4話 あたたかな暮らしと
料理描写、好きです。
えー、では聞いてください。
柚乃ちゃんが、めっちゃ可愛い…!!!
…ご清聴ありがとうございました。
『わたし、お花育ててみたかったんです!ありがとうございます!』
シュポ。
神アプリじゃない、端末付属のメッセージアプリがメッセージの新着を伝える。
「良かった。買ってみたはいいけど、俺、花とかよく知らないからさ。柚乃ちゃんが使ってくれるなら助かるよ」
『お花の種とか、どんなのがありますか?』
「えーっと…」
行き倒れの少女こと鏡見柚乃ちゃんがうちに来て、もう1週間が経つ。
初日の俺のやらかしはいろいろあるけど、まさかの地球出身たぶん同世代くらいという奇跡もあり、思った以上にストレスなくスムーズな生活が送れている。
時間の流れは早いもので、最初は何をするにも申し訳なさそうで俺の様子を伺うような小動物チックだった彼女もこの通り。弾けるような、とまでは言わなくてもはにかむくらいには表情も柔らかくなった。
「見える?」
見やすいようにタブレットを傾けて指さしながら説明。
「ざっくりここからここまでが花の種で、上から順に育てやすい?開花までが早い順になってる」
『なるほど。…季節とかは関係ないんですね』
「うん、みたいだよ。そこはほら、特殊な環境だからかな、どんな季節の花を植えてもいいらしい。実はプラントの野菜もそうだったんだよね」
『そうなんですね。うーん、どうしよう』
「ゆっくりでいいよ」
タブレットを渡して見守りに移行する。真剣な眼差しと、つんととんがった唇が可愛い。思わず口角が上がる。
独りじゃないって、共感や共有ができる誰かがいるって、こんなにも楽しい。
とはいえ、もちろん最初からここまで砕けて離せていたわけじゃない。ここに至るまでに、俺たちはいろんな話をした。
まずちゃんとした自己紹介を兼ねて俺のざっくりとした身の上話。こっちに来た経緯。この家のこと。
すると同じように柚乃ちゃんの方からもいっぱい話をしてくれた。
柚乃ちゃんは俺みたいに異世界から飛ばされて来たわけじゃなく、いわゆる転生だってこと。地球にいたころ、そしてこっちでの生い立ち。…どうして魔女の森へ入ったのかも。
彼女の話は正直俺にとって本当にびっくりするぐらい重くて、そんなすれ違いというか人間関係の悪化?を仕組む人がいるなんて信じられなかった。そんなことをして何の意味があるのかもわからないし。
でも「隠し事をしたくない。ひとりで抱えていたくない」と言った彼女の言葉が嘘だとも思えなかった。
俺は彼女の話をしっかり聞いて受け止めて、ただ、傷口が悪化してしまわないように傘をさすだけ。
こういうのは姉貴も妹も「黙って聞いてるだけでいい。吐き出したいだけで意見は求めてない」ってよく言っていたし。柚乃ちゃんも、聞いてくれる人がいて吐き出せて少し楽になれたと言った。
その翌日から、柚乃ちゃんは少し活動的になった。
新しいことがしてみたいと意欲的で、料理やお菓子作り、イラストなんかも教えてみたり。
どれも楽しそうだったけど、中でも特に元気になったのは小さな観葉植物の鉢を買った時だった。
もともと植物に興味があったらしく、じゃあと溜めていたコインを使って地下プラントの一角に温室を構えてみた。もちろん、以前からあったけど使っていなかったという体で。
温室に最初に案内した日の柚乃ちゃんは少しテンションのタガが外れていて、まるで初めてテーマパークに来た子どもみたいで可愛かった。
事前に勉強したいとの言葉にいくつか植物図鑑を買って渡し、家の中だけじゃなく地下にも行くならもっと手軽にコミュニケーションが取れるようにしようと端末を用意。
