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『目を覚ませ。

危機が近づいている』頭蓋骨の裏側を直接撫でられるような、冷たくて不気味な声だった。

その正体不明の囁きが脳裏に反響し、僕はハッと息を呑んで目を覚ました。

シーツを握りしめる手には、じっとりと冷や汗が滲んでいた。

浅い呼吸を繰り返し、暗闇の中で激しく打つ心臓の音を落ち着かせようと努める。

危機……?暗い部屋の中を見回したが、そこには静寂しかなかった。

前にも、これと似たような警告の声が夢の中で聞こえたことがある。

そう、昨日の夜だ。

僕の生まれ育った村が、伝説の勇者ラングルド・ハーヴェストによって無惨に焼き払われ、両親が惨殺された、あの悪夢のような夜に。

僕とマーシャは、あの猛吹雪の夜から死に物狂いで逃げ延びていた。

僕たちを救ってくれた謎の老剣士の言葉に従い、まずは勇者に付き従う「旧勇者パーティー」の三人を討ち取るため、そして彼らのアジトを探るための旅を続けている。

すべては、僕のすべてを奪ったあの白亜の悪魔――勇者を殺すために。

その情報収集と休息を兼ねて、僕らは村から遠く離れたこの小さな宿場町に立ち寄り、目立たない路地裏にある古びた宿屋の一室を借りていた。

一階では人の良さそうな女将さんが温かいスープを振る舞ってくれ、久しぶりに「普通の人間」の温もりに触れた気がした。

僕はベッドの上で身を起こし、隣のベッドで規則正しい寝息を立てているマーシャに目を向けた。

彼女もまた、心と体に深い傷を負っている。

両親を失った悲しみを胸の奥底に押し込め、僕を支えるために無理をして笑ってくれているのを、僕は知っている。

彼女の安らかな寝顔を見るだけで、僕の心に渦巻く復讐の炎が、ほんの少しだけ和らぐような気がした。

僕は毛布を肩にかけ、ベッドを抜け出して窓辺へと向かった。

部屋が寒くならないよう、ほんの少しだけ窓の隙間を開け、そこから外の景色を眺める。

空からは、村にいた時と同じように、シトシトと静かに雪が降り続いていた。

白銀の世界は月の光を反射し、どこまでも美しく、そして残酷なほどに静まり返っていた。

明日の旅は、今日よりもさらに過酷になるだろう。

旧勇者パーティーの足跡を追うことは、常に死と隣り合わせであることを意味する。

だから、今は余計なことは考えず、少しでも早く体を休めなければならない。

窓の隙間から舞い込んでくる冷たい雪の粒を数え、無理やりにでも眠りにつこうとした。

それにしても……。

さっきの夢の声は、何だったのだろうか。

危機が近づいている、と。

あの老剣士のテレパシーか何かだろうか。

それとも、極限状態のストレスが見せた単なる幻聴か。

……まさかな。

こんな吹雪の夜に、しかも身分を隠して泊まっているこの安宿まで、追手がすぐに辿り着くはずがない。

僕はそう自分に言い聞かせ、窓を閉めようと手を伸ばした。

(………………………)『気をつけろ。

すでに攻撃されている』(………………………)……!?何だ……今の声は……!?僕が目を見開いた、その瞬間だった。

ヒュッ、という、空気を極限まで切り裂くような鋭い音が耳に届いたのは、ほぼ同時のことだった。

眠気など、とうの昔に吹き飛んでいた。

何故なら、僕がほんの数センチだけ開けていた窓の隙間を縫うようにして、漆黒の凶器が突如として部屋の中に侵入してきたからだ。

「え……?」理解するよりも早く、肉が裂け、骨が軋む鈍い音が部屋に響いた。

「ぐああああああッッ!!!!」遅れてやってきた凄まじい激痛に、僕は思わず喉が裂けんばかりの絶叫を上げていた。

僕の左腕の上腕部を、太く長い「矢」が完全に貫通し、背後の壁に深々と突き刺さっていたのだ。

鮮血が壁に飛び散り、傷口からどくどくと温かい血が流れ落ちていく。

痛い……!! クソッ!!なんだこれは!? どこから撃たれた!?「どうしたの!!? エミール!!! ……あっ……腕が!!」僕の叫び声で跳ね起きたマーシャが、血まみれの僕を見て悲鳴を上げた。

彼女は咄嗟に魔法の杖を手に取り、治癒魔法をかけようとこちらへ駆け寄ってくる。

「マーシャ、来るな!!」僕は痛みを堪えながら、右手で彼女を制止した。

「敵は……敵はすぐ近くにはいない! 遥か遠くから狙撃されてる!!」窓の外には、怪しい人影など一つも見えない。

ただ雪が降っているだけだ。

だとすれば、敵はこの悪天候の中、人間の視力では到底捉えきれない超遠距離から、窓のわずかな隙間というピンポイントを狙い澄ましてこの矢を放ったということになる。

常軌を逸している。

こんなことができる人間は、この世界にそう何人もいない。

「……そして!!」僕の全身の産毛が逆立った。

先ほどの矢とは比べ物にならない、途方もなく巨大で禍々しい魔力の奔流が、遥か彼方からこちらに向かって一直線に収束してくるのを感じ取ったからだ。

「この異常な魔力の出力……! また来る!! マーシャ、伏せろ!! 物陰に隠れろ!!!」「うんっ!!」僕らは這いずるようにして、部屋の隅にあった頑丈そうなオーク材の本棚の後ろに転がり込んだ。

