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3話 2人の異世界人と

衛生とか食の好みとか、記憶がある限り本当の意味では異世界合わなさそう。


「まさか、娘がそんなことを…」

「そんな風に他人を傷つけるなんて、それも公爵家のご令嬢を!」

「私の育て方が悪かったんだわ。ああ、まさか…」

「…ユノ。お前は勘当だ!うちから出ていきなさい!」

 違う。

 違うの、お母様お父様。

「グラン公爵令嬢とグラン公爵様。そして陛下に我々も詫びなくては…」

「うう…」

 ねえ。

 聞いてよ。お母様。

「くぅ…ッ」

 お父様。


 わたし、そんなことしていないのに。




 パーティーは中断。

 先生たちに連れられてはじめて入った応接室で、両親が来るまでここで待っていなさいと座らされたソファ。

 そのふかふかの座り心地を感じる余裕もなく、わたしの頭はぐちゃぐちゃだった。ただ分かるのは、わたしは何にもしていないこと。

 嫌がらせのでっち上げもしていないし、反対に、嫌がらせの犯人が誰なのかを自分で確かめたりもしていない。

「…」

 だからなの?だから駄目だったの?

 でも、でも、だってそんなの、

「わたしのせいなの…?」

 アレクの、王子様の疑うような声。学長先生の冷たい目。周囲の嘲り。

 心がすうっと冷たくなって、なんだか自分自身さえ遠く遠くに感じる。まるでわたしじゃない誰かを俯瞰しているような…。


 そこからはまるで、ぶ厚い透明な膜越しに話が進んでいるようだった。

 やってきた両親が先生たちの話を聞いて、わたしを切り捨てる瞬間さえも。


 反応のないわたしを家まで連れ帰った両親は、小さなトランクに服と路銀を詰め、そうしてそのままわたしを家から追い出した。

 そんな子に育てた覚えはない、だとか。お前なんてもう娘じゃない、だとか。

 なんだかいろいろ言われたけれど、もうどうでもよかった。何も響かなかった。


 ただ、歩く。

 思い出すのはあの美しい紫。

「…」

 無心で歩く。

 気がついたら、わたしは深い森にいた。時間のせいじゃない、日の差し込まない暗い森。荷物はない。どこかで落としてしまったんだろう。構わない。

 冷静な頭の隅っこでここが魔女の森だと気づいたけれど、別にどうでもよかった。

 入ったが最後、生きては出られない森。不可侵領域。

 時折つっかえながらふらふら進む。生えた草が肌を裂いて血がにじんでも、地面の凹凸に足が痛んでも。

 そうしてしばらくして、とうとう限界が来た。幻覚すら見えてきた。


 もう、しんじゃうのかな。

 でもいっか。

 わたしなんて、だれもいらないんだもん。


 柚乃じゃないユノは、もう。

 すべてを諦めて手放して、わたしは心の中でさよならを言った。

 意識が薄れる。倒れ行く体、伸ばした手の先に、とても懐かしくて絶対にありえない硬い感触を残して。




 いつも通り、寝て起きてリビングへ。

 なんとなくまだお腹が空いてなかったからチョコをひとつ。

 日課というか癖になった、意味のない窓の向こうを見ながら伸びをする。

「さーて、今日は何しよっかな」

 そんな独り言と共にタブレットを手に取った時、玄関ドアの向こうでドサリと物音。

「…動物?」

 念のためにチェーンはかけたまま、そっと小さくドアを開け隙間から覗き見れば…。

「ひ、ひと?!ッ、どあったァ!?」

 慌ててドアを閉めチェーンを外してから飛び出す。焦りすぎてドアに挟んだ指が痛い。


 ドアのすぐ近くに倒れていたのは少女だった。

 混乱が限界値を超える。キャパシティオーバーだって、こんなん?!

「マジで人だ…!しかもボロボロ!え!?だ、大丈夫?!」

 反応がない。呼吸は…ある。

 まず驚き、次いで少し逡巡したものの命には代えられない。

 慌てて少女を抱き上げ、家へ。…暇つぶしと気分転換と健康のために筋トレしててよかった…!


 とりあえずベッドに少女を寝かせ、ごめんなさい!と内心土下座しつつ擦り切れ汚れたドレスをハサミで切って脱がせ、簡単な治療をしてジャージを着せる。

 う、これって犯罪じゃないよな…?明らかに訳ありだし未成年っぽいけど、罪にはならないよな…?!

 出来る限り見ないように薄目で視線を逸らし冷や汗をかきながらも何とか露出をなくしてひと安心。

「にしても…」

 か、可愛い…。

「いや駄目だろ!最低か俺は!?」

 ふわふわした栗毛。白い肌。あ、まつ毛長い。

 じゃなくて!