この家の中ならネットも繋がるし、いちいちホワイトボードに書いて消してじゃ大変だからこれは導入してよかったものの1つだ。
もともと使っていた機種に似ているとのことで水を得た魚のようにスイスイ使いこなした柚乃ちゃんは無敵だった。
ふっと顔をあげる。
『このお花が良いです。いいですか?』
「えーっと、うん、それね。おっけー」
見せてくれた花の種をそのまま購入。他に必要な物も。
すぐに温室の入口に届いたそれを持ち上げ、一式ずらりと温室中央のテーブルへ広げる。
「まず柚乃ちゃんが選んだ鉢」
『はい!』
「これが初心者用の石と土」
『はい!』
「で、これが種」
『わあ!』
手元の端末でちょこちょこ反応してくれる柚乃ちゃん。
リアクションがいいのでこっちまでなんだか楽しくなってくる。
「これだけでいいの?もっとたくさん買えるけど」
『お花育てるの初めてだし、これがいいんです。大切に育てます!』
「そっか。ここは、横のプラントも含めて普通の施設じゃなく神様のつくったやつだから、育つのも本で読んだより早い。いちおう注意して。あと手入れとかはそんなに気にしなくていいらしい。虫とかも」
『そうなんですね。とっても心強いです!』
「うん。あー、で、ここ地下だけど光とかも疑似太陽光が勝手に照射されてるらしいから、そこも大丈夫」
酸素と光と水。さすがに素人の僕でもその3要素が必須なのは知ってる。異世界と言えどその基本は変わらないはずだ。たぶん。
魔女の森なんてよくわからない環境だけれど、家にも日が差し込まないのに地下なんて当然ながら…。というお決まりのやつは地下プラント購入時に一通り取説を読んだので大丈夫。そもそも家でも健康に過ごせてるしな。
『異世界ですもんね!いろいろ地球とは違って当然だと思います。とっても楽しみです』
「ん」
…本当は俺も一緒にやりたいけど、絵も描きたいし何より自分だけなら適当でいいけど柚乃ちゃんにそんな暮らしはさせられない。単純に2人住む以上、かかる費用も倍のはずだから俺はしっかり稼がないと。
気合を入れなおして。
「それじゃあ、ここは柚乃ちゃんの好きに使って。もちろん必要な物は都度言ってくれればすぐに対応するからさ。メッセージでも、ぜんぜん」
『ありがとうございます』
「何かあったら、いや、なくても、いつでも連絡して。俺もちゃんと反応出来るようにしとく」
端末を持ち上げてアピール。
頷いた柚乃ちゃんがまた一生懸命文字を打つ。
『上手く咲いたら、見てくれますか?』
「!うん。もちろん」
『やった!』
小さくガッツポーズする柚乃ちゃんにあったかい気持ちになる。
「じゃ、俺は部屋にいるから」
『はい』
「ほんと、いつでも遠慮せずにメッセージ送ってね」
『はーい』
過保護なお父さんみたい、なんて笑われてなんだか照れくさい。
後ろ髪を引かれつつ、部屋に戻った。
愛用のマグカップに濃い目に淹れた緑茶をたっぷり注ぎ、定位置へ。深く沈んだ椅子がころりとキャスターを転がして後ろに下がる。
…俺、コーヒーは苦くて飲めないんだよな。子ども舌だとは自認してるけど、こればっかりはどうも。
「あちっ。…ふー、ふー」
また舌先を軽く火傷しつつ啜る。ペンを持って液晶タブレットに向かっても、思考は勝手にぐるぐる回る。
「過保護、なあ」
…やっぱり、この気持ちは庇護欲なんだろうか。可愛いから、同郷で年下だから、傷ついているから。そういう下心とか郷愁とか憐憫とか、そんな気持ちからくるものなのか…?
それともはたまた、ひ、一目惚れ的な…。
「あー!わかんねー!」
なんだか筆も乗らなくて、下書きを保存して閉じる。
というか彼女は未成年だし!学生だし!
