犯人探し
ラルフ様が言った。
「お父様にかけられていたのは、10年単位で少しずつ蓄積された呪いです。一気に盛ったものではなく……毎日、ほんの少しずつ、食事や飲み物、に盛っていた。呪いの性質は、魔力を徐々に蝕むタイプ。最初は疲労や頭痛程度で気づかれず、蓄積すると心臓や脳に致命的なダメージを与えるものだと思われます」
俺は腕を組み、ベッドの反対側に座って聞いていた。
前世の探偵小説で読んだような、長期的な毒殺事件を思い浮かべた。
犯人は被害者の近くにいる人間で、日常的にアクセスできる立場であることは間違いない。
つまり、外部ではなく内部の犯行。
犯人は被害者の近くにいる人間で、日常的にアクセスできる立場。
「相当少しずつ練り込んだ呪術ですので、正直ほとんど痕跡は見つけられませんでした。まぁ、魔眼持ちの私がいながらそんなことをしているわけですから、痕跡を残すとも思えませんが」
彼女の指が虚空をなぞるように動き、俺の頭の中に直接イメージが流れ込んできた。
それは城内の地図のようなもので、赤い光点が点在していた。
「それでもわずかに残った残滓から考えられる場所は三つ……。一つ目は、ミリア姉様の側近である侍医の部屋。二つ目は、お父様専属メイドの部屋、そして三つ目——……ルビル=アルシアの私室。と言っても犯人がわざと痕跡を残した可能性もありますから、何とも言えませんが」
ルビルか……。
メイド長で、ラルフ様の専属でもある彼女。
昨日も俺に厳しい視線を向けていたが、10年間の忠誠心が仮面だった可能性…があるのか。
俺はそれから城全体の魔力流れを解析し始めた。
17年間の封印生活で磨き上げた分析能力——これで魔力の波形をサンプリングできる。
「少し待ってください。僕の方でも確認します」
俺は目を閉じ、魔力を細い糸のように伸ばした。
まず、国王の体内から取り出した呪いの基盤波形を抽出。
次に、各容疑者の部屋からサンプルを集める。
それから再度分析と解析を行う。
「ルビルの魔力波形と、王にかかっていた呪いの基盤が、0.03%以内で一致しています。他の二人とも多少似ていますが…」
ラルフ様が息を飲んだ。
赤い瞳が揺れ、彼女は手を握りしめた。
「ルビル……。そう…。まぁ、だとすれば理由はいくつか考えられますね」
「…ラルフ様を嵌めるためですか?」
「まぁ、それもありますけど…」と、意味深にそうつぶやいた。
俺たちは探偵のように、ホワイトボード代わりに魔力で浮かぶ仮想の地図を作成した。
各容疑者のプロフィール、アリバイの可能性、動機をリストアップする。
「まず、動機を考えましょう。侍医はミリア様の野心に絡む何か…王位継承で有利になるようにするためとか…。けど、王の直属メイドさんは…残念ながら具体的な理由は見当たらないてますね。そして、ルビル…ですか」
「ルビルは20年前に王宮入りした孤児出身です。私の専属のメイドであり、同時に国王の側近として忠実に働いていたが、10年前に一度、とある事件がありました。そこに何か鍵があるかもしれません」
「明日から、各容疑者の普段の動きを観察しましょう。僕が透明化魔法で尾行します」
ラルフ様は静かに頷いた。
◇
翌朝、俺は透明化魔法をかけ、王宮の使用人棟を移動した。
まずはルビルの観察から。
彼女はいつも通り、朝の紅茶を準備していた。キッチンでハーブを摘み、ポットに注ぐ動作も自然だった。
それからもしばらく観察するも怪しい様子はない。
次に、アリバイ確認。
ラルフ様が自然にルビルに話しかけるタイミングを待つ。
「ルビル、今日も紅茶ありがとう。ところで…ちなみにルビルは犯人に心当たりはありますか?」と、直球の質問をする。
ルビルは一瞬、表情を固くした。
黒い瞳がわずかに揺れ、黒髪を耳にかける仕草で時間を稼ぐ。
「……さぁ。心当たりはないですね」
それからも明確な怪しい様子などはなく、具体的な証拠までは見つけられなかった。
次に、侍医の観察。
ミリア様の部屋近くの診療室で薬を調合中。
動作は丁寧。
そこにラルフ様が訪ね、さりげなくアリバイを聞く。
「侍医さん、お父様の体調管理ありがとうございます」
「…いえ。…私は呪いなんてかけてないですよ。私は今の待遇に満足していますし、恨みなんてないですから」と、こちらの意図を汲んでそんな発言をした。
「…そうですか」
それからも何度か探りを入れるも結局、証拠は見つけられなかった。
最後に、エルザ様のメイド。
洗濯部屋で布地を扱う姿を観察していた。
彼女の動作は素早いが、国王のシーツに触れる時だけ、手袋を外す癖があった。
ラルフ様がメイドに話しかける。
「いつもありがとう」と、声をかけるとメイドは慌てて目を逸らし、わざとらしく慌てる。
それから観察と聞き取りを終え、夕方にラルフ様の部屋で改めて集約する。
その結果導き出されたのは…。
「ルビルが一番怪しい……ということですね」
ラルフ様の声は震えていたが、決意は固かった。
犯人探しは、ここから本番だ。
◇
同じ頃——王宮の使用人棟、ルビル=アルシアの私室。
彼女は一人、窓辺に立っていた。
黒いロングヘアを指で梳きながら、月明かりに照らされた自分の顔を鏡に映す。
唇がゆっくりと動いた。
「あーあ……」
小さな、ため息のような呟き。
「何で死ななかったかな……」
その声は、静かな部屋に冷たく溶けていった。
彼女の瞳には、10年間積もり続けた、誰にも知られていない深い闇が宿っていた。