「すーっ」

 ベッドから離れて深呼吸。

 …ここまで歩いてきたんだろうか。きっとそうだろうな。拭った足の裏は土だけじゃなく血も滲んで痛そうだった。

 服もボロボロだったけど、いかにもいいところのお嬢さんって感じだ。ドレスなんて森には不向きな格好で、慣れない道を…というか、魔女の森に来る理由なんて。それもこんな奥まで。


 きっとなにか深い事情があるんだろうけれど、いまはただ、この少女が回復することを願った。




 少女はまったく起きる気配がなかった。眠るというか、気絶に近いのかもしれない。固く閉じた瞼は目覚めることを拒絶しているようにも思えた。

 とりあえず少女が目覚める云々は置いておいて。

 いつまでも見ず知らずの男の部屋、しかもそいつが普段使いしているベッドに寝かせっぱなしというのも悪い気がして部屋を出る。

 取り急ぎ部屋をもう一つ拡張してベッドを置き、内装を整える。病室ほど無機質ではなく、けれど清潔感のあるシンプルなコーディネート。

 センスなんて、あんまり期待しないで欲しい。イラストだって参考画像を上手く脳内で組み合わせてそれっぽく誤魔化して描いてるだけだから。


 最低限、これでいいかというところに落ち着いて。

「必要な物は後から買うとして…」

 そっと少女を横たえる。身じろぎひとつない。

 よし。ミッションコンプリート!

「…ふう」

 小さなテーブルに水とコップ、軽くつまめるようなお菓子を置いて部屋を出る。

 寝起きにお菓子なんてとも思うけれど、ないよりはってことで。あ、のど飴おいとこ。

「絵でも描くか…」


 気分を落ち着けるべく絵を描きつつも、意識はずっと少女に向いていたらしい。

 気が付けば少女を模したイラストばかりが画面いっぱいに広がっていた。重症かよ、俺。

「っあ~、もう!」

 ざわざわする心を鎮めるため、少し早いがご飯を作ることに。

 こっちへ来た当初、いや、この拠点を作った当初は料理なんてほぼしたこともなく、炊いた米と焼くだけの肉や出来合いの総菜を買って過ごしていた俺。いや、実家住みだしね。なんなら米炊く係だったから。

 何はともあれ、こっちへ来て自炊というものを覚えたのだ。…流石にレパートリーが尽きて味にも飽きてきたという本音はあるけれど。

「ふっふ。人は成長する生き物だからな…!」

 キッチンでひとり無駄なドヤ顔を披露しつつ、ここしばらく使い倒して少し端のよれた折り目だらけのレシピ本を開く。

 ええと、栄養があって胃腸にも優しそうな感じの…。

「ほんのり白みその効いた鶏だし生姜雑炊…これだ!」



 格闘すること2時間弱。

 選んだレシピ自体は、簡単!と銘打つだけあって作業工程としてはそんなに多くなく、当然難しくもなかったけれど塩加減なんかを間違えて作り直す羽目に。塩味の効きすぎた失敗作は責任もって全部平らげたおかげで普通に満腹だ。

 なんとか出来上がった雑炊を器に盛って…あ、これトレーとかもあった方が良いか。タブレットで追加購入したトレーに載せる。

「雑炊よし。スプーンよし。白湯よし。…これで足りるかな」

 足りなかったらまた作ればいいだけだけど。

 念を入れ、慎重に運ぶ。

 たった十数秒の距離をこんなに気合い入れて歩くこともそうそうないよな。しかも自分ちで。


 ただでさえ暗い森の中にあって景観が良くない上に見知らぬ部屋ということもあり、恐怖心や閉塞感を感じさせないように部屋のドアは開けっ放しにしておいた。

 そっと、でも怖がらせないように足音は殺さず…。って、俺はバケモンか?

 コンコン。

 トレーを片手に支え、念のために壁をノック。

「まあ起きてないだろうけど…、え?」


 ほんのり色付いたクリーム色の空間に、パッと目を惹く美しい少女。

 柔らかな栗色の毛を小さな耳にかけ、ペットボトルを手にベッドに腰かけたままこちらを覗いている…。


「っだ、あ、え、」

 動転する俺に、少女が眉を下げる。小さな唇が開いて。

 はくはくと何も発さないままに閉じられた。

「あ、あの、えっと、俺はジュン、です。君が倒れてて、あー、ここ俺の家なんだけど、無理矢理連れ込んだわけじゃなくて、いや、ある意味そうかも?!でもやましいことは何も!あ!?服、は切って着替えさせたんだけどそれは怪我と汚れがあったからで…!」