俺は大人で庇護者、扶養者?な訳なんだから、下心なんてもってのほかだろう。うん。
「んー…」
そのまま流れで別の作業ファイルを開く。画面には光さす窓辺に腰かけるひとりの少女のイラスト。
日の光に透けるミルクティーのくせっ毛。閉じた瞼、伏せられた長いまつ毛。
黄金色に輝く一瞬。その切り取り。
無言のまま開いたそのファイルを、レイヤーを重ねたり色を調整しながらちまちまブラッシュアップしていく。
描き始めてからずっと、手慰みに加筆修正を繰り返し続けたファイル。趣味オブ趣味でずっと描きこみ続けているせいもあって、レイヤー数がとんでもないことになってきた。ファイルめっちゃ重い。
「…キモイか?さすがに…」
俺の妄想の中に美しく輝く、あの日見た柚乃ちゃんの姿。それをベースに描きこんだ一枚。
パソコンの画面に引きで映した全体図を見ながらごちる。とはいえ我ながらあまりにも超大作なので消すのも…といった感じなのだけれど。
きれいなものを、描きたいモチーフを描いているだけ。
そう言い切れないのはやっぱり。
ティロン。
いつもの通知。
『先生の癖画、お待ちしてます』
「やかましいわ」
癖の画像で、美術の壁画とかけて…って説明させんなこんなこと。
まったく…。スポンサーは神様だけど、こっちに干渉しないで欲しい。
なんて、言えないけど。
「さすがに肖像権とかもあるのでちょっと…。っと」
『残念です。いつでも待ってます』
すかさず返ってきた内容に何とも言えない表情のスタンプを1つ送ってメッセージを閉じる。
やれやれ。
イラストの方も保存をかけ、一旦画面をスリープで落とす。
絵を描き始めてもう2時間弱。おなじ体勢だったせいで腰も背中もバキバキだ。洗い物だけして、息抜きもかねてちょっとストレッチでもするか。
「ん~」
すっかり冷たくなったマグカップを持ち、キッチンへ。行儀が悪いのは百も承知だが、残ったお茶を飲みながら歩く。
「あれ」
キッチンに着くと、置いていたはずの食器類はなくすっきりと片付いていた。洗うだけではなくしまうところまで済ませてくれたらしい。あとでお礼言っとかなきゃな。
シンクにマグを置いて水を張る。
「お」
シュポ。
タイミングよく送られてきたメッセージに思わず口元が緩む。
『お疲れ様です。冷蔵庫にフルーツゼリーを入れてあります』
「ありがとう!ちょうど甘い物欲しかったからいただくね、と」
冷蔵庫にはラップで封をされたグラス。ひと口大に切られたミカンやモモが彩鮮やかに沈んでいる。
さっそく取り出してスプーンを差し込む。
「うま。…やっぱ女の子ってお菓子作り好きなんだなあ」
あー、でも、うちの姉貴も妹も食べる専門で買う派だったな。ってことは柚乃ちゃんがお菓子作り好きなだけか。
その恩恵にあずかる身としてはありがたい話だ。
「いや、俺も頑張んなきゃな。せめて美味しいご飯を…」
さて現在、この家の役割分担としてはざっくり以下の通り。
掃除…各個人の領域は自分で。共有部は柚乃ちゃん、これは本人の希望だ。
洗濯…自分の分は自分で。と言っても全自動洗濯乾燥なので放り込むだけだけど。
料理…朝と夕は俺。昼は柚乃ちゃん。
掃除洗濯は置いておいて、料理だが…。
これは単に俺のタイムスケジュール的の問題だ。寝起きで頭がリセットされている状態を作る為にちょこちょこ仮眠を取る、というのがひとつ。
そして気分転換と料理スキル向上を兼ねた、ある種の趣味であるというのがひとつ。
とはいえ、柚乃ちゃん的にも掃除だけで他に何もせずにいるのは居心地が悪いということもあり、昼食はその好意に甘えている感じだ。あとお菓子も。作るの好きらしいし。
いや、掃除してくれるのめちゃくちゃありがたいけどな?強制一人暮らしで分かる家事の大変さ…。
「あと購入しとくのは…」
ちなみに、必要な材料や道具なんかの希望と不足を冷蔵庫に貼ったホワイトボードに記入しておくようにしている。購入したら消す、という感じだ。
このホワイトボードは最初は筆談用に買ったのだけれど、端末の導入で使わなくなったので転用した。
これが案外便利だったりする。いちいち紙に書いて貼って捨てて、という手間がいらないからだ。
「これとこれと、あ、これもよさそう」
残念ながら柚乃ちゃんはタブレットに触れられないので購入が俺にしか出来ないのが不便だけど、それは仕方がない。
ざっと必要な物を買って、残るポイントもまだ余裕そうだ。このペースなら週に一度は豪遊してもいいかもしれない。
最近はポイント購入の対象商品も増えてきて、どこからどう仕入れているんだか分からないけど絶対に知ってる某ショップのバーガーとかフラペチーノとか、果ては有名レストランのフルコースなんかも購入できるようになっているし。
「これもう帰す気ないだろ…」
ティロン。
『いつまででもウェルカムですよ!』
どんな状況のひとり言にも即レスの神対応。
「ありがとうございます、と」
お決まりのやり取りをすませ、タブレットをテーブルに戻す。
空になったグラスとスプーンをシンクに置いて、腕まくり。
「満漢全席、は流石に持て余すよなあ」
泡だらけのスポンジを握りしめて、そんなことを呟いた。




