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燃え盛る宿場町の残骸。
鼻をつく焦げた肉の匂いと、絶望の悲鳴。
全身を打ち据えられ、瓦礫の下で血に染まる愛しい少女。
脳内に直接響く、薄汚い男の嘲笑。
僕の心は、深い自責の念と絶望の泥沼に沈みかけていた。
僕らがこの町に立ち寄らなければ。
僕らがもっと上手く立ち回っていれば。
こんな罪のない人々を巻き込むことはなかったのだ。
僕のせいで、また人が死んだ。
——いや! 違う!!!僕は、血の味が広がる唇を強く噛み締めた。
今は、自らの犯した罪に苛まれている場合ではない。
罪の意識に囚われるな! 敵の理不尽な暴力に怯えるな! 己の無力さを嘆いてうろたえるな!後悔も、懺悔も、悲しみも、すべては後だ。
今やるべきことは、そんな感傷に浸ることではない。
今はまず、目の前で息も絶え絶えになっているマーシャを守り抜くこと。
この残酷な世界で、彼女と共に生きていきたいと願うなら……!!「覚悟を示せ……! エミール・ハーヴェスト!!」僕は自らを鼓舞するように、喉の奥から獣のような唸り声を上げた。
僕がマーシャを守る。
その誓いだけが、今の僕を突き動かす唯一の原動力だった。
左腕の貫通傷から流れる血を止めることすら忘れ、僕は右手に握りしめた剣の柄に、全身の怒りと魔力を注ぎ込んだ。
遠く離れた猛吹雪の雪山。
そこから、再び先ほど宿を吹き飛ばしたのと同じ、いや、それ以上に巨大で破滅的な魔力が膨れ上がっていくのを感じた。
『顕現せよ。
我が矢に宿れ。
"閃光の不死鳥"』遠くの空が、夜明けのように赤く染まる。
炎を纏った巨大な鳥の幻影が、吹雪を溶かしながら崖の上に顕現しようとしていた。
「……させない!!!」僕は、研ぎ澄ませた魔力探知を頼りに、奴の放つ圧倒的な魔力の光源へ向けて、雪を蹴り上げた。
目標は、高低差を除いて直線距離でおよそ一キロメートル先の断崖絶壁。
普通に考えれば、致命傷を負った人間が間に合う距離ではない。
だが、関係ない。
『無駄だ!! 悪あがきはやめろ!!』嘲笑うかのようなヘンリーの通信が響く。
『俺の究極魔法"閃光の不死鳥"のチャージ時間は、たったの30秒間! そしてあの宿の残骸から、今俺がいるこの崖までの距離は一キロメートルだ!! 貴様は俺には絶対に勝てない!! 貴様は俺には届かない!!! チェックメイトだぁ!! ガキどもがぁ!!!』僕は言葉を返さなかった。
ただひたすらに、己の肉体の限界を超えて魔力を巡らせた。
足元の雪が爆発するように吹き飛び、僕の体は文字通り「弾丸」となって暗闇を切り裂いた。
呼吸を忘れ、痛みを忘れ、ただ前だけを見る。
風の抵抗すら魔力で切り裂き、燃え盛る町を抜け、凍てつく雪の斜面を、重力に逆らうように一直線に駆け上がる。
……20秒。
……10秒。
『終わりだ、ネズミども……! 灰に還れ!』崖の上で、ヘンリーが巨大な光の矢を僕らの町へ向けて放とうと、弓の弦から指を離しかけた、その瞬間。
「——それが、お前の遺言か……?」ヘンリーの耳元、その真後ろから、氷のように冷たい声が囁いた。
「……は……!?」ヘンリーは目を剥き、全身を硬直させた。
「こんなこと……あるはずが、ない……!!」彼は信じられないものを見る目で、ゆっくりと背後を振り返った。
そこには、全身から殺気という名のどす黒いオーラを立ち昇らせ、左腕を血まみれにした僕が立っていた。
一キロメートルの距離を、魔法のチャージが完了するよりも早く、完全に走破したのだ。
「殺してやる……!! エミール・ハーヴェストォォォッ!!!!」ヘンリーは恐怖と混乱で顔を歪めながら、弓を放り捨て、腰に帯びていた短剣を引き抜いて僕に向けて振り下ろそうとした。
しかし、そんな素人のような近接攻撃が、僕に当たるはずもない。