 身振り手振り。慌てて弁明しようとして、手に持ったトレーからカチャンとスプーンと器の当たる音がして停止。

「…あの、よければ雑炊作ったから食べる?あ、ませんか?」

 その場から動かず、そっと見えるようにトレーを下げた。





 懐かしい匂いに目が覚めた。

「…?」

 肌に触れた寝具はふわふわで軽いのにあたたかくて、意識を失う前の重たさが嘘みたいだった。

 ゆっくり身を起こす。

 遠くにいてわたしを見下ろしていたわたしが、いまはしっかり体を動かしている。頭に響くたくさんの声が遠い。全部夢だったのかな、なんて。なんだかおかしい。

「…」

 息を吸って、部屋を見回す。

 明るい部屋の四角い感じも、窓も、傍のテーブルに置かれた水のペットボトルも個包装のお菓子も。全部全部、よく知っている。でも、これはこの世界にはないはずの…。

 まだ夢の中なのかも。…うん。すっごい現実っぽい夢を見ているだけに違いない。だって、伸ばした手の白さも揺れる髪も、柚乃ゆのじゃなくてユノだもん。


 どのくらいぼうっとしてたんだろう。

 コンコンと軽く叩く音がして、音の方へ首をかしげる。

「!」

 誰かな。

 ヘアバンドをした男の人が、びっくりしたみたいに目をまん丸にして口をパクパクさせている。

 わたしも何か言おうとして口を開けて、でも、思うように声が出なくて閉じる。そんなわたしに気を遣ってか、彼が慌てたように言い募る。

「あ、あの、えっと、俺はジュン、です。君が倒れてて、あー、ここ俺の家なんだけど、無理矢理連れ込んだわけじゃなくて、いや、ある意味そうかも?!でもやましいことは何も!あ!?服、は切って着替えさせたんだけどそれは怪我と汚れがあったからで…!」

 ぱたぱた手を、ううん体ごと揺れるから手に持ったトレーがカチャカチャ音を立てる。それに気づいた彼…ジュンさんがはにかみながら言った。

「…あの、よければ雑炊作ったから食べる?あ、ませんか?」

 そっと中身が見えるように下げられたトレーには、湯気を立てる美味しそうなごはんが載っていた。


 なつかしい、お味噌の風味。久しぶりに食べるお米。

 柔らかい味付けにしてくれていたおかげもあって、自分でもびっくりするくらいにぱくぱく食べ進めてしまった。

………(ごちそうさまでした)

 出ない声でもしっかり手を合わせてあいさつ。

 食べ終わったころを見計らって、ジュンさんが小さなボードを持って来てくれた。ノートくらいの大きさのホワイトボードとマーカー。

 …薄々わかってはいたけれど、ここは夢じゃなくて現実で。それで、ジュンさんはきっと、わたしみたいに地球から異世界こっちに来た人なんだと思う。前世まえに読んだ本みたいに。


 きゅきゅ、とマーカーを走らせて文章を書く。出来るだけきれいに。

『助けてくれてありがとうございます』

「い、いやいや!」

『わたしはユノです。鏡見柚乃と言います』

「柚乃、ちゃん?あ、いや、鏡見さんね?!うん!俺は立木巡。立方体の立に生える木、巡回の巡で、立木巡。ちなみに高卒フリーターで19歳」

 こっちの名前は名乗らなかった。

 ジュンさんは明らかに日本人の見た目じゃないわたしの名前にも不思議そうな顔はせず、わたしに合わせて自分の名前の漢字まで教えてくれた。

『柚乃でいいです。16歳なので敬語もいらないです』

「そ、そう?じゃあ、柚乃ちゃんって呼ばせてもらうね。へへ」

 って流石にキショいか?!ごめん!なんて慌てる姿に少し頬が緩む。

 ああ、そうだ。まずちゃんと伝えなくちゃ。

『手当もありがとうございます』

「うん」

『服も気にしてません』

「うん」

『お水とかお菓子とか、さっきのぞうすいもありがとうございます』

「うん」

 話せないせいでいちいち書かなくちゃいけないわたしに、それでも急かすことなくジュンさんはわたしの「ことば」を待っていてくれた。

『わたし、行くところがないんです』

「うん。…うん?」

『今からとっても重たい話をするので』

「…うん」

『少しでも可哀そうだなって思ったら』

「うん」

『わたしのこと』


 ペンを持つ手が震える。

 勝手に喉が締まって、目の奥がジンジンする。

 何を書こうとしているんだろう。もう、どうなってもいいって思ったはずなのに、わたし、まだ、


 ぱたぱた涙が落ちて、白いボードの上に弾んで飛び散る。

 ふっと手が熱くなる。自分じゃない、生き物の温かさ。命の温度。

「大丈夫。俺、どんな話でも聞くから」

 わたしのために、無理に距離を詰めないように手が届かない近くにいたジュンさん。

 でも、なのに、わたしが泣いてるから。

「今じゃなくてもいいよ。話せる時に、話したいときに、話してよ」

 はじめて見る、真剣な男の人の眼差し。

 真剣に、わたしの気持ちを優先してくれている。

「俺、今ここにはいないんだけどさ、姉貴も妹もいて。女の子の話聞くの、たぶんそんな下手じゃない、と思うんだよね。たぶん」

 握りしめられた手が、燃えるように熱い。

「だから、その…」

 ふっと気まずげに視線が上に泳いで。

 あ。

「あのー、さ。こんなとこで同郷の人に会うなんて本当にびっくりだけど、だからこそっていうか。俺の方がむしろおんなじ価値観?環境?を知ってる人といれるとありがたいっていうか」

 耳、真っ赤だ。

「こんな見ず知らずの男と逃げ場もない場所で2人なんて、っていうかコレ言葉にしたら本当にヤバくない?大丈夫?…あー、えっと、だから」

 なんだろう。

 わたし、すっごく変なのかも。

「柚乃ちゃんの気が済むまででいいので、ここで暮らしませんか?!」

 男の人が、可愛い、なんて。



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