!』

 椅子を譲って、熱心にパソコンを触る柚乃ちゃんを見ながらほっと溜息。

 するとまたもや神アプリの通知音。


『推しカプてえてえ』

「…覗き魔。流石に柚乃ちゃんに失礼ですよ」

『そんな!神絵師×転生令嬢はないんですか?!』

「そこになければないですね」

『くっ。それでも神はあきらめない…!』


「…はあ」

 まったくこの神は。

 ただまあ、いつかそうなれたらいいなとは思わなくもない。

 でも、それはいつかの未来でいい。今はただ、柚乃ちゃんが幸せで快適な生活を送れたらいい。少しでも癒されてくれればいい。

 俺はただ、そう願うだけだ。








 また少し日が過ぎて。


『見てください!芽が!』

 仮眠中。

 何やら興奮した柚乃ちゃんにたたき起こされ、降りた地下の温室。

「あ、」

 芽が出ている。

 中くらいの鉢、その中央にぴょこんと飛び出た若葉。

「すごいね。もう出たんだ」

『はい!』

 ぱたぱた小さな手で俺の背を叩いていた柚乃ちゃんが大きく首を上下に振って、あっと思い出した顔で端末を弄る。

 興奮しすぎて喋れないことを忘れてしまっていたみたいだ。


『すごくうれしい!大事に育てます!』

「うん。俺も楽しみ」

 まあどんな花が咲くのかは、お互い図鑑で見て知ってはいるのだけれど。

 でも、はじめて自分で種から育てた花が芽吹くというのは、言葉では言い表せない感動だっただろう。

 小さな新芽。

 柚乃ちゃんが選んで育てた、はじめての花。


「…今日はお祝いにしよっか」

 せっかくだから豪華な食事頼んでさ、と笑えば元気よく返ってくる。

『賛成です!』

「あ!ついでに購入を検討してたアレもさ…」

『いいですね!』

「よし。じゃあ俺はやりかけの仕事をキリのいいところまで終わらせてくるから、テーブルの準備は任せちゃっていい?」

『もちろん。お任せください!』




 柚乃ちゃんと別れて部屋に戻り、パソコンを付けてペンを持つ。

 リミットは…大体30分ってところかな。

「おし。集中集中」


 ふ、と息を吐く。

 予定していた作業を終え、時刻はタイムリミット5分前。

 なかなか集中して取り組めたな、なんて自画自賛しつつパソコンを落とす。保存のダブルチェックも忘れずに。前にそれで痛い目をみたからな…。



「お。準備万端だ」

 リビングの大テーブルはきれいに拭きあげられ、レースのクロスが掛けられている。

 照明も少し落とし、料理が並べばいい塩梅に映えるだろう。

「あ、そうだ。はいこれ」

『ありがとうございます』

 渡したのはカメラ。それも撮った瞬間の画像がすぐに現像される、ポラロイドタイプのものだ。

 以前から、端末のカメラじゃないちゃんとしたカメラの購入を検討しており、だったらすぐに撮ったものが見れるこれがいいと2人で選んでいたものだった。

 こっちでのあたたかい思い出をアルバムに残したいという、柚乃ちゃんの想い。

「フィルムはもう入れてあるから、シャッターを押すだけ」

『なるほど』

「換えのフィルムとアルバムは後で選ぼう。まずは今日の晩餐!」

『はい!』


 選ばれたのは、フレンチのフルコース料理。

 少し高級な、けれど肩ひじ張って緊張するような超高級店のものというほどではない価格帯。

 まあ宅配みたいなものなので、フルコースといっても全部いっぺんに届いたわけだけれど。


 サクッと記念すべき第1枚目の写真を撮り、着席。

「それじゃ、柚乃ちゃんの緑の手に」

『乾杯!』


 まずはドリンクをひと口。

 ワイン酒造のグレープジュース。

 普段呑むジュースよりも酸味というか渋みがあってなんだか不思議な味がする。

「これはこれで…」

『!』

 これも美味しいです!という表情豊かな無言の訴えにフォークを握る。

 レストランのディナーでありながら家のご飯なので、順番すら気にしない。前菜をすっ飛ばしてメインだろう肉の塊に取り掛かる。

「!うっまぁ…」

 ナイフを軽く通す柔らかな肉。

 皿を彩るソースのラインを上手く掬いながら頬張る。

『~!』

「たまの贅沢にはいいね、こういうのも」

『!』


 美味しい食事に舌鼓を打ち、シメのデザートまで平らげたら自然と2人手を合わせる。

「ごちそうさまでした」




 明るくなったリビングで片づけをしながら、カメラを弄る柚乃ちゃんに声をかける。

「あのさ」

『?』

「もしよかったら、何だけど」

 自分の中のヘタレ根性をしばきながら、どうにかこうにか言葉にする。

 されど重すぎるとドン引かれないように何でもない風を装ってさりげなく。…まあ、バレてるだろうけど。

「今度、柚乃ちゃんをモデルに描きたい、んですけど…」

『!』

「もう描いてんじゃんって話なんだろうけど、そうじゃなくてなんというかその、ちゃんと正面からというか…」

 あー、もう。

 これだから一目惚れ片想い下心野郎め!

「勝手に描くのは、よくないわけだし。ちゃんと、柚乃ちゃんを見て描きたい」

 声が震える。

「ダメ、かな」


 もう作業の手なんか止まって。

 言っちゃった言っちゃった言っちゃったー!と爆裂に脈うつ鼓動を抑えるように胸に手を当てる。

「どう、でしょうか」

 沈黙を打ち消すように畳みかける。


『もちろん、いいですよ』

『というか』

『すっごくうれしい』

『わたしからもお願いしたいです』

『ぜひ』

『描いてください』


 よ、

「よっしゃー!!!」

『!?』

 勢いよくその場で跳び上がってガッツポーズ。

 そのままのテンションで差し出された柚乃ちゃんの手を包み込む。

「絶対、絶対に最高の絵にしてみせる…!」

『…!』

「だから、完成楽しみにしてて。ね?」

 あ~!

 いまからどんな構図で描こうか悩むな~!

 被写体が最高なんだから、どんな構図だって最高に違いないんだけど!

「俺!ちょっと部屋籠って構図考えてくる!じゃあ!」




 なんて、るんるんで部屋に帰った俺は見逃してしまった。

 真っ赤な顔で、握られた手を胸に抱える柚乃ちゃんの姿を。


 ティロン。

 放置されたタブレットに一瞬映って、直ぐに取り消されたメッセージ。

『やっぱり推しカプはあったんだ…!』

 だれにも気づかれないままに画面はブラックアウトし、闇に消えた。



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