毒殺
「お、お嬢様!! ヘンリック様が……倒れました!!」
メイドの叫びが部屋に響いた瞬間、俺とエルザ様は同時に息を飲んだ。
甘い香りが一瞬で冷たい緊張に変わる。
エルザはネグレジェの上からショールを乱暴に羽織り、顔を青ざめさせた。
「父上が……?すぐに行きますわ!」
俺も即座に立ち上がった。
「一度、ラルフ様のところへ行くつもりでしたが……エルザ様はお先に」というと、彼女は意味深に一瞬俺を睨んだが、すぐに頷いた。
王宮の廊下でラルフ様と合流し、廊下を駆け抜ける。
まさか、こんなタイミングで倒れるなんて。
ラルフ様は寝間着のまま息を切らし、青い髪を振り乱しながら俺に質問してきた。
「リグゼ様……お父様が……本当に…?昨日まであんなに元気だったのに…」
彼女の声は何か違和感を感じているようだった。
俺は無言で頷き、向かいながら色々と考えていた。
国王の私室に隣接した病室は、すでに大勢の侍医と侍女でごった返していた。
重厚な扉を開けると、ベッドに横たわるヘンリック=クラム王の姿があった。
顔は土気色で、額に冷や汗を浮かべ、荒い息を繰り返している。
ヴァルド騎士団長もすでに駆けつけ、厳しい顔で立っていた。
その横にはミリア様も暗い顔をして立っていた。
「ラルフ様……エルザ様……ミリア様…」
侍医の一人が頭を下げた。
「原因は不明です。夕食後に突然倒れられ……なんらかの毒…などの可能性が高いかと。しかし、具体的なものの特定ができず…」
その言葉に、部屋の空気が凍りついた。
ラルフ様がベッドに近づき、ゆっくりと目を閉じた。
次の瞬間——
彼女の青い瞳が、鮮やかな赤に変わった。
魔眼。
王家に伝わる、魔法で「視る」特殊な力。
空気がわずかに震え、ラルフ様の視線が国王の体をゆっくりと舐めるように動く。
「……これは…毒ではなく、何らかの魔術的な呪いにかかっているようです」
彼女の声はそこで止まった。
何かを言いかけて口を止めたように思えた。
ラルフ様の魔眼が一瞬だけ俺に向けられた。
何か言いたいことがあるが、ここでは言えない…ということか。
俺は表情を変えずに頷き返した。
部屋がざわついた。
「呪いって…呪術師でも呼ばないとダメかしら」
「でも、確か拝み婆は今、別の国に行ってるはず」
「じゃあどうすれば…」
俺は静かに一歩前に出た。
「陛下の呪い……多分、俺なら何とかできます。少し時間をください」
「何とか…?」
「呪術による解除ではなく、魔力を全入れ替えする」
「…なんだと?」
みんなの視線がこちらに集まる。
しかし——
「待ちなさい!」
エルザが鋭く叫んだ。
彼女の赤い瞳が、俺を射貫く。
「これはあなたの仕業じゃなくて?毒を盛った張本人で、ここで呪いを浄化して私たちや父上の信用を得ようとしているだけ……そう考えられない?だって、魔法だけじゃなく呪術にも精通してるなんて、誰がどう考えてもおかしいじゃない」
それはまさに正論だった。
確かにその可能性はある。
部屋の視線が一斉に俺に向いた。
ラルフ様が慌てて俺の前に立ちはだかる。
「お姉様!リグゼ様はそんなことしません!」
エルザは冷たい笑みを浮かべた。
「どうだか?色々と胡散臭いと思っていたのよ。それにやっていない証拠はないわ。あなたが城に来てから、たまたま父上が倒れて、たまたまあなたが治せるなんて、あまりに都合が良すぎるわ」
ヴァルドが低く唸った。
「リグゼ……どうなんだ?」
俺はため息をつきながら、説明する。
「答えは簡単です。そのたまたまが起きた。それだけのことです。僕はそもそもラルフ様を守るためにここにいる。国王陛下を保護なんて僕の仕事の範疇ではない。むしろ…あなた達ならわかっているのでは?俺の立場ならその呪いをかけたのが俺なら、勝ち取れるか分からない信用を勝ち取るより、殺してしまった方が俺にとっては都合がいいと。少なくても、この毒浄化できるのは僕だけです。僕に疑問を持つのなら王には別の方が助けたと女がすればいい。そして、それから犯人探しはこれから始めましょう。今すべきことは王を助けること。まさか、見殺しにするのが最善とかいうわけじゃないですよね?」と、俺が質問すると部屋に重い沈黙が落ちた。
