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8話 魔女の森たる所以と

シリアスパートはもうちょっとだけ続くんじゃ。

…ちゃんとラストは甘いハッピーエンドです。


 深く生い茂る平坦な森の中。

 頬を赤く腫らし血の滲むボロボロの少女が、ずんずん突き進む男の後ろを引きずられるように歩く。

 外側だけを見るならば男の方が一見してダメージが大きそうだが、見開かれ、爛々と光る目がその印象を大きく塗り替えていた。


 昏く濁りながらも黒い光を放つ、狂乱の瞳。



「フッ…、フッ…」

 2人の間に言葉はなく、ただ先を急ぐ男と男にされるがままの少女。

 茂る草木に身を切られても、足を取られても、その歩みが遅くなることはない。むしろ、次第にそのスピードは増していく。

「っ、」

 ドサリ。

 勢いについていけず、木の根に足を取られた少女が大きくバランスを崩して倒れる。

 しかし、男はそれすらも意に介さぬまま足を動かし続ける。

 引きずられる少女。掴まれた腕はくっきりとあざになっており、引きずられるままにぶつける足や肩にもいくつもの痕が増えていく。


「フゥーッ、フゥーッ…」

 荒い息を整えないままに、とうとう終わりが見えてくる。

 暗闇に差し込む光。



 ガサリ。

 視界が大きく開ける。

「……!」

 その先に見えたもの。

 少女は痛みに呻きながらも顔をあげ…。

 そして、うつろな大きく目を見開いて息を呑んだ。







 森の中を一台のバイクが走っている。

 背に大きな荷物を負って、アクセルを握る。

「早く、早く…っ」

 焦る気持ちとは裏腹に、右手は一定の速度を出したまま。

 ここで感情のままに猛スピードを出しても、事故を起こして彼女を助ける時間が長引くだけだと分かっていた。




 ジュンがバイクにまたがる、その少し前。


 部屋に戻って準備をし、再び荒れ果てたリビングに戻ったジュンは途方に暮れていた。

 なにせ、侵入者の正体も柚乃が連れていかれた先も分からない以上、どうしたらいいのかどこへ向かえばいいのか分からなかったからだ。


 すぐに追いかけたいと思う気持ち、けれど冷静な頭は見当違いの方向へ進んだ場合のロスタイムを考えて。



「くそっ!」

 すぐ近くに居ながら、大切な人の危機にも気づけすみすみす奪われてしまった。

 己のふがいなさに思わず悪態を吐いた先、割れた窓のふちに何かが光った気がした。


 なんだ?