短剣が僕に届くよりも遥かに早く。
チャキッ、という冷たい金属音と共に、僕の剣の刃が、ヘンリーの頸動脈にピタリと押し当てられていた。
「動くな。
少しでも魔力を練れば、その首を刎ねる」僕が低くドスを効かせた声で告げると、ヘンリーは持っていた短剣を取り落とした。
カラン、と虚しい音が雪原に響く。
「くそ……なんでだ。
なんで……」ヘンリーは、血の気が引いた顔でうつむき、震える声で呟いた。
「まあ、俺は昔から走るのは速い方だし……」僕は剣を押し当てたまま、無機質に答えた。
「お前が隠れてる場所も、さっきから数回派手に巨大な魔力を放出していたからな。
まるで『ここにいます』って狼煙を上げているようなものだった。
それで、隠れている場所が正確にわかった。
……これで、理由は十分か?」「……フフッ。
……フハハハハハハハ!!!」突然、ヘンリーは狂ったように天を仰いで高笑いをした。
そして、彼自身の象徴でもある巨大な長弓を、崖の下へと遠くに蹴り落とした。
戦うのを諦めたのか……?それとも、まだ何か奥の手を隠し持っているのか?いや、それはないだろう。
何故なら、今のこいつからは、先ほどまでの傲慢な覇気も、人を殺すための殺気も、完全に消え失せていたからだ。
そこにあるのは、絶対的な力を見せつけられ、心が折れた敗北者の姿だけだった。
遠距離からの狙撃に特化した彼が、僕の剣の間合いに入られ、完全に制圧された。
これはもはや、覆しようのない「詰み」だ。
……さて。
ここからは、命の対価として情報を吐いてもらおうか。
「面白い……!! 確かに、お前は特別だ!! エミール・ハーヴェスト!!!」ヘンリーは首に刃を当てられたまま、どこか清々しいような表情で僕を見た。
「お前は、我らが勇者ラングルドと同じように、理不尽な天才の部類なのかもしれないな!! あの化物が、直々に『計画』の駒として認めるわけだ!!」「……喚きたいことはそれだけか?」僕は剣を持つ手にわずかに力を込めた。
刃が皮膚に食い込み、一筋の血が流れる。
「特にもう、何も言うことなんてねェよ。
殺すならはやく殺せ」ヘンリーは自嘲気味に笑った。
「俺はこの戦いで勝つことを完全に諦めた。
お前みたいな近接戦闘の化物相手に、自分の最も苦手な間合いで戦おうとするなんて、この世で一番のアホのやることだ。
しかも、急所を完全に押さえられてるしな」「………………」僕は無言で彼を睨みつけた。
「ああ、一つ言い忘れてた」ヘンリーは、僕の冷たい視線を正面から受け止めながら言った。
「お前は確かに異常に強い。
だから、多分旧勇者パーティーの残り二人……あのイカれた連中も倒すことができるだろう。
だがな。
……『勇者』には、あいつだけには絶対に勝てない」「そうか。
それはやってみないと分からないな。
それに、調律者とやらも殺さないといけない」「そうか……それを知ってるのか。
……やっぱりお前は、ただの村のガキじゃない、特別だな」ヘンリーは少しだけ驚いた顔をした。
「御託は良いから、さっさと話を続けろ」僕は焦燥感を隠し、低く冷たい声で促した。
早く情報を聞き出し、マーシャの元へ戻らなければならない。
「悪い悪い。
そんじゃ話を続けるわ……なんだ? 俺の話が不満か?」ヘンリーは、少しため息をついて、探るような目で僕を見た。
ヘンリーの目が、微かに細められた。
その瞬間、僕は彼の放つ空気が、ほんのわずかに変質したのを感じ取った。
「そんで、次の質問だ」僕は剣の刃をさらに彼の首に押し付けた。
「なんだ……?」「お前……さては、何か隠しているな?」僕がそう指摘した途端、戦いを諦め、完全に心が折れていたはずのヘンリーの表情が、一変した。
「ああ、そうだ。
それはなァ……」奴の顔に、獲物を罠に嵌めたような、邪悪で醜悪な笑みがニヤァと、浮かんだ。
「——お前の、後ろだ」