左腕の傷が激しく痛み、意識が遠のきそうになるのを必死に歯を食いしばって堪える。

一方その頃――。

宿場町から遥か一キロメートル以上離れた、猛吹雪が吹き荒れる切り立った雪山の断崖絶壁。

そこに、一人の男が立っていた。

「逃さねえよ。

哀れなネズミども」旧勇者パーティーの一員にして、地上最強の狙撃手たるヘンリー・テイラーは、獲物のあまりの滑稽な動きを遥か彼方から視認し、歪な口角を吊り上げた。

彼の手に握られているのは、身の丈を優に超える巨大な長弓。

先ほど放った第一の矢は、目標の肉体を物理的に貫通するための『一点集中型』の徹甲矢であった。

あの猛吹雪と暗闇の中、一キロ先の窓の隙間を通して腕を貫くなど、神業以外の何物でもない。

しかし、これから放つ第二の矢は、全く性質の異なるものだった。

「さて、とっとと終わらせて酒でも飲みに行くか。

……顕現せよ」ヘンリーが呟くと、長弓に番えられた矢の先端に、周囲の空間が歪むほどの超高密度の魔力が集まり始めた。

それは、純粋な破壊のエネルギーを圧縮した『広範囲殲滅型』の爆弾矢。

その威力は、着弾点である宿屋はおろか、その周辺一帯の建物を跡形もなく消し飛ばすほどの絶対的な破壊力を持っていた。

「……宿の連中は、ツイてなかったな」ヘンリーは、弓を引き絞りながら冷酷に呟いた。

「この俺の手を煩わせる脱走者二人が、たまたまあの安宿に転がり込まなければ、こんな無惨な死に方をすることはなかったのにな。

恨むなら、あのガキどもを恨んで死ぬんだな」狙撃手にとって、標的の周囲にいる一般人の命など、路傍の石ころと同義であった。

ヘンリーは一切の躊躇なく、魔力で眩く輝く矢を放った。

「吹き飛べ」(………………)——ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!!世界が、白に染まった。

次いで、圧倒的な光と、鼓膜を破るような轟音が、僕らの隠れていた宿屋を根底から蹂躙した。

本棚の裏に身を隠していた僕の体は、床下から突き上げるような凄まじい衝撃波によって、紙切れのように宙に舞い上げられた。

「がはっ……!!」全身の骨が軋み、肺から空気が強制的に絞り出される。

業火が周囲を舐め回し、頑丈だった木造の宿屋が、まるで積み木が崩れるように一瞬にして倒壊していく。

天井の太い梁が焼け落ち、床が抜け、僕とマーシャは瓦礫と炎の奔流と共に、下の階へと真っ逆さまに落下していった。

……どれくらいの時間が経ったのだろうか。

意識が途切れ途切れになる中、僕は顔を覆っていた瓦礫をなんとか押し退け、煤と血にまみれた顔を上げた。

「……あ……」僕の目の前に広がっていたのは、地獄だった。

ほんの数分前まで、人々が安らかな眠りについていたはずの静かな宿場町。

それが今や、視界の及ぶ限りすべてが紅蓮の炎に包まれ、黒焦げの瓦礫の山と化していたのだ。

パチパチと木材が爆ぜる音。

そして、その炎の向こう側から聞こえてくる、人々の悲鳴と泣き叫ぶ声。

「助けて……! 熱い、熱いっ!!」「誰か、子供が下敷きに……!!」なんで。

なんで、こんなことになっている。

勇者の村への襲撃の時と同じだ。

いや、今回は明確な標的が「僕たち」だった。

僕とマーシャが、この町の、この宿に泊まったせいで。

温かいスープを振る舞ってくれたあの笑顔の女将さんも、たまたま同じ屋根の下に居合わせただけの旅人たちも。

僕たちという「疫病神」がいたせいで、すべてを奪われ、炎の中で焼かれようとしている。

ああ!!僕は……!! 僕は、何てことを……!!!強烈な罪悪感と自責の念が、左腕の激痛を上回る勢いで僕の精神を苛んでいく。

「クソッッ!!! クソオオオオッッ!!!」僕は瓦礫の山に拳を叩きつけ、血を吐くような声で叫んだ。

その時、ハッと我に返った。

「マーシャ……!! マーシャは無事か!?」僕は炎の熱さと煙に咽せながら、必死に周囲を見回した。

「エミール……」瓦礫の隙間から、弱々しい声が聞こえた。

「マーシャ……!!」僕は転がるようにしてその場所へ向かい、重い木材を跳ね除けた。

そこにいたマーシャの姿を見て、僕は息を呑んだ。

「エミール……逃げて。

早く……追撃が、来る……」マーシャは、崩れ落ちてきた巨大な梁の下敷きになり、全身を強く打ち据えられていた。

額からは大量の血が流れ出し、美しい顔を赤く染めている。

魔法の障壁で直撃は免れたようだが、それでも僕の左腕の貫通傷なんかよりも、ずっとずっと酷い重傷だった。

マーシャ……。

クソッ、クソッ、クソッ!!!僕が守ると誓ったのに。

一番近くにいたのに、また傷つけてしまった。

しかも、今回は僕らの存在そのものが、この町の人々を巻き込んでしまったのだ。

絶望のどん底に突き落とされた僕の耳に、炎の爆ぜる音に混じって、魔力通信による薄汚い男の嘲笑が響き渡った。

『じゃあな。

村の脱走者のマーシャ一行。

お前たちは、この地上最強の狙撃手ヘンリー・テイラーが討ち取った!!! 泥を舐めて死に絶えろ!!!』圧倒的な力と、理不尽な暴力。

僕らがどれだけ足掻こうとも、運命は容赦なくすべてを奪っていく。

燃え盛る炎の中で、僕はただ無力に、マーシャの血まみれの手を握りしめることしかできなかった。


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