「…?」

 手に取ってみると、それは何かの紋章が刻まれた革の切れ端だった。

 まるでベルトか何かのような…。

 けれど、これは何かの手掛かりかもしれない。これをどうにかして……。

「あっ!」

 急いでタブレットを取り、久々に検索機能を立ち上げる。

 カメラを起動して紋章部分をおさめる。すると。


「よっしゃ!ビンゴ!!」


 革に刻まれた紋章は、どうやらこの近くの国の貴族の物のようだった。

「ダルツ伯爵家。王国の四方を護る、国境守護を生業とする貴族家の一つ。伯爵家の人間は各々守護騎士団を持つ…」

 つまり、そのダルツ伯爵とか言うやつが柚乃ちゃんをさらったに違いない。

「ダルツ伯爵…」




 犯人と場所が分かれば、あとは行って取り戻すまで。


「待ってて、柚乃ちゃん」

 必ず、必ず助けに行く。







 森を抜けた先、少し離れた場所で数人の騎士が万全の準備をしていかめしい顔で立っていた。

 側には大きな馬車。


「…」

 反抗するほどの気力も体力も、そして精神力もない柚乃はただ腕の痛みをこらえながら引きずられるほかにない。

 どうして攫われたのか、今からどこに連れていかれるのか。

 まったくわからないけれど、きっと自分にとって良い未来なんて待ち受けていない事だけは痛いほどよくわかった。

 …言葉を発せなくなっていなくても、きっと何も言えなかっただろう。

「フゥーッ…」

 そして、同じように言葉を発さぬ騎士団長クレイグだが、その理由はまったく異なっていた。




 ぎろり。

 無言のまま内側に燻ぶる炎を吐くように熱い息を漏らしながら、強すぎる眼光が離れた場所の騎士たちを射抜く。


「っ!」

「っだ、団長!」

「ご無事でしたか!?」

 視線に気づいたのか、慌てて飛んでくる騎士らが満身創痍といった状態のクレイグを見やる。

 とはいえ、森に入っていた彼らも少なからず疲弊している様子ではあったが。



「そ、その少女は一体…」

 見るからに負傷した、荒事になどまったくなれていなさそうな少女の存在に気付いた騎士の一人が恐る恐る尋ねる。

「……おい」

 低く唸るような声。

「はっ」

「コレが例の小娘だ。縛って荷台に放り込んでおけ」

「は、いえ、しかし……」

 そんなことをしなくても、必要以上に痛めつけられたであろうボロボロの少女は反抗や逃亡などしそうにもない。

 いくら団長の命と言えど、そこまでする必要があるのか。


 不穏な空気に騎士がうろたえる中、それを気にした様子もなくクレイグは続けざまに言い放つ。

「対象を捕縛した以上、我々も帰還する」


 その有無を言わせぬ圧とただならぬ雰囲気に、騎士たちも方々動き出す。

「は、はい」

「承知いたしました」

 打ち捨てるように少女を騎士の方へ動かす。少女を受け取った騎士の一人が、その身を抱え馬車へ。

 抱え上げた矮躯の頼りなさに一瞬気が咎めるが、命令通りに縄をかける。…その身にこれ以上の痕がつかぬよう、ほんの少し、少しだけゆるめに。


 ぶつけたような痣より、殴られたような頬より。埒外の力で締め上げられていたと思わしき、青黒く変色した腕が痛ましかった。




 クレイグは動き出した騎士のうち、一人を呼び止めて命じる。

「お前は先ぶれに走れ。そしてお嬢様に伝えるのだ」

「……なんと?」

「ふん。決まっている」

 差し出された手拭いで軽く汚れを拭きながら、さも当然といった表情。



「お嬢様に仇なす不届き者は、忠義の騎士がこの手で打ち取ってまいりました。と」



 いびつに裂けたような、不気味な笑み。

 騎士は自分の背に怖気が走るのを感じながら、黙って馬に跨り走り出した。







「った、いてっ…!」

 騎士団がその場を去って少し。

 何とか森を抜けたジュンは街道を今出せる最高速度で駆けていた。



 現代ほど整備の行き届いていない街道は、それでも人の手の入っていない鬱蒼とした森の中よりも走りやすい。

 たまに凸凹にタイヤを跳ね上げられつつ、その道のりは順調と言える。


「あ、あれが……」

 視界を覆うゴーグル。

 その向こうに目的地であるダルツ伯爵領が見えてきた。




 異世界こっちにはないバイクは周囲に混乱を招くのでいったん離れた場所で降りて収納し、ダッシュで領内に入る。


「……どこだ?」

 手に握りしめた革の切れ端を離さぬように、息が荒くなることもお構いなしに走り回る。

「はあっ、はあっ…。くそ、どこだよ……!」

 お貴族さまで領主さまなら、もっとこう、目立つ大きな屋敷とか…!

 はやる気持ちのままにきょろきょろと顔を動かしていると、ふと背後から声がかかった。



「おい、少年」

「っ、はい?」

 不審に思われたのか。

 この忙しいタイミングで、と苛立つ気持ちを抑えて振り向く。

「なんでしょう、か…」

 声が小さくしぼんでいく。

 振り向いた先にいたのは鎧ほどではないものの軽く武装した、この街の衛兵らしき姿だった。


「あ、ええと」

「?いや、ずいぶんと慌てた様子だが…。どうしたんだ?」

「あ…」

 不味い、不審がられたか?!そういえば服、ジャージのままだった!

 焦る俺に衛兵さんは不審人物を見るような、というよりは純粋に疑問に思っているという表情。

 日本人は童顔っていうし、服装だって見慣れなくてもいかにも危険そうじゃないから、子どもが慌てているなくらいに思われたんだろうか。


「いえ、その」

「うん?」

「えーっと」

 なんと言うべきか。

 そもそも、犯人がダルツ伯爵側なら衛兵さんも敵かもしれないし…。



 わたわたと身振り手振りで何とか誤魔化そうとしていると、握っていた革の切れ端が衛兵さんの目に入る。

「む、その手に持っているのは……」

「あ!」


 パッと手ごと掴まれ、その目がじっくりと紋章を見る。


「騎士団の物か。どうしたんだ、こんなものを…。いや、どこで手に入れた?」

 領地なんだから当たり前なんだろうけれど、紋章の示すものに気づいた衛兵さんが一転、訝し気にこちらを見る。



「これは、第五騎士団の物だ。なぜ持っている?」

 鋭い瞳。

 背も高く、体は鍛えられていて、普段の俺では正直たじろいだろう。


 でも、今はそれどころじゃない。


「!第五騎士団っていうんですね。どこに行ったら会えますか!?」

「は、いや、まずそれをどこで」

「俺の家です!家が荒らされて、血の跡と、大切な人がさらわれていて!」

「な、」

「それでどこなんですか!!教えてくださいっ!!!」



 こちらの剣幕に怯んだ衛兵さんに畳みかけるように続ける。

 やっとつかんだ、柚乃ちゃんを連れ去った犯人。


 第五騎士団。

 そこに行けば、柚乃ちゃんがいる……!



「俺の命よりずっと大切な人なんです!それを無理矢理連れ去ったやつが、そこにいるんですよね!?お願いします!そこへ連れて行ってください…!」







 ちょっと待っていろ。

 そう言って駆けだした衛兵さん。あとを追おうとしたが、いつの間にか別の衛兵さんらしき人が俺を見張るように立っていて動けない。


 ああ、こうしている間にだって。



 焦燥が募り、落ち着きなく体を動かす俺にもう一人の衛兵さんがため息を吐く。

「お前にもなにか事情があるんだろうが、落ち着け」

「っでも」

「お前は運が良い」

 は?