「…確かにリグゼの言う通りだ。今はまず王の命が最優先。それからのことはゆっくり考えればいい」と、ヴァルドも続く。
「…そうですね。お姉様。ここではそれが最善です」と、ミリア様も同調する。
「…異論はないですか?では、始めます」
俺が行ったのは呪術による呪いの解除ではない。
そもそも、俺には呪術の力はない。
だとしたらどうするのかと言うと、まずは身体に流れるその人の魔力を分析する。
そうして、すべてを解析したのちに、今流れている魔力を全て外に出し、俺の中で再生した分析によって解明した魔力をそのまま注ぎ込む。
つまり、血を全て外に出して新しい血を注ぎ込むようなもの。
呪術は自身魔力にウィルスをぶち込んだようなもの。
だから、全てを入れ替えれば万事解決である。
もちろん、魔力を完全にゼロにすると人間は精神崩壊するため、少しずつ抜いて少しずつ入れるという、膨大な魔力と分析能力に更に繊細な技術でそれを行う。
そもそもこんなことは一度もやったことがない。
万が一、死んだのなら俺は処刑ものだろう。
それでも、この状況ではそれが最善だと俺は判断した。
魔力の分析と解析に1時間程度、そこから魔力の総入れ替えに大体3時間がかかった。
周りの人間はその様子を固唾を飲んで見守っていた。
いや、正確には見張っていたのだろうが。
すると、4時間後にようやく国王の息が、少しずつ落ち着き始めた。
「…一応、全ての入れ替えが終わりました」と、思わずクタクタになり、汗だくのままどかっとソファに座った。
周りの人間の弛緩した空気。
ひとまずこれで大丈夫だろう。
すると、ラルフ様が紅茶を持ってきてくれた。
「…お疲れ様です。かっこよかったですよ」と、そう言ってくれた。
「…ありがたいお言葉ですね」というと、エルザ様が俺を見下しながら、「よくやったわ。けど、私はまだ信用してないから。そこんところお忘れなきよう」というと、ミリア様も連れて部屋を出て言った。
それから、少しの間様子を見つつ、その後に俺たちもラルフ様の部屋に戻った。
そうして、部屋に戻ると、ラルフ様が俺の手を強く握り、魔眼を赤く輝かせたまま、「あれは…恐らくかなり強力かつ蓄積した呪いでした。本当に10年とかかけて少しずつ溜め込んだ呪いなのでしょう。それ故、結果的には膨大な呪いとはなりましたが、痕跡そのものを見つけるのはほぼ不可能だと思います」と、はっきりとした口調でそう言った。
「…つまり、長年この城にいる誰かの仕業ということか。ますます厄介な話だな」
「リグゼ様……一緒に探しましょう」
その真剣な眼差しに思わず一つの疑問が湧いた。
「ラルフ様は王が助かってよかったと思っていますか?」
「…はい。あんな父ですがそれでも父ですから。それに…もし私が死ぬほど父を恨んでいるのであれば、この手で殺したいですから」と、真っ赤目でそう言った。
思わずその様子に生唾を飲み込んだ。
「…失礼しました。ちなみに私は犯人ではないですから」
「でしょうね。もしそんなことをしたのだとすれば、犯人候補である俺とラルフ様が一番疑われるのが分かっていて、そんなことはしないですし、俺を護衛として雇うわけもないですから」
「そうですね。けど、犯人もそうですが目的もよくわからないのですよね。この城にいて呪い殺そうとするほどの恨みを持っていて人物って…」
確かに見当はつかなかった。
けど、分かっていることは恐らくこれは犯人にとっては完全に予想外であること。
そうなれば…次の行動に移すはず。
犯人探しは、まだ始まったばかりだった。