 瞬時に頭に血が上った俺に、穏やかな声が向けられる。

「この街に来て、それを気づいてくれたのがあの人なんだからな」

「……?」

 それって、どういう。

 嘲るようなニュアンスもなく、ただ純粋に俺を慰めるような言葉。


「ああ、気づかなかったか。…あの人は、ここの領主であるダルツ伯爵家の次男。第4騎士団を抱えるこの街のナンバー4だよ」

「!」

「つまり、第五騎士団よりも権限は強い。それにあの人は正しいことをする。ことと次第によっちゃあ、坊主の大切な人を攫ったっていう連中だって何とかしてくれるさ」


 この街の、ダルツ伯爵家のナンバー4。

 それはたしかに今の俺にとって、福音と呼べる事実だった。





 それからしばらくして、衛兵さん、もとい伯爵の次男が戻ってきた。


「少年、待たせた」

 行きにつけていた武装は邪魔になったのか、外されて少し身軽になっている。

 それでも、手ぶらの彼に治まっていた焦りが募る。


「あのっ」

「まあ待て。第五騎士団の詰所を見たが…少年、君の言ったような事実は見られなかった」

「そんな、でも!」

「ああ。少年が嘘を言っているようにも思えん。それに、第五騎士団はいま数名ほど王都にいるんだ」

「……王都」

「第五騎士団の主人であるオレの妹が、王都に滞在している都合でな」



 王都。

 それは、つまり。


「だから、今王都にいる兄と妹の両方へ使いを出したから少年は一旦うちで保護を……」


 行かなければ。

 そこに、君がいるなら。


「ありがとうございました…ッ」

「お、おい!少年!」



 背にかかる声を無視して駆けだす。

 人の目だって、どうでもいい。

「急げ急げ急げっ!」

 街中でバイクを取り出し、ヘルメットもゴーグルもつけないままに走り出す。


 見慣れない謎の塊に乗って猛スピードで走る俺を、領民たちが慌てて避ける。


「すみませんっ!通して!!」

 クラクションを容赦なく鳴らし、無理矢理に街を駆けた。








 王都。

 ダルツ伯爵家別邸にて。



「おめでとう、エリーシア」

「ありがとう、ユリイカ」


 優雅に整えられた一室で、2人の少女が談笑している。

 どうやら、エリーシアと呼ばれた少女の何らかの祝いを内々に行っているようだ。



「一時はどうなることかと思ったけれど…。決まってしまえばこれ以上ない良縁だと思うわ」

「…そうかしら」

「ええ!醜聞の種だったアレックス殿下が王太子の座を降り、次男であり王妃陛下の長男であるカイル殿下が立太子。それも、シアを正妃としてなんて」

 落としどころとしては最高だと思うわ。

 そう言って長い赤髪の少女、ユリイカが笑う。

「……」

 エリーシアは目を伏せ、静かに紅茶を飲む。


「それでこれ、お祝いの品よ」

「まあ、何かしら」

 カップをソーサーに戻したところを見計らって、ユリイカが包みを差し出す。


「鏡…?」

 包みを解いた先にあったのは、滑らかな艶のある美しい木彫りのハンドミラーだった。

「ほら、以前に話した私のお気に入りのドレッサー。それを作った職人の最新作よ」

「まあ…!素敵ね。彫りも繊細で見事だわ」

 たしかに繊細なレースや花の模様が掘られたそのハンドミラーは見事な出来栄え。

 深みのある木の色合いも相まって、高級感を漂わせていた。


「もっといろいろ用意したいものはあるのだけれど、それはまた正式な婚約発表の時にでも」

「そんな、いいのに……」

「私がしたいの」

 ね?

 そう言ってユリイカが笑えばエリーシアも仕方ないわねと笑みを返す。




「それで、シアったらどうして今日は急に?」

「…すこし、聞きたいことがあって」

「なあに?なんでも聞いて。私はシアのためなら……」

 コンコン。

 そんな少女らの談笑を遮るように、ノックの音が響く。


「…なに?」

 話に横やりを入れられたユリイカが不機嫌そうに応対する。


「申し訳ございません。表に第五騎士団の者が…」

「重要な事なのでしょうね」

「は、はい。騎士団長クレイグより、火急の報告とのことで」


 その言葉に少し考えるように眉根を寄せ、しかし一旦確認をと立ち上がる。

「……ごめんなさい、シア。私、少しだけ席を外すわ」

 そう言って部屋を出ようとするユリイカの手を、エリーシアが掴んだ。



「シア?」

「それ、私がいちゃ駄目かしら」

「そ、そんなことはないけれど…」

「じゃあここで聞きましょう?」

「え、ええ。…呼んで頂戴」

「かしこまりました」


「(どうしたのかしら。でも、シアの手…小さくて柔らかいわ)」

「(ユリイカ…。どうして、いえ、わたくしは……)」



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